第4話  悪い夢

『作風広すぎておかしいと思ってたんだよ。

 逢パクリ魔ww

 いま出回ってる動画は著作権的にどうなるの? 誰に帰属するの?

 パクリで金儲けする中学生か。世も末だわ。

 逢魔なのに逢えないんですけどー逃げ回ってんですけどw

 『弧月と蒼海』の元ネタっぽいイラストを見つけた。雲の形とか若干弄って小細工してあるな。

 色配置がそっくりな背景素材があるな。どっちが先か分からんけど、逢パクリ魔が先ってことはないだろ。

 元絵に申し訳ないと思わないの?』


 逢魔ブログにつけられたコメントがコピーされた用紙を突き出しながら、美術部の顧問は見せかけの同情を張り付けた不快感が見え隠れする顔で俺を見た。


「美術部から籍を抜いてくれ。次のコンテストに出す予定の油絵も辞退しろ。身元がばれるからな」

「理由をお聞きしても?」


 まっすぐに見つめ返して尋ねると、顧問はコピー用紙で俺の視線を塞いだ。


「他の部員にも迷惑がかかる。それどころか、学校全体にまで波及しかねない」

「顧問から失せろと言われた以上は美術部に残るつもりはありませんが、退部理由には顧問が退部を迫った事とその理由、年月日を書いてください。こんな事実無根の誹謗中傷で進学に影響が出るのは嫌なので。もちろん、こちらでも控えが欲しいので二枚書いてください。学校長の判もお願いします」

「……穏便に済ませようとしてるのが分からないか? 反抗期はもう過ぎてる頃だろう」

「えぇ、だから冷静に未来を見据えて行動してるんです。知っていると思いますけど、美術部に未練はないですよ。ほとんど幽霊部員になってますから」


 渋々退部届を用意すると約束した顧問にその場で二部作成させ、嫌がる学校長に判を押させてさっさと帰宅する。


 コメントのコピーを流し見する。

 バカバカしい。時系列すら無視した誹謗中傷だ。

 『弧月と蒼海』の元ネタと紹介されているイラストは外国人イラストレーターが俺の3D作品を模写したことを説明に書いているだろうが。

 色配置がそっくりな背景素材? そっくりじゃなく同一だ。無許可で俺の3D作品を画像処理ソフトで2D風に仕上げた背景素材なんだから。


 踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆な顧問も踊る。

 こんな阿呆しか見ないなら、作品を公開してもストレスが溜まるだけだ。趣味でストレスを溜めるなんてそれこそバカバカしい。

 今までの俺も踊る阿呆だったということだ。


 帰宅した俺を待っていた両親が茶封筒を差し出してくる。


「今月の売り上げだそうだ」

「あぁ、ダウンロード販売の」


 税金関係で手続きがあるから勝手に見ていいと言ってあるんだけど。

 茶封筒を開けて三つ折りになっている中の明細書を取り出す。

 炎上の影響か、売り上げは四割ほど増えていた。


「はい、これ」


 明細書を父に渡して二階にある自室への階段に足を掛けたとき、父が口を開いた。


「学校から連絡があった。退部したそうだな」

「正確には退部させられた、だ。俺に退部する理由はないんだからな」

「……続けるのか?」

「なにを?」

「創作活動だ」

「さぁね」


 何が楽しかったのかもわからなくなってきた。

 中学生活のほとんどを3D製作に費やして、残ったものがこれだというのなら、友達とカラオケにでも言っていた方が有意義だった。

 すくなくとも、楽しい思い出は残ったはずなんだから。


「創作に批判は付き物だ。これくらいで折れ――」


 頭のおかしなことを言おうとする父の顔面に丸めたコピー用紙を投げつける。

 驚いて口を閉ざした父がコピー用紙を受け止めて怒鳴ろうとする機先を制し、俺は静かに言った。


「批評批判はいつだって受けつける。だが、そこに書かれているものが批評批判だって言うなら知性も感性も狂ってるんだよ。教えてやろうか、それは誹謗中傷って言うんだ。理解してから口を開け」

「ちょっと相真、お父さんになんて口の利き方――」


 母が抗議しようとするのを止めたのは、コピー用紙を開いて中身を見た父だった。


「……いや、相真が正しい。無神経だったのはこっちだ」


 それきり口を閉ざした二人を一階に残して、俺は階段を上る。

 部屋に入るなり鞄を放り捨て、ベッドに寝転がる。

 高校は遠くに行こうと思うと同時、なんで俺が逃げないといけないのかとため息が出る。

 まだ受験もしていないのに高校生活が不安だった。



 目が覚めるとサクラソウの自室だった。


「嫌な夢を見た」


 二学期に入ってからこの手の夢を見る頻度が増えた気がする。

 ネリネ会用の3Dを作って七掛に見せた日からだ。荒療治というほどでもないだろうに、繊細すぎて自分が嫌になる。


 スマホで時間を確認し、登校時間を過ぎているのに気付いて一瞬慌てたが、すぐに今日が修学旅行の出発日だと思い出した。

 修学旅行に行けない遍在者はサクラソウで待機だ。言ってしまえば休日である。


 スマホにメールが届いていた。クラスメイトが新幹線の中で撮った写真が添付されている。

 この手のイベントで頭の中を埋め尽くせれば嫌な夢を見なくて済むんだろうな。

 お土産を期待していると返信して、窓を開ける。


 すぐにギターやドラムの音が聞こえてきた。

 ブルーローズが練習しているらしい。仲葉先輩の見た目にそぐわぬ力強いエイトビートは否が応でも意識を覚醒させ、嫌な夢の残滓を叩きのめしてくれる。

 やっぱり、三人とも上手いなぁ。


 というか、今日は土曜日だっけ。修学旅行がなくても登校時間が関係ないな。つい焦ってしまった。

 なんとなく演奏を聞いていると変なところで演奏が終了した。

 なんだろうと思っていると、部屋の扉がノックされる。


「いま行く」


 廊下に声をかけて扉を開ける。予想はしていたが、そこに立っていたのは七掛だった。


「おはよう」

「おう、おはよう」


 プログラム関係の本を持った七掛はさっさと部屋に入ってくる。

 後を追いかけようとした時、廊下から声が聞こえてきたのが気になって玄関の方を覗き込んだ。

 ブルーローズの三人が玄関口で誰かと話をしている。俺の目からは見えない会話相手ということはD世界の人間か。


「……Dの生徒会がブルーローズを訪問した」


 いつまでも部屋に入らない俺に気付いて戻ってきた七掛が状況を説明してくれる。


「D世界の生徒会? なんで?」


 ブルーローズのメンバーはA、B、Cそれぞれの出生でD世界遍在だ。遍在者は出生世界の学校に通うのでD世界の生徒会との接点がない。


「文化祭で体育館でのライブをお願いする、らしい」

「D世界だと遍在者じゃなくてもフルメンバーでの演奏が聴けるからか」


 俺はD世界を観測できないけれど、トリプル遍在だから三人の演奏を聞ける。まったく逆の状態なのがD世界の一般人だ。


 ブルーローズはサクラソウの中でよく演奏しているから、登下校や部活中のD世界一般生はその存在を認知している。しかも、ブルーローズ名義でD世界のネット上でも活動しているから、文化祭に呼ぶのも分かる。

 しかし、サクラソウの寮生は文化祭当日、在自高校の敷地はおろかサクラソウの敷地からも出てはならない。D世界の体育館での演奏は無理だろう。


 案の定、三人が申し訳なさそうな顔で誰かに謝っている。

 七掛を見ると難しそうな顔をしていた。文化祭での演奏なんて最高の青春イベントが目の前で立ち消えになりそうだから、複雑な気持ちなんだろう。

 こればかりは仕方がないな、と思った時、招田先輩の声が聞こえた。


「サクラソウの庭先で演奏するのであれば可能だけど、それでいいなら」


 なるほど、その手があったか。

 むしろ、演劇部や吹奏楽部と共有する体育館よりもワンマンライブができるサクラソウの庭の方が都合は良さそうだ。生徒会の方も時間調整の必要がないし、パンフレットの隅に少し記載しておくだけで済む。


 問題があるとすれば、ブルーローズのメンバーそれぞれの出生世界でどうみられるか、だ。

 A世界の在自高校で囁かれる、仲葉先輩一人ドラム演奏会が文化祭当日、白日の下にさらされてしまう。


「七掛、文化祭って各世界で日程は?」

「同じ」

「だよな。だからこそ、俺たちは外出禁止なわけだし」


 文化祭には来賓が多く、周辺の人口密度が爆発的に上がる。

 つまり、仲葉先輩の一人ドラムが在自高校を飛び出して下界にまで拡散されるのだ。

 ……今日からのベースの練習は今まで以上に本気で取り組もう。仲葉先輩の一人ドラムではなく、俺のベースも入れるのだ。

 あ、いや、一緒に演奏すると、D世界でのブルーローズの演奏の邪魔になってしまうのか。

 どうすればいいんだ。


「大丈夫。招田先輩はすべての予定を立ててから発言する人」


 俺の心配を見て取った七掛がそんなことを言う。

 言われてみれば、招田先輩なら対策は考えていそうだ。


「そうだな。俺たちが悩んでも仕方がないか。協力要請があったら受ける感じでいいよな」


 七掛が頷いて部屋に入っていくのを今度こそ追いかける。

 でも、今日からベース練習の頻度は増やしていいよね?


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