第5話  文化祭対応策

「お前ら、中間試験試験初日の朝からテンション低いな」


 教室にやってきた担任が俺たちの顔を見回して分かりきったことを言う。

 当たり前だ。修学旅行から帰ってくるなり試験前の二週間を勉強漬けで過ごしてるからな。


「なんで修学旅行が公休だった榎舟もテンション低いんだ?」

「修学旅行に行けなかったってのもありますけど、せめて集合写真の右上で目立ってやろうと黒歴史にならない程度の変顔を練習してたんで、顔の筋肉が」

「お前、馬鹿だろ?」

「冗談を真に受けないでください」

「やりかねないと思ったんだよ」


 俺の立ち位置っていったい……。

 そんなわけで、中間試験の初日である。

 七掛にも教わっているし普段の勉強をおろそかにしているわけでもないため、これまでと違って不安がない。赤点は取らないだろう。

 赤点でなければいいというものでもないのでまじめに取り組むつもりではあるけど。


「勉強しなくていいの?」

「いまは頭を休ませてるところだから」


 隣の女子に声を掛けられて言い返す。というか、君もラノベ読んでるじゃん。


「三年に留学生が来たって話、知ってる?」

「知ってる。金髪イケメンとエキゾチック美人さんらしいよ」

「サクラ荘に住んでいるんだし、三年に知り合いいるよね?」

「いるよ。それがどうかした?」

「留学生ってサクラ荘に宿泊してるのかなって気になって」

「いや、来てないね。麓のホテルか何かに泊まってるんだろ。観光地巡りもするみたいだから、山の上のサクラソウより麓のホテルの方が利便性も高いだろうしね」

「やっぱそうなんだね。ますます、サクラ荘って謎の存在だわ。学校の持ち物なのにこんな時にも使われないなんて」


 そこが引っ掛かってたのか。

 留学生がサクラソウに来たら俺や仲葉先輩や由岐中ちゃんが虚空に話しかけるのを見る羽目になる。絶対に心証が良くないだろう。

 遍在者の存在を知りもしないクラスメイトが想像できるはずもない。


「学校側が立てたスケジュールの問題じゃね?」


 当たり障りのないことを言って煙に巻こうとしたら、女子が俺を見た。


「スケジュールで思い出した。夏休み中、生徒会に頼まれて留学生向けにパンフレットを翻訳したって聞いたんだけど、本当? 同中の書記の子が驚いてたよ」

「四千円で請け負ったよ」

「事実だったんだ……。なんでフランス語なんてできるの?」

「実は、許婚がフランス人なんだ」

「嘘?」

「嘘」


 肩パンチくらった。


「実はネトゲで知り合った外国人に教わったんだ」

「本当?」

「嘘」


 二発目をいただいた。ありがとうございます。


「君には見えない人に教えてもらったんだ」


 三発目を貰った。

 本当なんだけどなぁ。


「フランス語ができるのは本当だよ。話せないけど」

「読み書きだけってこと?」

「そう。だからいきなりパリに置いてけぼりにされたら筆記用具がないと意思疎通が取れずに死ぬ」

「中途半端だなぁ」

「俺らしくていいと思う」

「よくないと思う」


 とりとめのない会話で引き伸ばしていると、教室に試験問題を持った教師が入ってきた。


「問題配るから私語は慎めよ」


 教師の注意により教室が静まり返り、会話は打ち切られた。

 乗り切った。

 サクラソウでフランス語を教わったなんて言ったら、なんでフランス語を教わるのかと疑問が出てくる。遍在者の義務を話すわけにもいかないし、ぼろを出しかねないから話を逸らしたのだ。



 試験初日が終わり、俺は校舎裏門からサクラソウへの道を歩いていた。

 サクラソウに近づくにつれて、ブルーローズの演奏が聞こえてくる。

 文化祭当日にサクラソウの庭先で演奏することを約束したブルーローズは試験勉強と練習を両立させている。今まで以上に熱の入った演奏は放課後にD世界の校庭の隅に演奏を聴くための人だかりができるほどだという。


 俺からはD世界が見えないけど、鬼原井先輩のベースの音が聞こえるB世界、招田先輩のギターと歌声が聞こえるC世界の校庭には人がちらほら集まっている。演奏をBGM代わりにして勉強している姿もあった。

 わざわざ校庭で勉強しなくてもいいのに、と思うけれど、それだけ聞いていて心地がいいということなんだろう。


 なお、ドラムの音しか聞こえないA世界の校庭に人はいない。うーん、格差社会。

 仲葉先輩はあんまり気にしている様子はないけれど、今から文化祭当日が不安だ。

 一人ドラムが話題になってしまう。あれから対策案が出てないか、鬼原井先輩とのベース練習の時にそれとなく尋ねているけれど何も聞かないし。


 サクラソウに帰り着いた俺は女子側の庭を見る。ブルーローズが三人で練習していた。ちょうど一曲を通しで弾いた後の休憩中だった三人がこちらに手を振ってくる。


「お帰りなさい、榎舟君」


 仲葉先輩がドラムスティックを器用にくるくる回しながら挨拶してくれる。


「ただいまです。試験期間は部活もないので校庭のどこにいても演奏が聞けましたよ」

「あ、やっぱりうるさかったかな?」


 鬼原井先輩が校舎を振り返った。試験期間中だから図書室で勉強している生徒もいるだろう。流石に空調の関係で窓を閉じている図書室まで届くかは分からないけれど。

 招田先輩が少し考えた後、立ち上がった。


「中で練習しよう。文化祭前に全曲披露しちゃうのも癪だしさ」

「オッケー。まぁいい宣伝になったでしょ」

「榎舟君、ドラムセットを運ぶのを手伝ってくださいな。A世界分だけでいいですから」

「分かりました」


 仲葉先輩に頼まれてドラムセットをサクラソウの中に運び込んでいると、ふらふらの由岐中ちゃんが帰ってきた。

 由岐中ちゃんは俺を見るなり手を合わせて拝んでくる。


「榎ちゃん先輩、お願いします。勉強を教えてください」

「うん、来るんじゃないかなぁ、とは思った」


 勉強会でも唸ってたしね。サクラソウの対試験兵器である七掛とは互いに干渉できないから勉強を教わっていないのも理由だろう。

 しかも、頼れる仲葉先輩はバンド練習で忙しいと来たものだ。頼りない俺にお鉢が回ってくるのはある意味当然である。


「勉強道具を持って俺に部屋においで」

「榎ちゃん先輩の部屋ですか? 変なことしませんか?」

「しないな。というか、七掛がすでに部屋にいる」


 俺がドラムセットの運搬を手伝っているのを横目に七掛が俺の部屋に入っていくのを見ていた。


「……七掛先輩っていつも榎ちゃん先輩の部屋にいません?」

「自室にいなければ、大概は俺の部屋だな。そんなことより、早く準備しておいで」

「はいです。よろしくです」


 自室に帰っていく由岐中ちゃんの背中を眺めて、D世界のドラムセットを抱えてきた仲葉先輩が微笑む。


「榎舟君もすっかり先輩ですね。頼られるのはうれしいでしょう?」

「そうですね。俺も仲葉先輩にもっと頼っていいですか?」

「もちろんですよ」


 ネリネ会の開催が現実味を帯びてきたら仲葉先輩を通じてブルーローズにBGMの提供をお願いしようっと。

 仲葉先輩の部屋にドラムセットを運び込み、自室へと帰る。

 部屋ではすでに七掛が『ES―D7』を起動してネリネ会の会場となるVR空間の作成にいそしんでいた。昨日はためしに起動してみたところキャラクターが床にはまった状態で動けなくなったからな。


「直ったか?」

「直した。壁抜けバグも修正した。でも、カメラがバグる」

「どんなふうに?」

「頭の中にカメラがある」


 どういうことかと画面を覗き込んでみる。

 画面の左右に白いものが映り込んでいた。頭の中に入れてあるカメラ位置がやや後方にずれてしまっていたため白目の部分が画面に映っているようだ。


「やっぱりカメラの位置は頭の中じゃなく眉間にした方がいいんじゃないか?」

「直しておく」

「3Dに違和感があったら言ってくれ。話は変わるけど、これから由岐中ちゃんが勉強を教えてもらいに来るから、七掛も手伝ってくれ。俺が通訳する」

「了解」


 そう言いながら、七掛は一枚の紙を差し出してくる。追加の3D発注書らしい。机の他、現在は倉庫に眠る麻雀卓など、サクラソウにある品々をリストアップしたものだ。いつの間に用意したのか写真までついていた。


「いくら細部にこだわりたいとはいっても、あまりデータ量が多いと重すぎてまともに動かないぞ?」

「ローポリゴンでお願い」


 簡単に言ってくれるけど、ローポリゴンは難しい。凹凸や質感をテクスチャで表現しつつ、どの角度から見てそれっぽくしないといけないんだから。


「一週間くれ。試験勉強もあるからな」


 とりあえず勉強できるように片付けていると、勉強道具を持った由岐中ちゃんがやってきた。どういうわけか、招田先輩を伴っている。


「招田先輩、どうしたんですか?」

「七掛ちゃんがこっちにいるかと思ってね。案の定だった。頼みごとがあるんだけど、いいかな?」


 そう言って、招田先輩は右手に持った何かを左右に振る。

 七掛がやってきて、首をかしげた。


「USBメモリ?」

「作曲ツールで作ってメンバー全員で調整した曲データが入ってる。D世界のUSBメモリだから榎舟君や由岐中ちゃんには見えないよ」


 招田先輩からUSBメモリを渡されたらしい七掛が口を開く。


「これをどうすれば?」

「D世界の文化祭の時、ブルーローズメンバーでサクラソウの庭先を使って演奏するでしょ? その時、それぞれの世界の一般人から見ると私たちって一人で楽器弄ってるだけなんだよ。詩乃なんか、一人で無心にドラムをたたいてるように見えるわけ。文化祭当日に外でノリノリで一人でドラム叩き続ける女子高生ってもうホラーでしょう」


 あ、前々から気になっていた弊害だ。

 つまり、七掛が渡されたUSBメモリが対応策ってことか。


「作曲ツールで調整した曲ってことは、DTMソフトで各世界分、複製して、文化祭当日に流してほしいってことですか?」


 演奏を録音したデータではなくDTMソフトで作曲したデータなのは、D世界から他の世界にデータを転送できないからだ。DTMソフトで作曲してあれば、別の世界でも似たようなDTMソフトを使ってある程度再現が可能になる。

 招田先輩が頷いた。


「話が早いね。A、B、Cの三世界分をお願いしたいんだ」

「分かった。何かあれば質問する」

「頼んだよ。A、C世界の方は榎舟君、お願いできるかな?」

「構いませんよ。試験期間中はあまり作業できないと思いますけど」

「ありがとう。文化祭当日に出来ていれば大丈夫。任せたよ」

「任された」

「任されました」


 ブルーローズの練習に戻っていく招田先輩を見送って、由岐中ちゃんを部屋に入れる。

 由岐中ちゃんは部屋をきょろきょろと見回した。


「男子の部屋って初めてです。メカメカしいですね」

「メカメカしいってなんだよ。まぁ、機械類は多いけど」


 量子コンピューター『ES―D7』を始め、いろいろと機器がある。資料用の写真集も俺の趣味で風景や建物に関係したものが多いから全体的に固い印象の部屋だとは思う。


「とりあえず、我らが七掛様がここにご降臨あそばしているから、俺は通訳をする」

「凛ちゃん先輩の話でなんとなく分かってました」


 勉強の神七掛様は現在、持ち込んである専用クッションを抱えて座っている。


「七掛は勉強しなくていいのか?」

「いつもしてる」

「……うん、それな」


 俺もいつも勉強してるんですけどね。満点は取れそうにないっすわ。



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