第11話 新入りちゃん
七掛に頼んで古宇田先輩に連絡を入れてもらう。
B世界のスマホを持っていない俺にはこっそり連絡を取り合う方法がこれしかないのだ。
「海で待つ」
「七掛も来るか?」
「遠慮しておく」
「そうか」
原則として卒寮生に会ってはならないからな。スマホで連絡を取るのも本来はマナー違反だ。
俺はサクラソウを出て夏の日差しの中を行く。
蝉の鳴き声がかしましく響き渡り、日陰を歩いてもなお汗をかく。
七掛の奴、汗をかくのが嫌で今回は見送ったとかないよな?
七掛の部屋はいつもクーラーがガンガンに効いている。夏休みに入ったことで完全に昼夜逆転生活に入っていることもあり、七掛は昼の日差しに勝てないだろう。
坂を下って浜辺に出ると、古宇田先輩が岩場で釣りをしていた。麦わら帽子に日傘を完備している。
「古宇田先輩、釣れますか?」
「イシダイが釣れてるわ。女子寮に帰ったら刺身にしようと思ってる」
クーラーボックスを覗いてみると、白黒ボーダーラインが特徴的なイシダイが二尾泳いでいた。縞模様がはっきりしているから若い魚だろう。
「自分で捌くんですか?」
「実家が魚を出していてね。大学もそっち方面に行くつもり。魚は数をこなさないと上手く捌けないから、機会があれば自分でやることにしてるのよ」
機会があればもなにも、釣りをしてまで機会を作ってませんかね。
俺は炎天下に煌めく海の眩しさに目を細め、古宇田先輩の隣に座った。
岩が熱い。鉄板みたい。
「メールしたとおり、屋邊先輩が卒寮しました」
「そう。間に合わなかったのかしら?」
「いえ、ぎりぎり――と言っていいのかどうなのか。戸枯先輩はきっかけを探していただけで関係修復に前向きだったみたいです。とりあえず、経緯を説明しますね」
この夏休み中のイベント、花火大会や海水浴やバーベキュー大会を話し、屋邊先輩の卒寮で行われた合同ジャージパーティーの話をする。
最後まで黙って聞いていた古宇田先輩はクロダイを釣り上げると、針を外しながら口を開いた。
「お疲れ様。仲直りは成功したってことね」
「そうなります。俺たちが役に立ったかどうかはまだ自信がないですけど」
「感謝されたのなら素直に受け取っておきなさい」
再び釣り糸を垂れた古宇田先輩は海面を見つめる。
「本当は今のサクラソウについて聞きたいことがいろいろあるのよね」
「話しましょうか?」
「……やめておくわ。マナー違反だし、ホームシックになっちゃいそうだもの」
恥ずかしがるような、困ったような、曖昧な笑みを浮かべて、古宇田先輩は竿を上下させる。
「一番気になっていた戸枯と屋邊君も仲直りしたことだし、七掛ちゃんはあこがれの人と一緒にいるみたいだし、心配はいらないでしょ」
「あこがれの人?」
「――え、聞いていないの?」
驚いた様子で俺を振り返った古宇田先輩だったが、直後に魚が仕掛けにかかり、海面に視線を戻す。
やけに引きが強いらしく、古宇田先輩は立ち上がり、左足を前に出して上半身を引く。
「手伝いましょうか?」
「一騎打ちだから手出しは無用!」
「あ、はい」
武士じゃ。武士がおる。
五分は格闘していただろうか、遂に海上へと引き上げられた魚は五十センチを優に超えるイシダイだった。特徴的な縞模様が灰色に染まっていて、長生きしていたのがよく分かる。
古宇田先輩は暴れるイシダイから針を外し、クーラーボックスに収める。
「強敵だった。潮汁にしてあげよう」
もうメニューも決まってるんだ……。
撤収準備を始めた古宇田先輩に格闘前に聞こうとしていた質問を再度ぶつける。
「七掛のあこがれの人って誰ですか?」
「本当に聞いていないのね。あなたよ」
「……俺?」
というより、逢魔か。
俺がサクラソウに来る前に卒寮していった古宇田先輩が言うのだから、逢魔としての俺だろう。
七掛が妙に俺の3Dにこだわるのはそういう理由か。
「でも、なんでです? 会ったこともなかったのに」
「それを本人の口以外から聞くのはアンフェアというものよ。あなた、今でも3Dは作っているのかしら?」
「はい。公開するつもりはないですけど」
「……もう『ES―D7』はサクラソウに発送してあるわ。明日の朝には七掛ちゃん宛てに届くはずよ」
魚が入ったクーラーボックスを軽々と持ち上げた釣り人古宇田先輩は麓のバス停目指して歩き始めながら最後に言った。
「A―B世界間通信が量子コンピューター『ES―D7』で実現可能かどうか、あなたの未公開3D作品で実験することをお勧めするわ」
「俺はもう、人に作品を見せるつもりはないので、別のモノで実験しますよ」
「それならそれで私は何も言わないわ。これ以上は過干渉だもの。改めて、ありがとう。今度はネリネ会で会いましょう」
「はい、またお会いしましょう」
古宇田先輩と別れて、俺はサクラソウへの帰路を歩き出す。
これでB世界の『ES―D7』は手に入った。
問題はネリネ会が所有しているC―D遍在ノートパソコンとの接続方法がないことだ。現状ではAとB、CとD世界の組み合わせでしか同窓会ができない。それでも今までを考えれば大きな進歩なのだろうけど。
七掛とは今までも協議しているけれど、方法は思いつかない。
「量子コンピューターもCやD世界にはないしなぁ」
あったとしても量子縺れを起こしていないと通信できないと思うけど。
あれこれ考えながらサクラソウに帰りついた俺は、玄関口に見知らぬ女の子が立っているのを見て足を止めた。
サクラソウは基本的に遍在者以外の立ち入りが禁止されている。となれば、新寮生かな。
すぐそばに立っていたA世界の研究員功刀さんが眼鏡をくいっと上げると俺を見た。
「彼女は由岐中さん。今日から入寮するA―C世界遍在者です」
「へぇ、夏休みとはタイミングがいい」
「榎舟君の時は定期試験で大変でしたからね。それはそうと、みんなに呼びかけていただけますか。榎舟君なら全員に声が届きますので」
「了解です」
多世界向け音響装置タイプ榎舟、参ります。
俺はサクラソウ全体に聞こえるように声を張り上げる。
「みんな、新しいおもちゃが来たぞー!」
「――ちょっと!?」
由岐中さんが俺の発言に驚いて止めようとしてくるが、もう遅い。
バタバタと各人の部屋の扉が開かれる。
「後輩ちゃんだな」
「マジか、見えねぇ」
「俺もだわ。A―C遍在だな」
男性陣の内、笠鳥先輩と玉山先輩は由岐中さんが見えず、鴨居先輩だけは姿を捕えて喜んでいる。
女子陣営も扉が開かれ、ブルーローズメンバーが顔をのぞかせた。
「おもちゃが見えない……!」
「いらっしゃい。すぐに用意しないとですねぇ」
「引っ越し荷物の整理、手伝うよ」
廊下に崩れ折れて悔しがる鬼原井先輩の隣で仲葉先輩と招田先輩が予定を話し合う。
遅れて出てきた戸枯先輩と七掛はそれぞれ別の反応をした。
「あたしには見えてるよ。部屋は角部屋かな?」
「みえない」
七掛が首をかしげ、諦めたように首を振る。珍しく少し悔しそうだった。
由岐中さんは廊下にぞろぞろと現れた寮生を見回して頭を下げる。
「由岐中です! 高校一年、A世界出生のえっと、C世界遍在、でいいんです?」
高校一年?
最年少じゃん、と思った直後、ニャムさんが一声鳴いた。
そうだね、最年少はニャムさんだわ。
ともあれ、ここは先輩風を吹かせよう。
「ようこそ、サクラソウへ」
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