第2話  三依先輩が見たら眠れなくなる奴

「で、榎舟さぁ」

「なんだー?」


 お隣女子と次の授業までの暇つぶしに駄弁っているとスマホが鳴った。


「珍しいね。榎舟のスマホが鳴るなんて」

「俺もびっくりだわ」


 中のメールを確認すると、両親からだった。進路について話すから一度連絡しろとのこと。

 寮生活をしていると親との会話がないからね。仕方がないね。


「彼女?」

「いや親」

「年頃の息子に彼女が出来なくて不安な親御さんになんてメールを返すんだい?」

「俺が末代だよって返しとくわ」

「養子でももらえば? あ、結婚してないと無理なんだっけ?」

「さぁ? 貰う気もないしな。そっちこそ、同じことを親に聞かれたらどうすんの?」

「クローンの研究を始めるかな」

「倫理的にアウトだろ」


 しかもクローンだと娘が増えるだけじゃん。


「教育に失敗しなければクローンが結婚してくれるでしょ。ほら、私という失敗の経験も経ているわけだし」

「クローンがまたクローンを作るというオチもあるよな」

「それって私にとって孫なの?」

「妹じゃね?」

「妹欲しかったんだー。私、そっち方面の学部受けようかな」


 自由に生きてるなぁ。

 お隣女子は教科書をぺらぺらとめくりつつ、


「榎舟は進学? 就職? 国立研究所?」

「最後の選択肢なに?」

「サクラ荘の寮生ってそういうところ行くんじゃないの? それともスパイ映画的ハードボイルド路線?」

「普通に大学だけど」

「なんだぁ。フランス語ができるなら外語大?」


 いまならロシア語とイタリア語とドイツ語も読み書きできるよ。

 でも、文系にはいかない。


「量子力学」

「……何、テレポートすんの?」

「まぁ、そんなところ」


 遍在者が通える大学に研究室があるのは確認済みだ。

 仮に三年生の間に一般人に戻っても、進学先は決めている。一応、合格圏にもはいっている。


「レベルたっかいなぁ。まぁ、榎舟は勉強出来るもんね」


 七掛大先生の教育のおかげだけどね。


「そっちは?」

「私は生物系がやりたいなぁ。海洋生物とかいいよね。美味しそう」

「お、おう」



「――と、いうことがあったんだが、七掛は進学か?」


 もはや日課となりつつあるネリネ会VRの制作中に尋ねてみると、七掛は難しい顔で俺を見た。


「量子力学?」

「そっちに興味を示すのか。この『ES―D7』ってなんなのか、気になるだろ?」


 まぁ、建前だけど。

 論文として発表すれば日本以外の国の遍在者も同窓会ができる。ネリネ会をサクラソウの卒寮生だけの特権にするのは忍びない。

 七掛は作業に戻りながら口を開く。


「進学予定。物理系に」

「進路としては同じなのか」


 世界が違うから同じ学部に通うと言っても語弊があるけど。

 寮生は複数の外国語ができるから翻訳業や通訳などにつくケースが多いらしい。理系学部への進学は珍しい方だ。


「機会を見つけて研究者組に試験対策の相談でもしようか」


 自分の研究最優先の人たちだから、相談に乗ってくれるかはわからない。


 換気のために窓を開けると、外から話し声が聞こえてきた。

 なんだろうと思って窓から顔だけ出して見回すと、倉庫から炬燵を取り出す後輩二人の姿があった。

 由岐中ちゃんと茨目君である。


 由岐中ちゃんが俺を見つけて目礼してくれる。こちらも片手を挙げて挨拶を返して部屋に引っ込んだ。

 二人で出している炬燵はどこに置くんだろう。どちらかの部屋かな。

 後輩二人は戸枯先輩を加えた閉鎖環形を作り、遍在者の義務に当たっている。けれど、戸枯先輩は茨目君が見えない。二人で運んでいる炬燵はおそらくC世界のモノだろう。


 倉庫の虫干しも頼まれているのか、二人で荷物を外に出している物音が聞こえてくる。

 手伝った方がいいのかな。

 俺がネリネ会の作業をしながら窓の外を気にしていると、後輩二人がだんだんプライベートな話をし始めた。

 完全に出ていくタイミングを逃すやつですよ、これ。

 どうやら、二人は進路に関して悩み中らしい。


「――そんなわけで、他人に誇れる才能もないし、才能を度外視して打ち込みたいものもない。こんな私でも高校、大学を出たら社会に放り出されるんだよ。レールを歩んでいるのがどれだけ楽かって進路考えるたびに思っちゃうよ」

「まぁ、分からないでもないかな」

「中途半端な回答だなぁ。あ、麻雀卓だ、これ。出すから手伝って」

「うん」

「茨目君はどうなの? 進路決まってんの? それとも家業とかあったりする?」


 由岐中ちゃん、グイグイいくなぁ。


「うちは昼に喫茶店、夜は居酒屋をやってる」

「飲食業だね。継ぐの?」

「……継ぐつもりだったんだけどね」


 茨目君の声のトーンが落ちた。


「僕、養子なんだけど、数年前に義両親の間に本当の息子が生まれてさ」

「あ、あぁ……。ごめん、想像つかない」

「別に居心地が悪いとかはないよ。よくしてもらっているし。ただ、その、弟がさ。継ぎたいって言ってるんだよ。まだ小学生だけどね」

「複雑だねぇ」


 跡目争い的な奴か。

 どこのおうちも複雑な事情を抱えているものなんだな。

 我が家は大分のほほんとしているけども。


 ふと、目の前のこいつはどうなのだろうと思い、七掛を見る。

 由岐中ちゃんの声が聞こえずとも、茨目君は観測できる七掛は外の会話をおおよそ掴んでいるらしく、心配そうな顔をしていた。

 茨目君の声が続く。


「遍在者になって、サクラソウに来るときにさ。母さんが『よかった』って言ってたんだよ」

「……うん?」

「僕が家を出ることになってよかったって意味なのかなって。一般人に戻るまで時間がかかるらしいし、このまま大学に行って一人暮らしを始めて、一家水入らずの邪魔をしない方がいいのかもしれないって思ってさ。いや、何話してんだろ。進路の話だったね」


 慌てて話を戻そうとする茨目君の声が聞こえたかと思うと、唐突に走ってくる足音が聞こえてきた。

 直後、窓に由岐中ちゃんが姿を現し、俺を見つけて声をかけてくる。


「サクラソウって外部と連絡取っても大丈夫ですよね!?」

「遍在者について話さなければ大丈夫だよ」

「C世界のスマホとか持ってますか?」

「スマホは持ってないね。というか、茨目君本人が持ってるんじゃないかな?」

「それもそうですね。ありがとでした!」


 電光石火の勢いで由岐中ちゃんが茨目君の元へ戻っていく。

 俺は七掛と顔を見合わせた。


「どう思う?」

「どっちの後輩?」

「両方」

「茨目君は考えすぎている。由岐中さんの行動がどう出るかはわからない。けれど、茨目君の悩みを解消するには情報が足りていないのも事実。裏目に出たら、私たちがフォローする。それが、寮生活のいいところ」

「だよな。データの保存しとくぞ」

「了解」


 作業途中のデータを保存して、由岐中ちゃんの行動が裏目に出た場合に備えて待機する。

 由岐中ちゃんは茨目君に半ば無理やり実家へ電話を掛けさせたようだ。

 窓からそっと覗いてみると、電話口の向こうと何か言葉を交わしている茨目君がいた。


「――うん、先輩もいい人たちだよ」


 照れる。

 いや、特に何もした覚えがないけど。強いて言うなら蕎麦を一緒に食べて徹夜でゲームして日の出を見上げるバドミントン大会をしたくらい。

 何してんだろうね、俺たち。いい人かどうかはともかく、先輩としての威厳みたいなのは微塵も感じない。

 通話を終えた茨目君は頬を人差し指で掻いた後、照れくさそうに由岐中ちゃんに礼を言った。


「なんか、僕が家の手伝いばかりで友達を作っていなかったのが心配だったらしい。直接僕に言っても、気を使ってしまうだけだろうから言い出せなくて、こんな形でも寮生活を始めることになれば否が応でも近い年の友達ができるはずだから『よかった』って言ったみたい」

「ほら、考えすぎだったでしょ」

「うん、ありがとう」


 茨目君は照れくさそうに由岐中ちゃんから顔をそむけて、俺と目があった。

 驚いたような顔をした茨目君は困ったような、照れたような、あいまいな顔で歩いてくる。


「あの、父が心配していまして、友達と写った写真があれば送ってほしいと。……さっきの話、聞いてましたよね?」

「聞いてたね。盗み聞きしてごめんな。お詫びと言ったらなんだけど、写真、一緒に取るか?」

「お願いします」


 今回出番がなかったからこんな形でしか先輩面できないのだけちょっと悔しい。

 C世界での写真に写れるのが現在の所、茨目君と由岐中ちゃん、俺と鴨居先輩しかいないため、由岐中ちゃんが鴨居先輩を呼びに行く。

 俺は茨目君に声をかけた。


「結局、進路はどうするんだ?」

「後を継ぐつもりでいたので、結局答えは出てないんですよね」


 胸のつかえが取れたような顔だが、それでも弟が継ぎたいと言っている以上引け目があるらしい。

 二人で経営するのでもいいと思うけど。

 七掛が俺の横から顔を出した。


「後を継ぐのが目的なのか、喫茶店や居酒屋をやるのが目的なのか、どっち?」

「……そうですよね。別個に考えられる問題なんですよね」


 茨目君は七掛の言葉に納得し、考え込んだ。

 そうこうしている内に由岐中ちゃんが鴨居先輩を引っ張ってくる。

 茨目君は由岐中ちゃんを見て口を開いた。


「うん、喫茶店をやりたいな」

「そっか、茨目君が喫茶店を始めたときに私がまだふらふらしてたらバイトに雇ってー」


 何年後だよ。

 茨目君が苦笑する。


「C世界の喫茶店なんだから、A世界の由岐中さんは雇えないよ。連絡も取れなくなってるんじゃないかな」

「あ、そうか。それはなんというか、寂しいね」


 由岐中ちゃんがいじけたような顔をする。

 今は言えないけど、近いうちに連絡くらいならとれるようになるんだけどね。

 今日の日付を思い出す。冬休みまでまだ少しある。計画の実行は冬休みだから、同様にまだ時間はあるはずだ。

 鴨居先輩が俺の隣に立った。

 俺は窓の横に立っている鴨居先輩を見る。


「すみません、鴨居先輩を巻き込んじゃって」

「いいってことよ。後輩の親御さんに安心してもらうなら一番の手だしな。ポーズ取る?」

「戦隊物には一人足りませんけどね」

「先輩たち、普通に写ってください」


 茨目君にくぎを刺された。

 俺は窓から身を乗り出して茨目君を捕まえ、両脇を押さえる。


「七掛、心霊写真を撮ろうぜ」

「え、なに、どういうことです!?」


 まだ遍在者になって日が浅い茨目君がとっさに何が起きるかを理解できずにいる中、いち早く気付いた鴨居先輩と七掛はにやりと笑った。

 鴨居先輩は素早く茨目君の部屋へと走っていき、茨目君が遍在者になった当日に来ていただろう偏在している服を持ってきた。

 茨目君の横で七掛は茨目君の偏在服をD世界のハンガーに掛けて吊り上げ、袖を持ち上げて敬礼でもしているような形を取る。

 C世界が見えてもD世界を観測できない由岐中ちゃんは何をしているのかを理解したらしく腹を抱えて笑い出した。


「撮りますよー」


 由岐中ちゃんがタイマーを仕掛けて、C世界の茨目君のスマホで写真を撮った。

 出来上がった写真には俺と茨目君、由岐中ちゃん、鴨居先輩に加えて、重力を完全に無視して風の影響も受けていない宙に浮いた衣服がポーズをとっている様子が映し出された。

 B、D世界偏在の七掛がC世界のスマホに映らず、しかしC、D世界偏在の茨目君の服は七掛の干渉を受けるからだ。

 遍在者の存在を知らなければトリック写真か心霊写真にしか見えない。


「サクラソウがどんな場所かも伝わるし、これ以上ないくらいの近況写真だろ」


 鴨居先輩に言われて、茨目君は苦笑しつつ、添付メールを実家に送信した。


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