第9話 男女混合P(J)P
男女合同パジャマ(ジャージ)パーティー開催。
というわけで現場の榎舟です。
ジャージの伸縮性ってすごいですね。仲葉先輩を見るとよく分かります。
と、実況ごっこを脳裏で繰り広げつつ、俺は体育館の中を見回す。
何度か授業で使っている体育館も夜に見るとまるで雰囲気が異なっている。
電気は点けてあるから暗くはないのだけど、窓の外が真っ暗なせいでどことなく圧迫感があった。
レジャーシートを広げてあるのは檀上のすぐそば。何人かは組み立て椅子を持ち込んでいて、床に傷をつけないように椅子の脚先に布を巻いている。
「榎舟君、男子はどっちに座っているのかな?」
本日の主役、屋邊先輩がレジャーシートの左右を見ながら尋ねてくる。
一般人となった屋邊先輩の目には、同じA世界出生の俺と仲葉先輩、A世界遍在の戸枯先輩しか見えていない。男子勢が向こうでバスケをしていることなど露知らない。
「いま、笠鳥先輩がスリーポイントシュートを決めました。二対一でよくやりますよね」
「あぁ、バスケしてるんだ。ちょっと混ざりたいなぁ。感覚を取り戻しておきたいし」
そういえば、元バスケ部だっけ。
「サクラソウを出たらバスケ部に戻るんですか?」
「考え中。もう三年だから、今更バスケ部に入部しても球拾いで終わるしね。試合に出られないのはサクラソウに来たときに覚悟していたからいいけど、シュート練習もまともにできない、部内試合もできないとなると入部する意味があるかどうか」
「というか、今夏休みですけど、三年生は引退してないんですか?」
「秋までは活動するらしいね。秋までしか活動しないともいうけど」
二か月前後か。球拾いだけで終わるという見立ては否定できない。
「ストリートバスケの相手を探す方が有意義な気もしますね」
「受験でそれどころじゃないかもね。うん、バスケは諦めよう。得る物が少ない」
三年の貴重な時間を球拾いに使うのはむしろ浪費だ、と屋邊先輩は呟いて、適当な場所に座ってお菓子を食べようとした。
しかし、仲葉先輩が屋邊先輩に声をかける。
「屋邊君、主役なんですからもっと中央に来てください。夕食まだでしょう? ナポリタンがありますよ」
誘われた屋邊先輩は曖昧な笑みで逃げようとする。仲葉先輩の隣に戸枯先輩の姿を見つけたからだろう。
戸枯先輩はニャムさんを膝の上に乗せて撫でながら、屋邊先輩を一瞥する。
「さっさとこっち来なよ。ニャムさんの体調管理とか、いろいろ聞きたいんだから」
戸枯先輩にまで言われては屋邊先輩も断れず、席を移動することを決めたらしい。
「榎舟君も来るかい?」
「それが、そうもいかないんですよ」
「うん?」
屋邊先輩には見えていないし、俺も極力無視をし続けているんだけど、いい加減に無視も難しくなってきている存在。
「詩乃ちゃん取られて悔しい。恒例の母性爆発だと知ってても悔しい。後輩男子に癒されたーい」
こんな風にわめいている鬼原井先輩がさっきから引っ付いてくる。
「そろそろ構ってあげないと、耳元でベースをかき鳴らされるので」
「なんだか大変だね……」
屋邊先輩は俺という戦力を確保したかったのだと思うけど、申し訳ない。
仕方なく、屋邊先輩は女子二人の元へ一人旅立っていった。
「主役は詩乃のんとメイメイに任せて榎舟は脇役と遊べー」
鬼原井先輩が酔っ払いのごとくボディタッチを連発しながら構え攻撃をしてくる。ちょくちょく、俺の隣に座っている七掛にも流れ弾が飛んでいく。
脇役だと自覚してるなら主役の接待中の俺に構うなと。
こんな時、いつも鬼原井先輩の面倒を見る招田先輩は役割を放棄して檀上に座ってギターを鳴らしている。
俺の視線を追った鬼原井先輩が、俺の頭に顎を乗せて話し出す。
「体育館ってエコーがかかるから、演奏したくなるんだよね」
「それで鬼原井先輩の子守を放棄してるんですね」
「相真後輩は赤ちゃんプレイが好きなのか。変態さんだなぁ」
「おい、何をどう聞き間違えたんだ、エロベース先輩?」
「まぁまぁ、詩乃母さんを求める気持ちは私も分かるぜよ」
「誘導尋問しようったってそうはいかないですよ」
気持ちは分かるけどね!
などと話している間にも、屋邊先輩たちの会話が聞こえてくる。
「屋邊君ったら、初対面の時、私の事を寮母さんって呼んだんですよ」
あ、仲葉先輩寮母さん説の支持者って俺だけじゃなかったんだ。
過去を穿り返された屋邊先輩が唐揚げを取る振りをして顔をそむける。そむけた先にいた戸枯先輩が微妙に生ぬるい視線を送っていることに気付いた屋邊先輩はいたたまれなくなった様子で俯いた。
そんな主役の居心地の悪さを知ってか知らずか、仲葉先輩は話を俺に振ってくる。
「同い年なのに酷いですよねぇ。榎舟君もそう思うでしょう?」
「ですねぇ」
会話の流れを乗りこなす。でも流されている矛盾。
ぼろが出る前に話題の転換を図るべく頭を回転させていると、意外にも隣の七掛が話題を提供してくれた。
「これからニャムさんどうする?」
あぁ、それか。
ニャムさんも七掛も見えない屋邊先輩とニャムさんが見えない仲葉先輩を除く全員が戸枯先輩の膝の上で丸くなっているニャムさんを見る。
昨日から戸枯先輩にされるがままのニャムさん。元気がないというよりどうしたらいいか分からず混乱して様子見中の借りてきた猫状態だ。
七掛の話題をニャムさんの飼い主である屋邊先輩に伝えると、困ったような顔で俺たちを見回した。
ニャムさんはB世界の猫であり、B世界の出生か遍在でなければ面倒を見られない。
サクラソウメンバーで該当するのは、男子であれば俺と笠鳥先輩、女子であれば七掛と戸枯先輩とさっきから俺に伸し掛かりつつ「二人羽織りベースしよう」とか言い出している自由人鬼原井先輩だ。
最後の人は一応あげてみたけど適性がなさすぎる。本人が猫みたいなもんだ。収拾がつかなくなる。
そんな自由人、鬼原井先輩が口を開く。
「楽器持ちだから、ネコは無理じゃよ。悪戯されると困るしにゃー」
「鬼原井先輩はパスと。――笠鳥先輩、ニャムさんの面倒を見たりとかってできますか?」
まだバスケを続けている笠鳥先輩に声をかけると余裕のない声で「無理」と帰ってきた。直後に玉山先輩にボールを取られてゴールの防衛に回っている。
続いて、七掛が片手を挙げた。
「パソコンが多いから、猫の毛は大敵」
「まぁ、そうだよな」
何より、七掛の部屋にはネリネ会の至宝C、D遍在ノートパソコンがある。万が一があったら一大事どころの騒ぎではない。
三人が断ったことを、屋邊先輩に伝える。
「そうか。となると、榎舟君かな?」
「すみません、俺の部屋も高価な機材があるので」
「あぁ、なんだか仰々しい機械がいくつかあったね」
プロジェクターやパソコンの話かな。
そんなわけで、ニャムさんの面倒をみられる可能性があるのはただ一人、屋邊先輩の横に座っている戸枯先輩のみとなった。
屋邊先輩との確執を知るだけに誰も尋ねはしないまま、じっと戸枯先輩の言葉を待つ。
集まった視線にやれやれとため息を吐いた戸枯先輩はニャムさんの背中に手を当てて頷いた。
「面倒見るよ。こうなる気がしてたしさ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
屋邊先輩の礼に対してぶっきらぼうに返した戸枯先輩はニャムさんの顔を覗き込む。
「というわけだから、よろしく」
ニャムさんは意味が分かっているのか、ふんと鼻を鳴らした。
膝から退かないのだから、受け入れてはいるのだろう。
一件落着と安堵していると、七掛がニャムさんを観察しながら首をかしげた。
「七掛、何か気になることでも?」
「……実験してみる」
「実験?」
七掛が立ち上がり、そろそろとニャムさんに近づいた。
すると、ニャムさんは七掛に気が付いて尻尾を山なりにして、緊張状態に入る。さっきまでの借りてきた猫状態とは異なるボス猫らしさを見た七掛は予想していたように数歩下がって俺を手招いた。
「来て」
「別にいいけど」
何の実験だ、これ。
覆いかぶさっているベーシストを払いのけて立ち上がる。払いのけられた鬼原井先輩は文句も言わず、檀上の招田先輩の演奏に加わりに行った。
俺が七掛にならってニャムさんに近づくと、ニャムさんはじっと俺を見つめ、「しゃあねぇな、妥協してやんよ」と言わんばかりにそっぽを向いた。
「威嚇されないな。なんでだ?」
「……おそらく、A世界から屋邊先輩の気配をB世界に伝える触媒の役割を果たしているから。匂いとか」
「……え、それってまずくね?」
つまり、ニャムさんは屋邊先輩の気配をA世界とB世界に遍在している俺や戸枯先輩を通じて感じ取っているから、仕方なくそばにいるってことだ。
屋邊先輩が卒寮したら、屋邊先輩の気配を伝達できない俺や戸枯先輩をニャムさんが受け入れるのか、不安が残る。
「どうする? 屋邊先輩の匂いの香水とか作る?」
「話の流れ的に、あたしがその香水をつけるんでしょ? 嫌だからね? 彼氏でもない奴の匂い振りまくとか」
彼氏ならいいんだ……。
戸枯先輩は「そもそも」と話を続ける。
「昨日もあんまり屋邊と接触していないあたしの部屋でニャムさんは一晩過ごしてるんだから大丈夫でしょ」
戸枯先輩の論を補強したのは意外にも屋邊先輩だった。
「そうだよ。それにニャムさんは元々ボス猫だからいざとなったら人間なしでも生きていけるよ」
在自高校は山の中だし、狩りの獲物には困らない。さらには在自高校の生徒にねだればエサももらえる。確かにあまり心配する必要はなさそうだ。
屋邊先輩は戸枯先輩を見る。
「ニャムさんが部屋で過ごしたのなら、心許していると思うよ。僕から逃げる時もあるし、構いすぎなければ大丈夫」
「そう。分かった」
短く答えて、戸枯先輩はニャムさんの背中から手をどけた。
その時、いつの間にか檀上に上がっていた仲葉先輩が身を乗り出してきた。
「そろそろ、最終バスの時間ですよ。誰が屋邊君を送っていきますか?」
「え、もうそんな時間なんですか?」
思わずポケットの中のスマホを確認する。時刻は十九時四十分。
「まだあるんじゃ――」
「榎舟君、今は夏休みですよ?」
仲葉先輩にやさしくヒントをもらって納得する。夏休み期間中、在自高校前と題する麓のバス停は夜間に生徒を乗せる必要がないことからバスが来ないのだ。
仲葉先輩が屋邊先輩に問いかける。
「それとも、体育館に泊まっていきますか? 夏休みですから、お目こぼしされると思いますよ?」
「……いや、帰るよ」
屋邊先輩は数瞬の逡巡の後でそう言って立ち上がり、戸枯先輩を見た。
「申し訳ないけど、戸枯さん、送ってもらえるかな?」
「……あたし?」
意外な申し出に目を白黒させた戸枯先輩に、屋邊先輩は困ったような曖昧な笑みを浮かべる。
「最後に話もせずに終わりというのは、お互いに不本意だと思うんだ。どうかな?」
「……ニャムさんも連れて行くけど、いい?」
「もちろん。その話でもあるからね」
屋邊先輩の真摯なまなざしに戸枯先輩は何かを読み取ったらしく、ニャムさんを抱えて立ち上がる。
「いいよ。付き合ってあげる」
二人連れだって体育館を出ていく屋邊先輩と戸枯先輩を見送りながら、俺は七掛を見た。
「急展開すぎてついていけないんだけど、どういうこと?」
「それを説明するのは無粋」
そんなにべもなく言わなくたって。
どうやら、俺には見えていないモノが七掛には見えているらしい。
何を見落としたのかと記憶を振り返っている俺の耳元で、仲葉先輩が囁いた。
「先輩の人生経験、たった一年だなんて舐めちゃダメですよ?」
……どういうこと?
え、マジでどういうこと?
……どういうこと……?
混乱する俺を檀上から仲葉先輩だけでなく、鬼原井先輩、招田先輩までもが見下ろしてくる。
「どうしましょう。後輩って本当に可愛いですねぇ」
仲葉先輩が母性を爆発させ、
「しののん、榎舟っちはベーシストに育てるんだから取っちゃだめだかんね」
鬼原井先輩が師匠風を吹かしつつ独占欲を曝け出し、
「榎舟君の今の気持ちを歌詞にしたいから質問に答えてくれる?」
招田先輩が創作欲に突き動かされる中、
「サクラソウの全員と接していると逆に分かんねぇんだろうな」
「それなりに社交的なのも一因だろ」
「屋邊に追いつかれたのか、追い越されたのか、どっちもか?」
笠鳥先輩たちがにやにやしながら言葉を交わす。
救いを求めて七掛を見れば、七掛は何故だか鬼原井先輩を指さした。
指さされた鬼原井先輩はにんまり笑うと愛用のベースを俺に差し出す。
「さぁ、後輩男子よ、海に行ってこーい!」
――どういうこと?
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