6

 当たり前のように寝付けなかった。

 通夜の間、遺体は葬儀場に置いてある。

 ミチカは葬儀場に泊まることを許されず、両親だけが泊まったため、

 ミチカは自宅に一人という構図になったのだ。

 スマートフォンでニュースでも見ようかと取り出すと、

 通知欄に友人のメッセージが大量に入っていたため、見るのをやめた。

 フミカは体の弱い子だったが、かと言って突然死ぬほどの重病だったわけではない。

 トシキに至っては完全に健康体で、バスケ部の主将を務めるほどだった。

 死は予期しない時間に襲ってきたのだ。

 ミチカはギターを手にした。

 シールドケーブルをアンプにつなぎ、

 アンプから伸びでたヘッドホンをかぶると、

 音量のツマミを最大にした。

 適当にブルースのスケールを弾いた。

 ヘヴィメタルのように歪んだ音色が、ヘッドホンから溢れてくる。

 トシキは音楽については詳しくなく、

 スケールを上下移動しているだけの簡単なフレーズでも、うまいうまいと褒めてくれたものだった。

 まずいタイミングでまずいことを思い出した。

 ミチカはアンプの電源を切った。

 あのお人好しはフミカに頼まれて、

 他ならぬミチカにあげるための参考書を買いに、本屋を訪れた帰りに車に轢かれたのだ。

 トラックのドライバーは、高校生くらいの少年が、一緒にいた少女をかばったと証言しているらしい。

 どこまでも彼らしい最期だった。

 おかげでフミカの遺体は比較的きれいなままだったが、結局死んだことには変わりない、とミチカは思う。

 これもドライバーの証言で、フミカは路上で突然立ち止まっている。

 咳が出たのかもしれない。

 幼いころから、フミカの咳は本当に苦しそうで、それが自分でも分かっていて発作を我慢しているのが、

 見ていられないほどいじらしかった。

 考えても仕方のないことが次々と浮かんでくる。

 明日は(もう今日だが)午前中にフミカの送別会で、午後にトシキの通夜があるハードな一日なのだが、

 眠れる心理状況じゃない。

 もう開きなおって起きることにした。

 ミチカはアンプの電源を切ったままのエレキギターで、

 穏やかな調べを演奏し始めた。


 *


「あと5分…」

 トシキは半分眠ったままつぶやいた。

「この世界では時計は貴族しかもってないってさ」

 フミカの声がして、慌てて目を覚ます。

「うわっ、なんで俺の部屋に!」

「あたしが借りた部屋だけどね」

 フィオーレもいた。

 彼女の日本ではありえないピンク髪を見て、記憶が一気に戻ってきた。

「そうだった…、俺、死んでこっちに転生したんだっけ」

「で、こっちでも一月後には殺されそうになってる」

 こちらの世界での死が、【本当の死】だろうか?

 あるいはまた何か別の異世界があるのだろうか?

「とにかく…、生きなきゃな」

 場違いなつぶやきだったのか、女子二人が笑う。

 一緒の部屋に泊まった結果か、二人は急速に仲良くなっていた。

「よしっ、じゃあ、魔法学校探しを始めるか」

「めぼしいところはリストアップしといたよ」

 フィオーレが羊皮紙をよこす。

「仕事早いな」

「まあ、ギルドやってると自然と覚えるしね」

「お金はフィオーレがくれたし、高いところでも大丈夫なんじゃない?」

 フミカも横から羊皮紙を覗き込んだ。

「返す金だけどな。

 とはいえ死んだら返せないし、高級な学校を選ぶのも一つか」

「高級って言ったら、リンドブルム魔法学校ね。貴族の子ども御用達。

 リストで言ったらCよ」

「ふーん」

 リストのCの部分には、金額などと一緒に科目も書かれていた。

 定番の治癒魔法、生活に役立つ明かりの魔法、みんなの憧れる不老魔法…。

「ちょっと違うな」

「おっ、どうして?」

「俺たちがやるのは、魔人どうしの暗殺合戦だ。

 つまり絶対的にじゃなく、相対的に強くならなきゃいけない。

 …絶対と相対の使い方、合ってる?」

「合ってる」

 フミカのほうがトシキよりはるかに学業は優秀だった。

「で、だ。

 俺たちと同じように学校を選ぶやつらの中には、

 リスクを取るやつもいると思うんだ。

 絶対いる」

「つまり、過激だけど身につけば大きい、ハイリスクハイリターンな学校を選ぶってことね」

「そう。で、そういうやつらに勝つためには、

 こちらもリスクを取るしかない。

 いや、フミカは才能あるらしいんで正攻法でもいけるかもしれないけど、

 俺はリスクを取っていかなきゃだめだ」

「リスクを取るってことは、失敗したら全然身につかないかもしれないってことだよ。

 ハイレベルすぎて理解できないとか」

「そういう可能性はあるけど…。

 あるいはフミカだけリンドブルムに行って、俺は別のところに行くとか…」

「何をいまさら。どこまでも一緒だよ」

「じゃあ、一緒に行くか。

 フィオーレ、そういうわけでハマれば大きい学校を教えてくれ」

 横で二人の会話を聞いていたフィオーレは、ふんふんとうなずき、

「しかしあんたら、ツケで生きていこうとしたり大穴の学校選んだり、

 やることがギャンブラーね」

 と言った。

「まあ、ちょうどいいのはあるのよ。

 個人でやってる私塾で、教師のクセが強いのが。

 リストで言うとFね」

 トシキはFの欄を指でたどった。

 リュケイオンの名前がそこにあった。

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