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「俺にはさ、ケンイチっていう立派な名前があるんだ」

 バイトA、ケンイチはトシキとフミカの前に立ちふさがり、

 その手にはナイフが握られている。

「で、ケンイチさんの用事は?

 12月が終わるまで、俺たちは戦っちゃいけないんじゃなかったっけ?」

「正確には、殺しちゃいけないんだ。

 殺せば失格になっちまう。

 死なせないように金品を奪い、

 ついでに【選択の日々】で速やかに俺に殺されることを約束させればいい」

「あんた、卑劣な方向に頭いいな」

 金を奪ってしまえば、魔法の学校に行ける可能性が減り、

 魔法を身につけられなければゲームオーバーは早まる。

「卑劣じゃない方向にも頭は良かったんだぜ。

 なんで俺がただのバイトAなのか、よく自問したほどだ」

「人格が嫌われたんじゃ…

 ないかな!」

 トシキは素早く体を回転させ、ケンイチの死角に入った。

 慌ててナイフを振り回すケンイチの、腕を掴む。

「痛え!」

「ナイフを離せばこちらも力を抜く」

「いい動きじゃないか、お前、何かやってるな?」

 もう一つの声がした。

 こちらも会場にいた、たぶん「日本には少なかったと言うだけだ」と言うセリフを言った、

 若者だ。

 フミカの背後からナイフを突きつけている。

「ジュンヤの兄貴!」

 ケンイチが喜びの声を上げた。

「兄貴はやめろよ…。

 で、どうするトシキくん、その奪ったナイフで…」

 トシキはすでにケンイチからナイフを奪っていた。

「…俺と勝負してみるか?

 でもその場合、フミカちゃんの顔がひどいことになるがな」

「……」

 一瞬の逡巡ののち、トシキはナイフを手放した。

「いい判断だ。

 ケンイチじゃなくて、お前に声をかければよかったかな?

 でも残念ながら、俺たちは敵同士だ。

 金をよこせ」

 トシキは革袋から10000ゴジットの金貨と、1000ゴジットの銀貨を取り出し、地面に投げた。

 ケンイチが這いつくばって拾う。

 フミカの革袋は、袋ごとジュンヤが奪った。

「金はよし、と。

 あとは一月後、俺らに殺されることを約束しろ」

「今は約束する」

「【今は】、だと?」

「一月後までにあんたらよりもっと強くなってたら、

 約束は反故にできる。

 その可能性を排除しないから、【今は】とつけておく」

「生意気なガキだな。

 金が無かったら、魔法学校入れないらしいのに、ケンイチはともかくこの俺より強くなるつもりか」

「金は稼ぐ」

「まあ頑張れや。

 確かに今は殺せない以上、金と約束だけで満足するしかなさそうだ。

 おら、ケンイチ、行くぞ」

「へい、兄貴」

「兄貴はやめろって」

 ジュンヤとケンイチは夜の街に消えた。

 残されたのはトシキと、悔しさで泣きそうな顔になったフミカだ。

「ごめん、トシキ兄ちゃん。

 足手まといだったね」

「どっちみち、相手はナイフ持ち二人だ。

 一人じゃ勝てなかった」

「うん…、でも、悔しい」

 昔から体が弱かったせいか、足手まといになることには反発してきたフミカだ。

 この悔しさはミチカ以外では容易に晴らせない。

「そうか、ナイフを買っとけばよかったのか…。

 確かに、城を出たばかりのときは無防備だったな」

「リエさんとかは無事かな?」

「あとで確認しよう。

 とりあえず、今夜の宿だ。

 それとお前は革袋ごと取られたから、着替えもない」

「この世界の服装かわいいよね」

 フミカは気を取り直した様子で、

「うん、ツケで散財するか〜」

「すごくダメ人間っぽいけど、それしかないな。

 俺の身分証みたいなやつで、ツケが効けばいいけど…」

「あんたたち、【魔人】の世界から来た文無しってほんとう?」

 よく声をかけられる日だ。

 ピンク色の髪をした一人の少女が、興味深そうにトシキとフミカを見物していた。

「もしよければ、出資するわよ。

 タダでとは言わないけどね」

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