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 トシキが会場(やはり城だった)の外に出ると、そこは完全にファンタジーの世界だった。

 空には電線の代わりに、ホウキにまたがって空を飛ぶ人々がいる。

 木や石で作られた住宅の軒には、青い光を放つ水晶が明かりとして使われている。

 壮年の男の無言の威圧感(謙遜していたが、かなりの魔法使いなんだろう)に気圧されていたが、

 徐々に普通の男子高校生の感覚が戻ってきて、

 トシキはやがてくるという選択の日々に、戦慄を感じざるを得なかった。

「こりゃあ、まるっきり異世界って感じだな」

 後ろから出てきたカイドウが漏らした。

 自分の感想と同じだったので、トシキは思わずおかしくなった。

「お前もそう思ったんだろう、坊主?

 一月後にはここで殺し合いだそうだ、信じられんよなあ。

 まあ、勝つのは俺だが」

 カイドウはそう言うと手を振り会場をあとにした。

 トシキは待ち人がいるので、城近くの門に体重を預けてしばらく様子を見ていた。

 最初に質問をした整った顔の男が出てくる。

 見慣れない世界にそっと目線をやったあと、迷いなく雑踏に消えていった。

「あの人は強敵っぽいよね」

 振り返るとトシキの待ち人、フミカがいた。

「フミカ、終わったか?」

「うん、15000ゴジットもらった。

 トシキ兄ちゃんは?」

「同じ額」

「15000が多いのか少ないのかも分からないよね」

 フミカは無造作に革製の袋を開けて、中身を確認し始めた。

「当座の着替えと…、

 パスポート的な、異世界人ですって証明する手帳、

 それとお金だね」

「ひとまず今夜の宿を探さなきゃな。

 それと…、お前の場合、病院も必要だ」

「うん、ありがと」

 フミカはトシキの隣家の娘で、幼馴染だ。

 呼吸器が悪く、トシキは時々、窓越しにフミカの咳を聞いた。

「なんにせよ、仲間がいるっていうのはありがたいよ。

 【選択の日々】でも有利なんじゃない?」

「トラック轢かれ仲間だけどな。

 でも確かに有利だ」

 最後にフミカを殺すという可能性は、トシキの中で封印されていた。

「仲間がいると有利、その通りです」

 突然背後から出てきたのは、先ほど殺し合いに反対していた女性だ。

「わたしはリエと言います。

 元の世界では教師をしていました」

「ええと、トシキです。こっちはフミカ」

「丁寧にありがとう。

 さっそくですけど、わたしの仲間になりませんか?」

 リエはトシキとフミカの瞳を順番に覗き込んだ。

「リエさんは選択の日々に反対だったんじゃ?」

「今もです。

 なので、この制度自体を壊すための仲間です」

「制度自体を?」

「我々は不慮の事故に乗じてこの世界に召喚されたらしいですが、

 逆に、この世界から元の世界に召喚され直すという方法もあると思うのです」

「元の世界でトラックに轢かれて、この世界で馬車に轢かれる?」

「必要があれば。

 でもたぶん馬車に轢かれなくても、というか死ななくてもあちらに戻れると思います。

 我々の世界の為政者たちは、この世界の為政者と連絡が取れているようなので」

 確かにそのようなことを、壮年の男が言っていた。

 連絡のたびに死人が出ている可能性もあるが、さすがに無駄が大きすぎるだろう。

「それは…、いい案ですけど、戻る方法はどうやって調べます?」

「まずこの城を乗っ取ります」

 リエは無造作に大胆な発言をした。

「城には何か連絡装置のようなものがあると思います。

 あるいは、連絡している人間がいるかも。

 そういったものを利用して、わたしたちは元の世界に帰る。

 どうしても殺し合いしたい人には、させておけばいい!」

 トシキはフミカと目で話し合った。

 確かに、殺し合いを避けられるならそのほうがいい気もする、しかし、

「どちらにせよ、戦闘にはなりますね。

 それも、あの人と」

 司会をしていた壮年の男は、おそらくはかなりの実力者だった。

「今の俺たちではあの人には勝てない。

 ひとまず時間をください。

 魔法の勉強をサワリだけでもしてみないと」

 リエはうなずいた。

「猶予は一月、その間は魔人どうしの戦闘は無いでしょう。

 その間にこの世界と魔法のことを知って、もう一度話し合いましょう」

 リエとトシキ・フミカは、門の前で別れた。

「どう思う?」

 歩きながら聞いてみた。

「たぶんわたしたちが仲間だから、

 つまり、殺し合いの最後に仲間割れしなきゃいけないことになるから、

 わたしたちに目をつけたんだと思う」

「なるほど…」

 確かに、最後の一人までの殺し合いである選択の日々を選ぶということは、

 複数人のグループであることと両立できない。

「あとは元教師だから、高校生と中学生のコンビに話しかけやすかったのかもね」

「そういえば教師って言ってたっけ。確かになんとなくそんな感じのする人だよな。

 危なっかしさと妙な魅力というか」

「お、トシキ兄ちゃんも女教師の魅力に目覚めましたか」

「からかうな」

「帰ったらお姉ちゃんに報告しなきゃ。帰ったらだけど」

「なんでそこでミチカが出てくる」

 ミチカはフミカの姉で、やはりトシキの幼馴染。

 今ごろは女子高生をやっているはずである。

「でも帰ったらってことは、やっぱり【帰る】方向で考えてるってことか?」

「そりゃ、帰る方法があるなら帰るでしょ。

 この世界来たばかりだし、王様になれって言われても」

「なるほど、リエって人と何を話していたのかと思えば」

「!」

 見知らぬ男が目の前に立っていた。

 いや、正確にはまったく知らないというわけではない。

 さきほど城に一緒にいた、殺し合いをチャンスと捉えている…

「バイトAか!」

「その呼び名はやめてくれ」

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