第4話  ネリネ会最終計画

 学年末試験を乗り越えて遂に春休みがやってきた。

 卒業式に出ていく三年組を玄関で見送る。

 各世界の各校舎で卒業式が行われるため、後輩の俺たちは卒業式を見に行けないのだ。仕方がないのでサクラソウから見送りである。

 三年組を送り出した後、俺たちは会議室に戻った。


「飾り付けするぞ。昼過ぎには先輩たちが戻ってくるはずだから、流れるようにテキパキ動くように」

「はーい」


 由岐中ちゃんが敬礼して会議机を並び替えはじめる。

 茨目君は造花を置いたり会議机にテーブルクロスをかけるなど手早く動いていた。

 俺は七掛と共にプロジェクターとパソコン数台を会議室に持ち込む。

 茨目君が不思議そうに俺たちが運び込んだ機械類を見た。


「何かするんですか?」

「あぁ、春休み中の計画についてちょっとね」


 計画と言っても遊びに関することではない。

 ネリネ会の開催に向けた最終計画の説明を行うためだ。

 会場となる会議室の飾り付けを十時に終えて、俺たちはそれぞれの部屋に戻って料理に移る。

 俺は七掛と一緒に巻き寿司を作る。


「――機嫌悪いな?」


 朝から口数が少ない七掛に問いかける。

 七掛は淡々と海苔を巻きながら俺を横目で見上げた。


「これしか方法がないことを理解している。納得はしていない」

「協力はしてくれるんだろう?」

「不本意だけど、他に手がないのも事実」


 だよな。

 確実にA―C世界間通信用の遍在ケーブルを製作する機会なんて、そう簡単には訪れないのだから。


 しばらく無言で調理を続けていた七掛が不意に手を止めると、意を決したように俺に向き直った。

 何か改まって話があるらしい。

 俺はタオルで手を拭いて、七掛に体を向ける。


「どうした?」

「デートをしてほしい」

「……ごめん、なんて言った?」


 なんか話の流れが可笑しいんだけど。

 聞き間違い? 何かの比喩表現?

 混乱していると、七掛が黙りこくったまま徐々に赤くなり始めた。こいつがここまで表情に出すのは珍しい。ちょっと涙目だし。


「あぁ、分かった。無理に言い直さなくていい。その反応で聞き間違いじゃないのは分かったから」


 聞き間違いではなかったんだけど、依然として意味不明だ。

 でもバレンタインにチョコもらったしな。ホワイトデーのお返しも準備してあったりする。

 あれって気合の入った友チョコやネリネ会員同士だからちょっと別に用意したとかじゃなかったのか?

 でも、今まで七掛ってそういう素振りを見せたっけ?

 いや、考えるのは後回しで返事が先か。


「デートって言っても在自山から出られないぞ? どこに行く?」

「VR」

「あ、なるほど。その手があったな」


 ちょっとさみしい気もするけど。

 ……あ、そうか、こいつの考えが読めた。


「デートプランは俺が考える?」

「エスコートを期待している」

「俺が作った3Dが見たいだけ疑惑が芽吹いているんだが」

「……内緒の話もあるので」


 まぁいいや。


「いつにする?」

「春休みの早い時期」

「分かった」


 非公開の作品に手を加えてエンコードすればそれなりの物ができるとは思うが、急がないとな。

 調理を再開する。


 七掛は機嫌が少し良くなったらしく、手際が良くなっていた。

 それでもどこか影がある気がするのは、春休み中の計画があるからだろう。

 考えてみれば、デート云々も思い出作りの口実に違いない。

 なにしろ――俺たちは住む世界が違うのだから。



 先輩たちが帰ってきたのは三時過ぎだった。

 卒業式だけあって学校の友人と別れを惜しんでいたようだ。夕方前に全員が揃ったのはむしろ意外なくらいだった。

 笠鳥先輩なんて社交性の塊だから後輩にまで花束を渡されている。

 サクラソウの中が一気に花の香りでいっぱいになり、寒さを我慢して廊下の窓を開けることで全員の意見が一致した。


 先輩たちが着替えている間に、俺は七掛たちと一緒に会場に料理を運ぶ。

 和洋折衷のパーティー料理がずらりと並び、窓辺に置いてある先輩たちの持ち帰った花束も相まってものすごく華やかだった。


「微妙にサクラソウのイメージと合わない華やかさだな」

「何というか、乙女チックな状態になりましたね」


 茨目君とそこはかとない場違い感を共有していると戸枯先輩がやってきた。

 会場を見回した戸枯先輩は少し怯んだような顔をする。俺を見つけると早足で近づいてきた。


「花束を片付けようか」

「せっかく先輩たちに贈られてきた花束ですよ?」

「でも、居心地が悪いんだよ。本末転倒でしょ」


 その通りだと思うけど。

 でも、せっかくの花束だしなぁ。


「茨目、庭の倉庫に花瓶がいくつかあるから由岐中ちゃんと一緒に取ってきて」

「分かりました。由岐中さん、手伝って」

「はーい」


 茨目君と由岐中ちゃんを送りだし、俺は七掛に声をかけて花束を集め、バラしておく。

 後輩二人が持ってきた花瓶に花束からばらした切り花を生けて高さを調節して華美になりすぎないよう色を調整する。

 横で見ていた戸枯先輩が感心したように唸った。


「やっぱり逢魔なんだなぁ」

「慣れれば誰でもそれなりにできますよ」


 花束改め花瓶の効果で乙女チック空間が落ち着きを取り戻した頃、笠鳥先輩たちがやってきた。

 乙女チック空間を知りもしない笠鳥先輩たちは大した感慨もなさそうに席に座り始める。

 俺は七掛とアイコンタクトを交わし、全員の注目を集めた。


「卒業パーティーの前にちょっとお話があります。春休み中に行うとある計画について」


 プロジェクターから映像が映し出されて、計画案が壁に投影される。

 笠鳥先輩たちが計画案の題名を見て驚いたように目を見開いた。


「同窓会の開催準備?」


 笠鳥先輩が俺に真意を問うような目を向ける。

 俺は話を続けた。


「同窓会、ネリネ会の開催についての最終計画をこの春休みに完了させたいと思っています。茨目は知らないと思うけど、他のみんなは文化祭の時に見せた偏在ノートパソコンとA―B世界間通信ができるパソコンを覚えていると思います」

「榎舟との演奏で使ったやつか。結局なんだったのかは秘密にされたが、説明してくれんのか?」

「はい。まずはネリネ会について。現在は十三代目の会長に七掛がついている同窓会の準備を行う組織です。ぬか喜びさせないよう、開催準備が整うまで存在を秘匿して活動していました。みんなが知っている元会員としては、古宇田さんや三依先輩が該当します」


 二人の名前を出すと、部屋に飾ってあったネリネの造花を思い出したらしい三年組が顔を見合わせた。

 戸枯先輩が背筋を伸ばし真剣な目で、壁に投影された計画案を読みながら質問してくる。


「榎舟が持っているパソコンがAとBを繋いでいて、遍在ノートパソコンがCとDを繋いでいる。ここまでは文化祭の時に見たから分かるんだけど、この二つの間を結ぶ方法がないと同窓会は開けないでしょう? それを春休み中にどうにかするってわけ?」


 さすがに話が早い。

 俺はポケットに入れておいたケーブルを取り出した。パソコン用の通信ケーブルだ。


「これをA―C世界遍在通信ケーブルにします」


 七掛に合図を送って計画案の次のページに移る。


「研究員たちから意見を貰ったところ、過去の事例から成功するだろうとの見通しももらっています。手順の説明の前に遍在者についていくつか説明します」


 茨目君と由岐中ちゃんの視線を遮っていることに気付き、俺は立ち位置をずらして計画案が二人に見えるようにする。


「まず、みんなも知っての通り、一般人から偏在者になる際に身に着けていたモノは偏在します。まず間違いなく遍在するのは服であり、ここにいる全員が持っているでしょう。過去の事例では他に、アクセサリーや本、変わり種では枕やそこの偏在ノートパソコンがあります」


 枕やノートパソコンは遍在者がその瞬間に腕に抱えていたものらしい。

 どうやら、遍在者になる瞬間に体表面から一定の範囲にあるモノが遍在するらしい。


「次に、文化祭間近にブルーローズが一斉に一般人に戻った事から判明した、遍在者のジレンマです」


 茨目君は知らないことなので、かいつまんで説明してから、重要な部分を告げる。


「偏在先の人間との交流により遍在者でいる期間を短縮できるという点が今回の計画の肝になります。この写真を見てください」


 二ページ目の最後に乗せてある写真に注目を集める。

 写真には不可思議な服が写されている。遍在者であれば視覚的には馴染みのあるそれが何か、鴨居先輩が言い当てた。


「複数世界の服が同一世界上で一体化してるのか?」

「はい。その通りです」


 この写真の服は十三年前の海外にて偶然に生み出されたものだ。


「ドイツにいたA、C、D世界偏在者、すなわちトリプルの遍在者がダブルになった際に身に着けていた服なんです」


 この写真はC世界で撮られたものだが、A世界でも同様の写真が撮れる。

 写真に写っている服は三つの世界にそれぞれ存在していたが、着用者がダブルになった際にA―C世界遍在となり、それぞれの服の座標が重なった部分が癒合している。


「物理的な構造が研究材料になってるんだそうです。ただ、ここで重要なのは、トリプル偏在者がダブルになった際、一般人から偏在者になった時と同様に、身に着けていたものが遍在することです」


 玉山先輩が「あぁ」と納得したように頷いた。


「つまり、榎舟がダブル遍在になる時、その通信ケーブルを身に着けていれば遍在通信ケーブルを意図的に作れる。しかも、ブルーローズの件を踏まえて、B世界組との交流頻度を調整すればA―C世界遍在通信ケーブルを作れる。――榎舟がB世界へ干渉できなくなることと引き換えにな」


 玉山先輩の指摘にみんなが口を閉ざした。

 沈黙の後、笠鳥先輩が頭を掻きながら発言する。


「榎舟、お前の計画はよく分かった。一緒に文化祭で演奏した仲だ。今更、遍在者のジレンマでどうこう言いだす気もねぇよ。けどよ、意図的にダブルになるっていうのは筋が違うだろ?」

「言いたいことは分かります。ただ、計画と銘打ってはいますがやること自体は今まで大差はありません。意識的に長く一緒にいるって話です」

「一緒に過ごす時間の前借と言いたいのか。浪費じゃないと?」

「浪費ではありません。遍在通信ケーブルを作るためにも必要な処置です」


 笠鳥先輩が腕を組んで考え込む。

 戸枯先輩が七掛を見た。


「あの計画、七掛ちゃんも賛成してるの?」

「取引はした」

「取引?」

「秘密」

「……納得はしているわけね」


 七掛が賛成派とみて、戸枯先輩は天井を仰いだ。


「七掛ちゃんが納得してるなら私が口を挟むのもなぁ。……消極的賛成ってことで」


 戸枯先輩が言うと、鴨居先輩が片手を挙げて質問してきた。


「実際の計画はどうなってるんだ?」


 七掛が計画案の最終頁を表示させる。

 書かれているのは現在サクラソウに居る寮生の名簿であり、偏在先のリストだ。


「俺がトリプルからダブルになるパターンが二つあります。AとB、AとCの二通りですね。ですが、必要なのはあくまでもAC遍在ケーブルです」


 A―B世界間通信はすでに『ES―D7』で達成している。遍在ノートパソコンとの接続にはどうしてもAC遍在通信ケーブルが必要なのだ。


「というわけで、俺はB世界勢と積極的に関わり、かつ、C世界勢とは可能な限り接触を避ける必要があるんです」

「C世界勢ってことは一年組と、BC遍在の鴨居もか」

「え、おれって榎舟にはぶられちゃうの? さっみしー」

「申し訳ないです」

「春休み終わったらゲームに付き合えよ」

「卒寮してますよね?」

「あ、そうだった」


 卒業証書を貰えなかったのかと思ってちょっとびっくりした。

 鴨居先輩が会議机に頬杖を突く。


「まぁ、寂しいも気もするが、いつかはお別れだしな。七掛ちゃんも納得してるっポイし? 戸枯と同じく消極的ながら賛成するわ」


 玉山先輩が眉を寄せて鴨居先輩を見る。


「鴨居もかよ。というか、七掛ちゃんが納得してんのがなぁ。そこの線が解決済みなら外堀は埋まってるわけじゃん?」


 玉山先輩の言葉に笠鳥先輩が頷く。


「むしろ、ここで反対に回るのもアウトなんだよな。先輩的にも、卒寮生的にもさ」

「だよなぁ。選択肢ないよな」


 玉山先輩と笠鳥先輩が降参とばかりに両手を挙げた。


「消極的賛成」

「同じく。ただし、イベントは全員参加」

「まとまりましたかね。一年組は?」


 一年を見ると、茨目君はよく分かってなさそうだった。

 由岐中ちゃんは複雑そうな顔で俺を見つめていたが、渋々といった様子で頷く。


「二人がいいなら、納得します」

「茨目は?」

「よく分からないけど、賛成で」


 初めて賛成を貰ったよ。

 ともあれ、話はまとまった。

 俺は通信ケーブルを腕に巻いてから、プロジェクターの電源を切り、机の下に隠していたベースを持ち上げる。


「それじゃ、卒業パーティー始めましょうか!」


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