第5話  春休みとデートの準備

 ゲームコントローラーを構えつつ、笠鳥先輩に声をかける。


「敵は今どの辺です?」

「タワーから出てきた。橋の方に徒歩で移動中」

「橋の半ばに来たら攻撃します。移動手段の確保をお願いできますか?」

「戸枯、車は?」

「バスを見つけた」

「でかした」


 戸枯先輩が確保してくれたらしいバスが到着すれば、現場からの離脱は難しくない。

 俺は橋を渡り始めた五人組に照準を合わせる。


「いきます」


 ――銃声。

 狙い定めた一射目は五人組の最後方の一人を撃ち抜き、撃破する。

 すぐに反応して遮蔽物に隠れようとする敵四人。方向を判断できずに出遅れている一人に銃撃を加えて体力を削ると、俺の位置を把握したのか、橋上に放置された廃車の陰に敵は揃って隠れた。


「七掛、どうぞ」

「どーん」


 橋の下に待機していた七掛が手榴弾を橋上へ放り投げ、敵三人をまとめて爆殺する。

 橋の左右で挟まれていることに気付いた生き残りが一か八かの強行突破を図って橋の上を逃走し始めたが、迫るエンジン音に気付いて反転、最高速で突っ込んでくる戸枯先輩が運転する黄色いバスへ銃撃を加える。

 しかし、バスの動きを止めることは叶わず、あっけなく轢き殺された。


「ほら、二人も乗って」


 ひき殺した生き残りの荷物を漁ることもなく、戸枯先輩が急かす。

 俺は狙撃位置から橋へと走り、七掛と共にバスに乗り込んだ。


「あ、撃たれてる」


 不意の笠鳥先輩が言った直後、バスが林に突っ込んだ。

 チームメイト一覧を見ると戸枯先輩の体力がゼロになっていた。

 目立つもんなぁ、バス。

 バスから降りて木の陰に隠れる。


「町の方から撃たれて――あ」


 敵の位置情報を教えようとした笠鳥先輩が即死した。

 いきなりチームメイトが半分になったんですけど。


「やばい、相手がめっちゃ上手い」


 笠鳥先輩が笑いだしたが、戸枯先輩は苦笑気味に話しかけた。


「いや、死亡ログ見てみなよ。二チームに挟まれてる。多分、橋での戦闘を見られてたんだよ」


 道理で、バス陰に隠れているはずの笠鳥先輩が撃ち抜かれたわけだ。

 というかどうしよう。動けない。


「どうする、七掛? スモーク持ってる?」

「ない」

「建物の中に入れれば時間稼げると思うんだけど、行かせてもらえないよなぁ」


 こうしている間にも、二チームが包囲を形成しながら距離を詰めているはずだ。

 仕方がないな。


「七掛、俺が東側の敵に突っ込むから、頑張って抜けてくれ」

「たぶん、無理」

「一矢報いたいだけだ」


 というわけで、木の影を利用して射線を切りつつ東へ走る。

 西側にいる別チームは漁夫の利を狙うつもりなのか攻撃を仕掛けてこない。下手に攻撃すれば東側チームに自身の位置を知らせることにもなるため、動きたくないらしい。

 とはいえ、七掛と合わせてもたった二人、東側チームはおそらく四人組で勝てそうもない。


「あれ、スモーク投げてきた?」


 東側チームがスモークグレネードで身を隠す。西側チームに茶々を入れられないように保険を掛けたのか。

 スモークの中から銃弾がばらまかれる。煙は東側チームの視界もさえぎっているが、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるの論理で弾幕を張ってきた。

 西側のチームがいなければスモークが晴れるまで遮蔽物に身を隠すところだが、東側チームの視界がふさがれている以上は西側チームも位置バレを気にせず攻撃を仕掛けてくる。


「死んだ」


 俺の後方にいた七掛が西側チームの狙撃でリタイア。

 直後に俺も東側チームがばらまいてきた銃弾が運悪く頭に当たって即死した。

 四人の画面にゲームオーバー「こんな日もあるさ!」と文字が表示される。


「負けた!」


 笠鳥先輩が後ろに倒れ込む。

 戸枯先輩は東西チームの死闘を観戦し始めた。

 笠鳥先輩がスマホで時間を確認しつつ、話しかけてくる。


「榎舟の計画でこうして揃って遊んでいるわけだが、どれくらいで榎舟がダブルになるかの見通しは立っているのか?」

「遍在者が一般人に戻るまでの時間はまちまちで、定量化できてないそうです。ただ、俺はサクラソウにきてからほとんどの時間を七掛と過ごして丸一年経っているので、今年中にダブルになると思います。早ければ、この冬休み中にもありえるとのことです」

「そうか。七掛ちゃんといないときは鬼原井とベースの練習してたんだもんな。図らずもB世界勢と一番長く過ごしているわけか」

「笠鳥先輩たちも全員Bの出生か偏在でしたからね。ちょくちょくやっていた徹夜ゲーム大会とかも合わせると関わっていない時間の方が短いです」


 こういった事情も含めて勝算があるから今回の計画が成り立っている。

 ゲームを再開しようにも、戸枯先輩がゲームの最終勝利者が誰になるか興味津々なので小休止。


「そういえば、ホワイトデーをいつにするか決まりましたか?」


 本来は三月十四日だが、もう過ぎている。イベントごとが重なったため延期したのだ。

 それというのも、由岐中ちゃんや茨目君の外国語教育を急ぎで進める必要があり、さらに笠鳥先輩たちの卒業式なども重なった。


 とりあえず、由岐中ちゃんと茨目君が第二外国語をある程度マスターした段階でねぎらいがてらホワイトデーをやることになっている。

 笠鳥先輩が体を起こした。


「茨目は辞書を引きながらどうにか読むくらいはできるようになってる。戸枯、そっちの様子は?」


 由岐中ちゃんを担当している戸枯先輩は画面を眺めながら答えた。


「さっき、論文翻訳を課題に出してきた。その成否で判断するけど、もう合格だと思うよ。本人は発音も含めてがっつりやりたいらしいけどね」

「熱心だなぁ。ただ、由岐中ちゃんが合格ってことなら、今週末にでもホワイトデーやるか。茨目がクラスメイトに聞いた話だと麓に新しくケーキ屋が出来てそこそこ美味いらしい。注文しておこうぜ」

「それじゃあ、俺がお金出しますよ。笠鳥先輩はC世界のお金ないですし」

「オッケ、頼むわ。B世界のケーキは俺の方で手配しとく。残りの男子は手作りチョコかクッキーだな」

「今夜、男子で打ち合わせやりましょう。茨目の部屋でいいですかね?」

「いいんじゃね?」


 本人の預かりしならぬところで打ち合わせ会場にされているとも知らず、茨目君は現在イタリア語の勉強中である。


「ただ、榎舟も――」


 笠鳥先輩は何かを言いかけて、ちらりと七掛を見ると口を閉ざした。


「いや、女子がいる前で詳細を詰めるのはないな。戸枯、由岐中ちゃんはアレルギーないよな?」

「ないってさ」

「よし、ホワイトデーを楽しみにしているがいい」

「笠鳥のセンスには期待してないから、榎舟の言うことをよく聞いて準備しろよ」

「榎舟の方のセンスは信用してんのかよ。いや、俺もそこは信用してるけれども」


 いやいや、俺に料理方面のセンスはない。

 レシピを見ながら作るだけで、アレンジを加えたりもできない。


「盛り付け、楽しみにしてるよ」

「あ、そういうこと」

「なんだと思ってたの?」

「新作料理でも期待されているのかと」


 無理なものは無理だと断ろうとしていました。

 そんな話をしていると、部屋の扉を開けて由岐中ちゃんが覗き込んできた。


「メイメイ先輩、課題が終わりました。採点お願いしまーす」

「いま行く」


 戸枯先輩が席を立ち、由岐中ちゃんの部屋へと連れだって戻っていく。

 笠鳥先輩も立ち上がった。


「茨目の様子を見てくる」

「行ってらっしゃい」


 七掛と二人きりになり、ゲームを続ける気が無くなったので3Dモデリングソフトを開く。


「デート用のマップを作ってるけど、ネリネ会VRにデータを入れておいていいか?」

「ネリネ会VRの最終動作テストをかねる」

「決定な。七掛のキャラクターはもう作ってあるのか?」

「出来ている。お洒落させた」


 服もいろいろとデータを入れておいたからな。カラーバリエーションも多い。

 ちなみに在自高校の制服も入れてある。同窓会である以上、参加者は全員が大学生か社会人なので、アバターと言えど制服を選択する豪の者が何人いるのか、見ものである。

 七掛が俺の手の動きをじっと見つめている。

 デート前にマップデータを見てしまうと興ざめだろうからと、A世界の『ES―D7』で製作しているため。七掛には何が作られているのか見えていないのだ。


「どれくらい、できている?」

「八割ってとこかな」

「楽しみにしている」

「あぁ、期待していいぞ」

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