第3話 ネリネ会会場
歓迎会の翌朝、徹夜で眠い目をこすりつつ始業式に参加し、教室で担任の「イベント盛りだくさんだからって二学期も勉強に手を抜くなよ」という俺にはあんまり関係のないお小言をいただいた。
遍在者はほとんどの行事に参加できない。
たとえば修学旅行。在自の敷地を出るため確実に事故る。バスに乗って高速道路を移動しようと思えば最悪の場合は死ぬし、飛行機ならフライングヒューマノイドになりつつ凍え死ぬし、新幹線も同様だ。
体育祭くらいは参加できるかと思ったけれど、笠鳥先輩曰く在自高校の体育祭は荒っぽいから遍在者は万が一の可能性を考慮して参加は厳禁とのこと。
代わりに撮影班として駆り出されるらしい。
眠気に支配された頭でボケェと担任の話を聞き流し、ゲーセンに行ってファミレスで駄弁ろうというクラスメイト男女の誘いをいつもの調子で断って、サクラソウへの帰路につく。
帰ったら寝よう。
サクラソウの自室に帰り着いた俺は制服から私服に着替えてベッドに横になる。
今日は始業式だから学年ごとに帰宅時間の差が少ない。他の寮生も帰ってきているはずだが、サクラソウは静まり返っていた。みんな疲れて寝ているらしい。
スマホの目覚まし機能をセットして三時間ほど眠ろうと瞼を閉じればすぐに寝入っていた。
※
人の気配で目が覚める。
横を見れば見慣れたクマの浮いた少女が俺を覗き込んでいた。
「……おはよう」
「昼過ぎだろ。というか、来たなら起こせばいいのに」
「スマホの目覚ましでも起きない熟睡。妨害はよくない」
「目覚ましが鳴っていたのか」
何時だろうとスマホを確認する。三時間ちょっと経っていた。寝過ごしたのかと思ったが許容範囲だろう。
体を起こして七掛を見る。
「七掛も昨日は徹夜だったろ。少しは寝たのか?」
「二日くらいは余裕」
「そんなだからクマが取れないんだよ」
手櫛で髪を整えて、ベッドの上に胡坐をかく。
「それで、どうした?」
夕食には早いし、遍在者の義務関連か。
俺の予想に反し、七掛は居住まいを正して俺をまっすぐに見つめ、口火を切った。
「逢魔の事」
「……昨日、みんなにばれちまったしな」
いつまでも隠していける物でもないと思っていたけど、これからちょっと顔を合わせづらいな。
みんなに気を使われるのも嫌だし。
「まぁ、いい加減話題に出ただけで不機嫌になるのは克服しないとだよな。いつまでもガキじゃないんだし」
自分の中ではそれなりに折り合いつけているつもりでいたんだけど、外に向けてはまだ敵意が勝る。
理不尽に害意を向けられてきたが故の防衛本能なのだとは思うけど、誰かれなく敵意むきだしなのは、俺に害意を向けてきた連中と同列まで落ちてしまっている。
「頭で分かっていても、やっぱり身構えるんだよ。どこに俺のブログに誹謗中傷を書き込んでいた屑が潜んでいるか分からないからさ」
別にサクラソウのメンバーを疑っているわけではないが、サクラソウのメンバーからは外部に漏れたらどうなるのか。
いまだに誹謗中傷がブログに書き込まれているくらいだ。身バレは本格的に身の危険を感じる。
「そういえば、七掛は逢魔のファンだって三依先輩が言ってたけど、本当か?」
他にも古宇田さんから「あこがれの人」なんて話も聞いたな。
七掛が控えめに頷いた。
「中学時代からファン。閉鎖前のブログも毎日更新チェックしていた」
「へぇ」
中学時代ってことはパクリ騒動の直前か。
「パクリ騒動についてはどこまで知ってるんだ? B世界から閲覧できるのは逢魔ブログだけで、発端になったパクリ犯のブログは見れないんだろ?」
「逢魔ブログのコメント欄でおおよその流れは掴めた。B世界では、パクリ騒動の実在そのものを疑う向きと、便乗して炎上騒ぎを起こす人たちがいる。どちらの場合も証拠を提示できず、水掛け論」
「あぁ、それでいまだに便乗犯は騒いでいるから、逢魔ブログにコメントが増えていくわけか」
A世界の方でもパクリ犯のブログが削除されていて今や証拠の提示ができない。逢魔が人の作品をパクッたというネットニュースはあれど、訂正記事はいまだに出ていないからバカはいまだに騙されたままだ。
俺自身、このパクリ騒動に関してはもうネット上で沈静化することはないと思っている。
結局のところ、俺の気の持ちようがどうであれ今後の状況が変わることはない。俺自身がどうするかという問題でしかない。
そして、仲良くしたい人たちがこのサクラソウに居る以上、俺自身が変わるのが正解だ。
俺の意思を尊重するためか、七掛は何も言わずに俺を見ている。
「もしもまた、誰かに作品を見せることで反応を貰えるのが楽しいと思えるようになったのなら、ブログを再開することもあるんだろうな」
今は想像もつかない。
3Dを作るのは楽しいけれど、それを公開することも反応を貰うことも楽しいとは思えなくなった。むしろ、ただの雑音でしかないし、うっとうしいと思う。
得る物がない。技術的にも、感情面でも、何一つ。
「やっぱり今は無理だな」
残念そうに目を伏せる七掛に声をかける。
「ネリネ会の会場にするVR空間のコンセプトは決まってるのか?」
「……え?」
俺の問いに疑問符で返してくる七掛に苦笑する。
「言っておくけど、作品を作るわけじゃない。みんなで同窓会できれば楽しいと思えるような場所を作るだけだ」
これは誰に対する譲歩なのか。少なくとも一歩を踏み出したわけではない。
それでも、サクラソウのみんななら色眼鏡なく、〝作品″ではなく〝場所″として楽しんでくれると思う。批評するモノではなく、あくまで場所だ。
星空は霞んでいたって満点なのだから。
七掛は驚きでしばらく固まっていたが、額をつついてやるとすぐに再起動した。
「いま、仕様書を持ってくる。待ってて!」
慌てて部屋を出ていく七掛を見送って、愛機『ES―D7』を起動する。ちょうどいいので、B世界の『ES―D7』の電源も入れて、愛用のフリーソフトを愛機からコピーした。
さすがは量子コンピューターというべきか、とんでもなく軽快な回線はコピーを瞬時に完了させてくれる。
七掛が珍しく息を切らせて帰ってきたかと思うと、仕様書を差し出してきた。
「前に見た奴よりも具体的だな」
ネット上に転がっているフリー素材を使うよう、夏休みの初めに提案したのだが、諦めていなかったのだろう。
「在自高校とサクラソウの再現。在自山周辺の再現。たしかに、これはフリー素材だと用意できないよな」
再現するだけなら俺が作る必要もないけど。
「で、この特殊空間って言うのは?」
「次のページ」
「あ、両面印刷か、これ。居酒屋とか俺は入ったことないぞ」
「同窓会と言えば居酒屋、らしい」
「らしいって。この居酒屋は店らしい雰囲気にするのか? それとも、ファンタジーとかSF調にするのか?」
「在自高校関連は懐かしさを想起させる。居酒屋は落ち着いて会食できるようにしたい」
「なら現実ベースにした方がいいな。和洋中のどれにするんだ? それに、VRとはいえ注文できるメニューがあった方がそれっぽいよな。一般客みたいなモブを配置するか、貸し切り状態を演出するかも決めた方がいい」
仕様書の細部について質問しつつ内容を詰めていきながら、俺はB世界の『ES―D7』を操作し、3Dモデリングソフトでサクラソウの外観と内部の部屋をざっと作る。
この程度、平面を用意して部屋割りを切ったら壁を生やして天井を被せて屋根を置けば完成だ。
量子もつれによる通信が確立されているのを利用し、A世界『ES―D7』から昔作った和風建築のモデルの瓦屋根をコピーしてちょっと弄ればすぐに終わる。
測量などはしていないので、各部屋の大きさや倉庫、温室との距離などはおおざっぱだ。明日の放課後にざっと測量してしまおう。
会議机を製作し、パイプ椅子と共に会議室に配置する。オブジェクトの複製を連発して昨日の夜に歓迎会をした会議室をさくっと再現。
「あとはテクスチャを用意したり小物の配置だな」
B世界の『ES―D7』で作っていたため作業の一部始終を見学していた七掛が出来上がった3Dを見て呟く。
「手際が、よすぎる」
「慣れてるし。ほら、このVRヘッドセットを着けてくれ。いまエンコードするから」
量子コンピューターの計算速度に物を言わせて高速エンコード。七掛が被っているVRヘッドセットに3Dを投影する。
「テクスチャを張ってないから味気ないと思うが、部屋の奥行や天井高に違和感がないかだけ確認してくれ」
「……大丈夫」
「よし、外しておけ。まだ製作途中だから酔いやすいしな。玄関の花瓶を作っておいたんだが、花はどうする?」
普段、サクラソウ玄関の花瓶は空だ。卒寮生が出たときにだけ、百日草、日日草、シオンの花が飾られる。しかし、同窓会の会場として作っている以上、これらの花は不適格だろう。
「ネリネの花を」
「だよな」
ヘッドセットを外した七掛と笑い合い、ネリネの花を製作する。
――また逢う日を楽しみに、か。
もしかしたら、七掛のように逢魔の作品とまた会えるのを楽しみにしている人がいるのだろうか。
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