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見切り発車P

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「では、ルールを説明しよう」

 108人の日本人…ここでの異世界人を前に、

 壮年の男が無感情な声で言った。

「君たちには、【選択の日々】までに一月の猶予が与えられる。

 猶予期間中に何をするかは自由だ。

 が、【魔法】の学習をするのが賢明だと思う。

 君たちのいた世界には魔法は無かった」

「この世界には、魔法がある…というわけですか?」

 異世界人の一人が震え声で尋ねた。

「見たいかね」

 壮年の男は指を鳴らした。

 火花がひらめき、やがて火球として固定された。

 おおっという嘆声が会場(どこかの城だろうか?)に響いた。

「わたしなどではこの程度だ。

 しかし君たちは…、いや、君たちの中の一人は、

 選択の日々のあとには、この世界に君臨するほどの魔力を持つことになる」

 壮年の男は慎重に言葉を選んだ。

 【君たちの中の一人】。

 つまり、108人の中の、他の全員は、選択の日々のあとには死亡しているということになる。

 そのことを分かっている異世界人たちは、魔法の力に目を奪われつつも、やはり畏れのほうが先に立った。

「一月の猶予期間、こちらの世界の12月が終わると、選択の日々に入る。

 余談だが選択の日々はこちらの世界の12月にも属さないし、1月にも属さない。

 例年なら一週間ほど続く選択の間、こちらの世界は年末休暇に入る」

 そして俺たちの殺し合いを見物するわけだな、と、一人がつぶやいた。

 【紅白歌合戦】のように、と一人が続けた。

「今そこの君が言ったように(わたしは紅白歌合戦なるものは知らないが)、

 選択の日々の間、君たちには殺し合いをしてもらう」

 壮年の男はなおも無感情なままで言った。【殺し合い】という言葉が無情に響いた。

「そして最後の一人が決まったとき、選択の日々は終わり、

 残った一人にはこの世界の【魔人王】となってもらう。

 なおこれらの処遇については、君たちの世界の為政者たちには許可をもらっている。

 以上だ。

 質問があれば聞こう」

「【殺し合い】の方法は?

 殴り合いなら青年男性が圧倒的に有利と思うが」

 真っ先に手を上げた整った顔の男性が聞いた。

「殴り合ってもいいが、魔法のほうが強力だ。

 一月の猶予期間の間に、君たちはある程度の魔法を覚えているはずだ」

「一ヶ月でそんなに強くなれるものなのか?」

「君たちの世界の住人を、我々は【魔人】と呼んでいるが、

 魔人は魔法の才能において、我々の世界の住人を凌ぐのだ。

 だからこそ君たちに王になってもらうわけだからな」

「なるほど…、魔法はどこで身につけられる?」

「この世界にはどの街にも魔法学校があるよ。

 私塾から公的機関まで様々な選択肢がある。

 このあと君たちに資金を配布するから、それを使うのがいいだろう」

「なるほど…、しかし」

 整った顔の男性がさらに続けようとしたが、

 別の男性に遮られた。

「おいおい、一人で続け過ぎだぜ。

 俺にも聞かせろよ?」

 最初の男性は会釈して譲った。

「俺はプロボクサーのカイドウという。

 俺が聞きたいのも殺し合いの方法だ」

 カイドウは一呼吸置いて、

「というのも、俺の得意分野、つまりリングの上でのワン・オン・ワンでやらせてくれるのか、

 それとも別のやり方かってことさ。

 ま、どっちにしても俺が勝つがな」

「殺し合いの方法は、残念ながらリングの上でも一対一でも無い。

 この城下町での暗殺合戦となる」

「クレイジーだな。

 住人に被害が出るぞ」

「魔人王の最初の仕事は、選択の日々で起きた被害の保障になる」

「好き勝手やっていいってことだな。まあ勝つのは俺だから構わんが」

「カイドウさん、でしたっけ。

 それにあちらの男性も…」

 一人の女性が震えながら発言した。

「こんなことに本気で携わるつもりなの?

 殺し合って王様を決める、なんて。

 普通に、選挙とか、そういうので決めればいいじゃない!」

「話し合って生き残るものを決めるのも自由だ。

 その場合でも、最後の一人以外は自殺してもらうが」

「なんでよ?

 戦いを降りたのなら、それでいいでしょう」

「選択の日々による正々堂々の殺し合いは、魔人の魂を高めるのだ」

 壮年の男は答えた。

「具体的には、魔人同士が殺し合った場合、殺されたものから殺したものへと、

 魔法の力が移動する。

 殺せば殺すほど強くなると表現してもよい。

 最後の一人に残ったものは、比類なき力を得るだろう。

 その力が王には必要なのだ」

「そっちの都合じゃない! 全然納得できない」

「ああ、いいかね」

 老人が手を上げた。

「そちらのお嬢さんとは理由が違うが、わたしも戦いなどしたくはない。

 逃げたらどうなるのかね?

 逃げて107人が死亡するのを待ったら、それで魔人王かね?」

「それもありだろう。

 ただし、会場は城下町近辺に固定され、そこから出るには結界を破らなければならない。

 魔人の力をもってしても、破るのは難しい結界だ。

 城下町の中で隠れ潜むのは自由だ」

「それは良好」

「な、なによ。みんな乗り気なの?

 殺し合いよ、殺し合い。

 わたしたちの世界には無かったものよ?」

 女性がなおも食い下がる。

「あったさ。日本には少なかったと言うだけだ」

 別の一人が言った。

「それに王様になれるなんてエサは、俺たちの世界には無かったしな」

 カイドウが同調する。

「元の世界では、俺はただのバイトAだった。

 あんたは違うのかもしれないが、俺はこれをチャンスだと捉えている。

 トラックに轢かれてよかったぜ」

 さらに別の若者も言った。

「ああ、すまない。異世界人同士での話し合いはあとにしてほしい」

 壮年の男が言った。

「今は質問の時間だ。

 質問が無いのなら、一月の猶予期間を始めるが、いいかな?」

 異世界人の間に、異論は無いようだった。

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