第3話 バレバレなバレンタインチョコ
「榎ちゃん先輩! バレチョコのお届けに参りました!」
と教室に乗り込んできた由岐中ちゃんに包装紙に包まれたチョコを押し付けられた。
「では、アリバイ作りが終わったので、ついでという体で仲葉先輩に届けに行きます。黙っててくださいね!」
嵐のように過ぎ去る由岐中ちゃんを見送って、俺は手元に残されたチョコを見た。
バレンタインチョコって言うか、口止め料じゃないの、これ?
遍在者としてのあれこれをレクチャーしてくれた仲葉先輩にお礼がしたい由岐中ちゃんの気持ちも理解できるし、卒寮生に関わってはならないって言うのはあくまでも暗黙の了解だから、言われなくても目を瞑るよ。
それよりも、この教室の空気の方をどうしてくれるのかと。
帰宅部の俺が後輩女子からバレンタインチョコを貰うという一幕を見て、クラスメイトが興味津々にこちらをうかがっている。
俺は席に戻り、お隣女子に声をかけた。
「一緒に食べる?」
包装紙をはがしつつ勧めると、机に突っ伏していたお隣女子がこちらを見た。
「いいの?」
「友チョコのおすそ分けだよ」
「本命じゃないの? 手作りでしょ、それ」
「これが本命に見える?」
包装紙をはがしたチョコを見せる。
確かに手作りだ。ただし、形が崩れている。おそらくは失敗作である。本命は仲葉先輩にお届けされていることだろう。
チョコの交換するんだろうなぁ。俺も仲葉先輩のチョコ欲しかったな。
「うん、確かにこれは露骨に友チョコですなぁ」
苦笑しているのか嘲笑しているのか曖昧な笑みを浮かべて、お隣女子が俺の二の腕をつついてくる。
「廊下に呼び出された時にちょっとは期待したんじゃないのかね? ん? どうなんだね?」
「期待は全然なかったな。そういう雰囲気になった事が一度もない。良くも悪くも先輩後輩でしかないから」
「なんだ、つまんないな。ほら、私からも友チョコをやろう」
「まじ? ありがとう。ホワイトデーに五割増しで返すわ。カロリー換算で」
「カロリーは据え置きでいいよ!」
二人で友チョコを食べていると、友人がちらほら集まってきた。
お隣女子と机をくっつけて、友人たちが持ってきたチョコやらクッキーやらを並べていく。菓子パーティかよ。
「このクラスとももうすぐお別れか」
「寂しくなるねぇ」
まぁ、同じ世界に生きている以上は会おうと思った時に会えるんだけど。
お隣女子がチョコクッキーを齧りつつ、教室を見回す。
「このクラスで何組のカップルが出来たんだろうね」
「飯浜と三接は夏にくっついたと聞いたな」
「……なにそれ知らない」
え、知らないの?
「青道と篠崎は部活の先輩とくっついたし」
「ちょっと、なんで榎舟の方が女子の恋愛事情に詳しいの?」
「男子だと、多野、大林、隣のクラスの別蛇、後は確か、粕名が彼女持ち。粕名は文化祭で他校の女子と出店を回っている姿が目撃されている」
「おい、情報源をよこせ。私より事情通とか気に入らん」
そんな理不尽な。
在自山から出られないってことで連絡先を交換してあったから、これで結構な情報網が出来ていただけだ。
「なんでか知らないけど、俺はこの手の話をしても安全な相手だと思われているらしい」
「あぁ……そっか、そういうことか」
「何に納得したんだよ?」
「友達百人出来るといいね?」
「この会話の流れでそれって恋人ができないって言ってない?」
うすうす気付いていたけどさ。
俺、在自山から出ないから、良い人止まりで終わるってみんな判断しているよね。
だから気軽に恋愛相談したり自慢したりするんだよね?
そうなんだよね!?
俺はチョコの包装紙で鶴を折り、お隣女子に渡した。
「ノンカロリーだぞ」
「いらんわ」
※
バレンタインデーだけあって、どこの世界の校舎もちょっと浮ついてるなぁ。
校舎裏門からサクラソウへの道中に他の校舎を見る。裏門を出るだけあって校舎裏を通るため、たまに告白現場に遭遇することがあるのだが、今日はチョコを渡している場面を朝に見た。
そういえば、去年のバレンタインデー頃にサクラソウに入寮したから、一年経ったことになるのか。
去年は義理と確定していたのもあって何とも思わなかったし、今年は今年でそれどころじゃないな。
春休みに入ったら計画の本格実行ということで、それまでにネリネ会VRを完成させるべく忙しい。
試験勉強に遍在者の義務、加えてネリネ会VRの開発でバレンタインデーなんて意識してなかったしな。
サクラソウに帰り着き、自室に帰って着替えていると扉が控えめにノックされた。
「いま開ける」
廊下に出ると、勉強道具一式を持った茨目君がいた。
「先輩、勉強を教えてください」
「去年の俺と同じ道を歩んでるなぁ」
同情するよ。
ちょうど廊下に顔を出した笠鳥先輩が勉強会するぞ、と呼びかけたため、会議室に集合となった。
俺も勉強道具を持って会議室に向かう。すでに男子組が勢ぞろいしており、いち早く受験を乗り切った笠鳥先輩たちが茨目君につきっきりで勉強を教えていた。
「笠鳥先輩たちは大学進学ですよね。学部は?」
「俺は情報学部」
「経済学部」
「国際学部」
見事にばらばらだな。
「そーら茨目、まだまだたくさん勉強できるぞ。あと四教科だ」
「そーれ、一気、一気!」
「榎舟先輩、助けて!」
「去年の俺もそうだった。おかげで赤点をぎりぎり免れたんだ。やるっきゃないんだよ」
本当に同情するよ。
鴨居先輩に数学を教わる茨目君から離れて、笠鳥先輩が俺の隣の椅子を引いて座った。
「榎舟、俺たち三年組が卒業するとサクラソウの寮生が半減するのは分かるよな?」
「ですね。四人になります」
遍在者の義務、手が足りなくなるだろうな。
笠鳥先輩は腕を組んで続ける。
「その人数なんだけどな。サクラ荘の寮生が五人を割ると一気に遍在者が増える傾向があるんだ。歴代の寮生の名簿を見たことあるか?」
「資料室にありましたっけね」
「時期によってまちまちだが立て続けに三人か四人補充される。それで、だ。茨目と由岐中ちゃんはまだ外国語は教育中。英語ともう一か国語を習得する感じになる。そんな状況で寮生が増えたらどうなる?」
「……外国語教育の手が足りずに機能マヒを起こしますよね」
「そういうことだ。七掛ちゃんと相談して対策を練っておけ。俺たちも戸枯と一緒に冬休み中はサクラソウに残って茨目たちに教えるから」
「助かります。七掛と教材作ったりしておきますね」
忙しくなるな。
教える外国語の優先順位を話していると女性陣が会議室に入ってきた。
先頭の戸枯先輩が会議机に皿を置く。
「ほら、チョコクッキーだ。糖分補給しきな」
「ありがとうございます」
糖分補給が一番必要な茨目君だけ別皿なのは優しさ。でも、それが必要なほど勉強漬けにするというスパルタ。
飴と鞭、チョコと勉強。
「えのちゃん先輩はチョコ食べないんですか?」
「昼にあちこちから貰ったからな」
放課後にも貰って冷蔵庫に入ってるし。
みんな義理チョコ全部友チョコ。
「……七掛、何か用?」
じっと見てくる七掛に問いかける。
そういえば、去年も七掛に見つめられていたな。三依先輩のお悩み解決のためのアイコンタクトだった。
今回はどうやら違うっぽい。
「これ」
両手で差し出された四角い箱を受け取る。
「……なに?」
誕生日じゃないよ、俺。
とりあえず開けてみる。
「お高いチョコレートじゃん。どうしたの、これ」
遍在者だから買いに行くわけにはいかないし、多分ネット注文だと思うけど。
「部屋で食べて」
「おう、分かった。でも、一人で食べるのは気が引けるから、一緒に食べよう?」
「……うん」
あ、この流れで部屋に呼ぶのってなんか不味くない?
今更な気もするけども。
それはそれとして、
「――おいこら、周り、ニヤニヤしてこっち見んな!」
「お気になさらずー」
「続けてどうぞ」
「続けるのは勉強会の方だから!」
まぁ、不意打ちでちょっとドキッとしたのも本音だけど。
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