最終章  住む世界が違う僕らのサクラソウ

第1話  進路相談

 二学期が過ぎ、冬休みに遊び、三学期がやってきた。

 カレンダーを見てふと気づく。


「そろそろ一年か」


 サクラソウにやってきてそろそろ一年が経とうとしていた。

 七掛大先生のおかげで今年の学年末試験は慌てないで済んでいる。今すぐにテストを受けても八割くらいの点数が取れそうだった。


「三年だな、お互い」


 向かいに座って作業している七掛に声をかけると無言で頷きを返された。

 どうやら作業に集中したい様子。


 俺もパソコン画面に視線を戻し、小物アイテムと効果音の結び付けを再開する。

 ネリネ会の会場となるVRゲームの制作も佳境に入っていた。

 基幹となるプログラムは完成しており、キャラクターの素体とカスタム要素も実装。

 便宜上フィールドと呼んでいる会場の種類も、サクラソウ、在自高校、在自山の三種類に加えて、クラスメイトに頼んで収拾した写真から起こした麓のカラオケ店や喫茶店も用意してある。


 現在の作業は実際にネリネ会を開催した際に気分を出すための小物アイテムの制作だ。コーヒーや紅茶、クッキーの他、今も倉庫で眠っている麻雀卓、各種楽器などを揃えている。


 七掛の方は、遍在者モードの実装をするべくプログラムに書き加えていた。ネリネ会の参加者が事前にどこの世界に遍在しているかを入力しておくことで、今や一般人となった卒寮者も遍在者だった頃と同じ視点を持てる。

 この偏在者モードの実装に伴い、在自山の桜の枝ぶりなどを各世界分用意する羽目になったのだが、もう作業が済んでいる俺は小物作業がメインである。

 花火も作っちゃったしな。


「唐揚げ盛りにつけるのは生レタスとトマトだよな?」

「パセリ」

「……彩的に緑と赤の生レタスとトマトがベストじゃね?」

「……水分が多いとせっかくのから揚げの衣が湿気る。パセリ一択」

「いやいや、七掛さんや、トマトの酸味は唐揚げとの相性抜群でしょう?」

「いいえ、パセリの苦みで唐揚げの油っぽさを消せる。次の料理への橋渡し、それがパセリ」


 お互いの作業の手が止まった。


「絶対に生レタスとトマトだって」

「パセリ」

「ちょっと料理本開いてみようぜ」

「料理サイトを見て統計を取る」


 七掛がネットで料理サイトを閲覧しながら作業を始める。その間、俺は部屋の料理本を開き、生レタスとトマトが乗っていることを確認したうえで廊下に出て呼びかけた。


「唐揚げ盛りにはレタストマト、またはパセリ、あなたはどっち!?」

「榎ちゃん先輩、何を言い出してるんですか?」


 廊下を歩いてきた由岐中ちゃんが怪訝そうに問いかけてくる。


「どっち派?」

「レモンですかね」

「七掛、第三勢力だ!」

「共通の敵!」

「――なんで!?」


 驚く由岐中ちゃんの後ろ、サクラソウの玄関が開いた。

 誰かが帰ってきたのかと目を向ける。しかし、そこには見知らぬ男子が立っていた。

 きょろきょろと廊下を見回す男子の隣にC世界の研究員が立つ。


「榎舟君、新寮生です。呼びかけを」

「あぁ、はい」


 由岐中ちゃんに続いて後輩がやってきた。時期といい、親近感がわくな。


「みんな、新寮生がきたよー」

「私の時は玩具扱いだったのに……」

「はいはい、拗ねない、拗ねない」


 頬を膨らませる由岐中ちゃんの肩に手を置いて回れ右させ、玄関の方へ顔を向けさせる。

 七掛も新寮生が気になったのか、作業の手を止めて廊下に出てきた。


「統計的にはどうだった?」

「レタスレモン派が多勢」

「レタスレモン派だと? 世も末だ」

「同感、世も末」

「――なーんでレモン派が嫌われるんですかね?」


 勝手にかける奴がいるからだよ。トマトはかけられないしな。

 新寮生の名前は茨目というらしい。


「C出生、D偏在です」

「メイメイ先輩以外は全員見える感じですね」


 由岐中ちゃんがざっとサクラソウのメンバーを思い出して関係性を把握する。

 今回は由岐中ちゃんと違って七掛にも見えており、Vサインをしている。

 廊下に出てきた笠鳥先輩たちは男子勢が増えたことを喜んでいた。

 男子は全員が互いに干渉できるから、閉鎖環形も作りやすい。

 笠鳥先輩が俺を手招いた。


「榎舟、蕎麦はあるか?」

「C蕎麦はないですね。鴨居先輩が乾麺を買い置きしてませんでした?」

「あるぞー」

「決まりですね」

「そんじゃ夕方な!」

「了解です」


 男子組にだけ伝わるやり取りをしていると、珍しく研究員、因場間さんがやってきた。

 B世界の因場間さんは新寮生が見えておらず、何故か寮生が全員廊下に出ている状況に怪訝な顔をした。


「なんだ、またイベントごとか? 好きだなぁ、お前らも」

「イベントと言えばイベントですけど、企画してたわけじゃなくて突発的な物ですよ」

「どうでもいいんだ、んなことは。おい、笠鳥、鴨居、ちょっと研究室に来い、進路面談するぞ。お前らもうじき卒業だからな」

「へーい」

「榎舟、俺の部屋の戸棚に乾麺があるから、戻ってこなかったときは、あいつを頼む」

「鴨居先輩……ご武運を!」


 寸劇を挟んで進路面談に向かう笠鳥先輩と鴨居先輩を見送る。

 新寮生の茨目君も検査のために研究員のいる区画へ向かっていく。

 進路面談かぁ。


「遍在者のまま在自高校を卒業したら、どうなるんですか?」


 由岐中ちゃんが不安そうに尋ねてくる。


「在自高校みたいな大学がある。結構なマンモス校だから学部も選べるよ。在宅仕事をするなら進学する必要ないけどな」


 俺も三年生になるからということでパンフレットを貰っている。相変わらずの充実福祉で頭が下がる。


「えのちゃん先輩はもう仕事をしてるんですよね?」

「いや、普通に学生だけど?」


 サクラソウの寮生はバイト禁止だし。むしろ遍在者の身でやれるものならやってみろって話だ。

 しかし由岐中ちゃんが言いたいのはちょっと違っていた。


「逢魔ですよね?」

「……あぁ、そういうことね」


 確かに逢魔として稼いでいる。今も過去作品の販売ページはそのままだから、なんだかんだで今も収入がある状態だ。

 とはいえ、もう3Dを仕事にするつもりはない。

 由岐中ちゃんが俺を見上げてくる。


「将来も3Dで食べていくとか決めてるんですか? どうやってやりたいことを見つけて仕事にしたんですか?」


 うーん。

 なんとなく、と答えたいんだけど、ダメだよね。先輩として何か気の利いた、参考意見を言わないとだよね。

 俺はちょっと考えたけれど、諦めた。無理、気のきいたセリフとか言えない。


「別にやりたいことを仕事にする必要はないよ。やりたいことをするために仕事をする選択だってある。世界一周したいから資金稼ぎにバイトするとかさ。俺は3Dでお金をもらってるし他にやりたいことがあるわけでもないけど、趣味の一環だからストレス抱え込まなくて済むように副業どまりにするつもり」


 七掛があからさまに反応したけど無視する。

 副業と言ったって、まだ何を作るか、公開するかも決まっていない。

 いまはネリネ会に尽力して、どうにか開催したら、改めて考えよう程度のモノだ。

 だから新作を期待する目を向けられても困る。

 七掛が見えない由岐中ちゃんが話題を続ける。


「でも志望理由とか聞かれるじゃないですか」

「適当に言っておけばいいんじゃないか? あの質問ってやる気を見るって名目で上手に嘘をつけるかを見るもんだと思うから」


 なに、その「え、マジで言ってるのこの人」って目は。

 由岐中ちゃんが胡散臭そうな目で俺を見上げながら口を開く。


「すれてますね」


 俺は肩をすくめた。


「やる気を持って志望する人間だけだと社会が回らないってみんな理解してるんだよ。でも、新人には純真さと癒しを求める大人の疲れた心を汲んであげるのが、新社会人の甲斐性ってやつだよ。俺はごめんだけど」

「最後の一言は余計じゃないですか?」

「副業持ちの強いところを見せただけだよ」


 割と適当なことを吹いているんだけど、由岐中ちゃんだけでなく七掛まで感心したような顔をした。


「えのちゃん先輩っていろいろ考えてるんですねぇ」


 ごめん、考えてない。将来とか分からない。

 いつまで遍在者のままかもわからないのに将来設計なんてできないしな。


「やりたいことをするために仕事をする。うん、アリな考えですね」


 とりあえず、由岐中ちゃんの視野は広がったっぽい。

 先輩のメンツを保てて良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る