第6話  海だああああ

「ナイトプールってあるじゃん?」


 笠鳥先輩が昼の勉強会の最中、唐突に言い出した。


「ありますねぇ」


 遍在者には縁のない催し物である。いや、在自高校のプールを貸し切れるか。許可が下りるかは未知数だけど。

 でも、ナイトプールの魅力って周囲が暗い中、肌色を出しても違和感がなくて、かつ周囲にライトアップ用の光源があるから肌が白く見えるとか、そういう部分だ。もちろん、夜のプールというある種の非日常感からくる独特の雰囲気も加味されるけどさ。

 学校のプールだとライトアップができないし、ただ真っ暗な水たまりにしかならない。


「真っ暗なプールを囲んで百物語とかしますか?」

「榎舟、なぜそうなる?」


 せっかく提案したのに普通に引かれた。理不尽だ。

 招田先輩がペン回しをしながら会話に入ってくる。


「笠鳥はあれでしょ。女子の水着姿が見たいだけでしょ? 海岸の整備を率先してやってたのも動機が不純だよね」

「男子なら見たいだろ! 女子の水着姿!」

「女子でも見たいぞ! 後輩男子の水着姿!」

「鬼原井先輩、セクハラです」

「なんであたしだけ!?」


 セクハラ被害者が俺だからです。笠鳥先輩はすでに女性陣の冷たい視線を受けている。

 仲葉先輩が麦茶を人数分入れて配りながら、まぁまぁ、と取り成す。


「せっかくの夏休みですし、一度くらいは海で泳ぎたいですね。夕方以降なら日差しもそこまで気にならないですし」


 仲葉先輩の言葉で、俺は思い至る。


「そっか、太陽光線量が二倍なのか」

「そう、結構きついんだよね。日焼け止めも二世界分塗らないとだしさ」

「後輩男子に日焼け止め塗ってもらうシチュかぁ」

「誰か、そこのエロベースを黙らせろ」

「はいはい、夏の暑さで頭が茹っちゃいましたねー」


 戸枯先輩の言葉を受けて、招田先輩が鬼原井先輩の後ろに回って口を押える。


「夕方ならそれまでに課題も終わらせられるし良いかもね」

「暗くなったら危ないので泳げませんけどね」

「何時にする? 明日?」

「いま、気象予報を見たけど明日は昼ににわか雨だってさ」

「雨が降ると海も荒れるしな。いきなりだけど今日にしとく?」

「賛成」

「賛成」

「賛成」

「はい決定。夕飯はどうする?」

「じゃあ、俺が海の家をやるわ。めっちゃきめ細かいかき氷を作ったる」

「んじゃ、焼きそば担当」

「うーん、フランクフルト? 材料あるかな」


 みんな夕方以降の海遊びの予定を立てながらも課題を進める手は止まらない。

 かくいう俺は課題を夏休み突入前に半ば以上終わらせていたため、今はロシア語の勉強中である。やっぱり手は止めない。


「俺は飲み物の準備しときます」

「榎舟、それはいちばん体力使うやつだぞ。まさか、先輩の俺たちを労わって……?」

「ほら、お年寄りは大事にしないとなので」

「お、言ったな、お前。お年寄り向けにちゃんとお茶を用意しておけよ!」

「がってんです」


 クーラーボックスを三つ分は持っていかないといけない上に、近いとはいえ海までの山下りと山登りを三往復だ。かなり体力を使うことは決定である。

 まぁ、夕方の少し気温が下がった頃だし、こちらには秘密兵器もあるから大丈夫だ。真面目に三往復などしてやるものか。

 先ほどから黙っていた七掛が俺の前に問題用紙を出してくる。代わりに、俺が記入を終えた問題用紙を回収し、点数をつけ始めた。


「七掛先生、どうでしょうか?」

「ん。成績は上がっている」


 よし。最近は辞書を引きつつ論文探しもできるようになってきたし、着実に語学力がアップしている。


「その問題を終えたら、イタリア語」

「あ、はい」


 イタリア語はまだまだなんですけど。


「榎舟君は詩乃の水着姿を見たいよね?」


 いきなり鬼原井先輩に豪速球質問を投げつけられ、俺は少し悩んだ。


「見たくないと言えばうそになりますね」

「正直者だなぁ。ちなみに、他に誰の水着が見たい?」


 続けて質問しながら、鬼原井先輩自らを親指で指示してアピールする。


「うーん、鬼原井先輩は似あいそうですよね、着ぐるみとか」

「なんで着ぐるみ!? 露出ゼロじゃん! 間接的に見たくないって言ってるじゃん!」


 机を叩きながら抗議する鬼原井先輩の横で、仲葉先輩がのほほんと麦茶が入ったコップを両手で押さえ、首をかしげる。


「バニーガールは着ぐるみの範疇に入るのかしら?」

「いや、入らな――入る?」

「着る事が出来るぬいぐるみって意味で着ぐるみでしょ? バニーガールはぬいぐるみじゃないから入らないでしょ」


 一瞬突破口を見つけたような顔で着ぐるみの範疇に入れようとした鬼原井先輩に、招田先輩が定義を持ち出して封殺する。

 すると、戸枯先輩が頬杖を突きながら追加の質問を投げかけた。


「今思ったんだけど、着ぐるみを着た人って水に浮くの?」

「浮いたら浮き輪要らないじゃん。便利じゃん」

「鬼原井って泳げたっけ?」

「いいもーん。着ぐるみを着て榎舟君に泳ぎ教えてもらうもーん」

「拗ねてる、拗ねてる。後輩男子、先輩が拗ねてるぞー」

「その人、放っておいた方が立ち直りは早いんですよ」

「放置プレイは好きくないって言っとろーが!」



 各自が諸々の用事を済ませて午後四時ごろ、俺はA校舎から借り受けてきた手押し車にクーラーボックスを積んでいた。


「これが、秘密兵器?」


 クーラーボックスの運搬を手伝うつもりだったらしい七掛が尋ねてくる。


「その通り」


 もともとは梅雨時の長雨で校庭が使えなくなった際、ぬかるみに土を被せたりするのに使う。校庭端の用具入れでお眠りあそばしていたのを叩き起こしたのだ。

 なかなか大型で、クーラーボックス三つを乗せることくらい問題ない。荷崩れしないように荷作り用ビニールひもで固定すれば、海まで半往復で済んでしまう。

 道具は使ってこそだ。

 寮から出てきた鬼原井先輩が俺たちを見つけて感心したような声を出す。


「おぉ、ネコか。考えたにゃー」

「ネコ?」

「ネコでしょ。あれ、言わない?」


 手押し車を指さして珍しく不安そうな顔をした鬼原井先輩が背後を振り返り、屋邊先輩を見つけて呼びかける。


「やっべー、これってネコだよね?」

「にゃあ?」

「ニャムさんは反応しなくていいよ」


 屋邊先輩が抱えていたニャムさんと会話を始める鬼原井先輩に構わず、屋邊先輩は手押し車を眺めて首を横に振った。


「孤輪車だね」

「狐派?」

「いや、孤独の孤だよ。一輪だからね」

「そっちの方が初めて聞くよ。後輩君はこれを何て呼んでる?」

「手押し車」

「七掛ちゃんは?」


 問いかけられた七掛は俺たちの顔を見回した後、おもむろに口を開いた。


「kipp-japaner」

「新名称キタ」

「無理して変わった呼び方をする必要はないぞ?」


 何故か手押し車の呼び名挙げゲームみたいになってる。

 屋邊先輩が納得した様子で頷いた。


「ドイツ語で日本人だね。そういえば、そんな豆知識を聞いた事があったなぁ」

「由来はなんですか?」

「日本人が持ち込んだからとか言われているけど眉唾だね。ドイツではなくお隣のフランスだけど、フランス人画家ジャン・フランソワ・ミレーが手押し車と農夫って絵画を1852年に完成させている。日本の鎖国が解かれたのが1854年だから、当時のフランスにそこまで日本人が多くいたとも思えない。絵画になるくらい手押し車が普及していたと考えると、日本人の影響はあまりないね」

「真相は歴史の闇の中ですか」

「ロマンがあるよね」


 というか、絵画の完成年がスラスラ出てくる屋邊先輩がすごい。


「昔、美術品修復に関する論文で読んで覚えていただけだよ」


 何でもない事のように屋邊先輩はそう言って、ニャムさんを地面に下ろした。


「ビーチパラソルを用意するように言われているから、僕はいったん戻るよ。鬼原井さん、別に逃げたりしないから、追いかけてこなくていいよ」


 困ったように笑った屋邊先輩はそのまま庭の隅にある倉庫へ歩いていく。麻雀卓を収めたあの倉庫だ。

 屋邊先輩が遠ざかると、鬼原井先輩は腕を組んで唸った。


「うーん、バレてるっぽいね」

「みたいですね。ちょっと強引に連れ出しすぎたのかもしれません」


 うざがられているかもしれない。少し、冷却期間を置くべきだろうか。

 とはいえ、今日の海遊びには参加してくれるとみていいだろう。ビーチパラソルも出してくれるようだし。

 明日の事は明日考えよう。それが許されるのが夏休みというものだ。


 手押し車なのかネコなのか孤輪車なのかkipp-japanerなのか、名称ブレブレでも舗装路の上をたいして揺れることなく進んでくれる。

 人数分の飲み物が入っているから十キロ以上あるというのに楽々運べる。文明の利器とは何とも素晴らしい。

 海岸にはすでに水着になった女性陣がいた。遊ぶ前に危険な生物がいないか、浜辺や海中を捜索しているらしい。捜索の目に引っかかったらしいヒトデがポリバケツに入っていた。


「榎舟君、お茶を出してください」


 仲葉先輩が片手を挙げて呼んでくる。

 俺は木陰に三つのクーラーボックスを置き、お茶入りのペットボトルを取り出した。

 仲葉先輩が砂浜を駆けてくる。シンプルな白の三角ビキニが似合っている。ど定番で無地の白だというのに、仲葉先輩自体が魅力的だから自然と目を引いてしまう。本当にスタイル良いな、この人。


「仲葉先輩、ビーチサンダルを履いておかないと、火傷しますよ?」

「そうですねぇ。砂浜がアツアツですよ」


 木陰に入った仲葉先輩がしゃがみこむ。お茶を手渡すと美味しそうに飲み始めた。


「仲葉先輩のビーチサンダルはどこですか? とってきますよ?」

「ありがとうございます。入り口横のクロマツの根元にあるので、凛ちゃんの分も一緒に持ってきてくれますか?」

「はい」


 よろこんで。

 あの青い奴かな。

 クロマツの根元に置いてある二束のサンダルに手を伸ばした時、頭に布が被せられた。

 なんか甘い匂いがする。


「……鬼原井先輩、わざとやってるでしょう?」

「おや、ばれた? 匂い嗅いでいいよ」

「何なら洗ってきますよ、海水で」

「やめて、ごわごわになっちゃう」


 まったく、とため息をつきながら被せられた鬼原井先輩のシャツを取る。

 すぐ目の前に鬼原井先輩がかがんでいた。水着姿だ。やや茶色に近い黒のワンショルダービキニ。すらりと背が高い鬼原井先輩だけあって、なかなか格好いい。


「……鬼原井先輩にはなんで口がついてるんですか?」

「ひどくない?」

「黙っていれば美女なのに……」

「ひと言余計だぞ、後輩男子。それに美女っていうのはああいうのを言うんだよ」


 そう言って鬼原井先輩が指差した先は海。そこにはフリルビキニの小柄な少女、招田先輩がいた。

 凄い、フリルビキニで可愛いのに綺麗。ショートポニーと水着の威力が半端じゃない。

 そんな招田先輩は海中へ無造作に手を突っ込むと、ヒトデを持ち上げた。

 招田先輩は無表情のままヒトデをフリスビーかブーメランのように沖合へ投げ飛ばす。高速回転するヒトデは海面を二度バウンドして、海中に没していった。


「か、かっけぇ」

「うちのボーカルはやば格好いいんだよ」


 我がことのように自慢する鬼原井先輩。

 可愛くて綺麗で格好いいとか最強かよ、あの人。しかもプロ作曲家でボーカリスト兼ギタリストで外国語堪能。無敵じゃん、あの人。

 そういえば、もっと外国語ができる奴の姿をさっきから見てないような。

 浜辺を見回してみたが姿がない。

 とりあえずビーチサンダルを回収して仲葉先輩にお届け。


「どうぞ」

「ありがとうございます。やっぱり、可愛い後輩っていいですねぇ」

「こら、詩乃、後輩君はやらんぞー」

「あらあら、ベースに飽きたら、いつでも来てくださいね」

「明日からでいいで――んぐっ」

「後輩君、今日は徹夜でベースをやりたいか、そうかそうか、お姉さんが付き合ってあげよう」


 当たってる。背中に当たってる。無いわけでなかったんだな、鬼原井先輩。

 口を押えてくる鬼原井先輩の手をどうにか引きはがし、仲葉先輩に質問する。


「七掛がどこに行ったか、知りませんか?」

「さっき、寮へ戻っていきましたよ」

「水着を忘れたのかな?」

「いえ、戸枯さんがいないのが気になったようです」

「あれ、先に来てなかったんですか?」


 女性陣のまとめ役みたいな人だからてっきり先に来ていると思っていた。だから、七掛も不審に思って引き返したのか。

 そんな話をしていると、屋邊先輩や笠鳥先輩たちがやってきた。


「榎舟、こっちの手伝いしてくれー」

「いま行きまーす。飲み物はここにあるので、各自適当にお願いします」

「オッケー」


 笠鳥先輩たちは寮から水着姿できたらしく、上にシャツ一枚を羽織っている程度だった。それでも重い荷物をここまで運んできたせいで汗をかいている。


「先輩たち、ひと泳ぎして体を冷ました方がいいですよ。その状態で火を使ったら熱中症に一直線でしょう?」

「だなぁ。それじゃ、バーベキューグリルとかの準備を任せる。火はまだ入れなくていいから」

「了解です」


 ひゃっほーとか叫びながら海へ走っていく笠鳥先輩たちに鬼原井先輩がビーチボールを投げつけ、遊び始めた。


「――榎舟君は働き者だね」


 横から投げかけられたそんな言葉に振り返れば、ビーチパラソルの設置を終えた屋邊先輩が麦茶を差し出してくれていた。

 礼を言って受け取る。

 屋邊先輩は炭を出しながら、のんびりとした口調で話しだす。


「最近、僕と戸枯さんを一緒にイベントに参加させようとみんなで動いているよね?」

「……気のせいじゃないですかね? みんなで遊びたいってだけですよ」

「隠さなくてもいいんだけれど。まぁ、気を遣わせてしまったのは悪いと思っているよ」

「そんなことないですよ。あ、これから風が強くなるので炭の量は少なめで、適宜追加していきましょう。火力が上がりすぎちゃうので」

「あぁ、そうなんだ。こういうのはあまり経験がなくてね。アドバイス助かるよ」

「いえいえ。それで、話を戻しますけど、この際、聞いておきたいんです。屋邊先輩は別に戸枯先輩が嫌いとかってわけではないんですよね?」


 炭を並べながら、屋邊先輩はしばし考えた末、頷いた。


「嫌っているわけではないね。向こうがどう思っているかはわからないけれど」

「戸枯先輩も屋邊先輩を嫌っているようには見えないですけどね。嫌いなら嫌いってはっきり言う人だと思いますよ。理由も添えて」


 そもそも、戸枯先輩は簡単に人を嫌ったりしない人だとも思う。

 屋邊先輩は炭で汚れた手をタオルで拭いて、木陰を振り返った。木陰でニャムさんが毛繕いしている。


「嫌いではないけど、苦手ではあるかな。痛いところを突かれたから」

「痛いところ、ですか?」

「僕は小学生の頃から二年以上友達付き合いをしたことがないんだ。サクラソウに来るまで、五県くらいかな。転々と引っ越していてね」


 組み立て椅子を二つ組み立てた屋邊先輩が俺に座るよう促してくる。

 少し長い話になるらしい。

 腰を下ろしてかき氷機を出しながら、屋邊先輩の話を聞く。


「連絡を取り合おうなんて言っても、顔を合わせていないかつての友達より、顔を合わせられる今の友達のほうが比重は大きくなっていく。そうして、かつての友達は軽くなり、どこかに飛んでいく」

「確かに、俺もここに来る前の高校の友人との連絡頻度は下がりましたね」


 いずれはゼロになるだろう。それは寂しいことだ。それでも、寂しい程度で済むのは同じ世界に生きているなら会えるから。

 だとすれば、サクラソウのメンバー相手なら。

 俺はちらりと屋邊先輩を見る。屋邊先輩はネリネ会の会員ではない。いつか再会できるかもしれないなんて考えてもいないだろうし、そもそも再会できるかどうかが悩みの本質ではない。

 俺はビーチボールを顔面に受けている笠鳥先輩と、その仇を討とうと燃え上がる玉山先輩を眺めながら、口を開く。ちなみに、肝心のボールはD世界にあるらしく見えていなかったりするのだが、動きでなんとなくわかるもんだな。


「俺、中学時代に友達いないんですよ。自業自得なんですけどね」

「意外だね。コミュ力高いのに」

「多少、遠巻きにされたりもしましたけど、別に苛められていたわけじゃないですよ。趣味に没頭していて、友達とか作っている時間がなかった、時間がもったいないと思っていたんです。だから、完全に自業自得ですね」


 肩をすくめる。


「ただ、その趣味も規模を縮小せざるを得なくなって、ふと中学時代を振り返ったら趣味以外の思い出がなくて、その思い出もなんというか、泥まみれになっちゃって。一人でやっていたから悔しさとかを共有する相手もいないわけで」

「……後悔してるのかい?」

「後悔とは少し違いますね。やっぱり楽しかったのも事実ですから。泥を塗りたくられたって熱中したのは嘘じゃない。ただ、一つが汚れただけで完全に色あせるような時期があるのは嫌だ、と思うようになりました。保険と言ったら身もふたもないですけど、あんなことがあったって互いに話せる相手は作った方がいいというのが、中学時代からの教訓です」


 屋邊先輩は膝の上に頬杖を突いて、考え込むように海を眺める。

 その時、海岸に新たな人影が二つ、現れた。

 戸枯先輩と七掛だ。

 戸枯先輩は意外と引き締まった体をしてる。程よい厚みと曲線で構成されていて足が長い。モデル体型だな。あんな感じの3D人体モデルを見た覚えがある。どこだっけ。前に俺の作った3D背景で連続ドラマ仕立てになっている動画で見たような。

 ともあれ、


「絵になるなぁ。戸枯先輩」

「この流れで、彼女の話題を出すのかぁ」

「あ、すみません」


 この流れで戸枯先輩の話はズルかった。

 故意ではないと分かったのか、屋邊先輩は苦笑気味に手をひらひらと振って気にしないとアピールした。

 意外なことに、戸枯先輩と七掛はまっすぐこちらに歩いてきた。別に七掛が先導しているわけでもない。戸枯先輩が自主的に、だ。

 戸枯先輩は俺たちの傍まで来ると無言で屋邊先輩の肩を叩き、七掛と俺を順に指差した後、ビーチボールをしているブルーローズメンバーと笠鳥先輩、玉山先輩の元へと歩き出した。


「あたしと屋邊も加わるから、B世界ボールも追加。鴨居も参加ね。これで人数対等っしょ」

「ルールどうすんべ?」

「据え置きでいいでしょ。B世界ボールに触れる女子はあたしと鬼原井だけ、男子は全員。D世界ボールに触れる男子は笠鳥と玉山だけ、女子は全員。ほら、対等でしょ? 後は戦略勝負」

「いいじゃん、盛り上がってくるじゃん。ちょっと作戦会議な。屋邊、こっちこい」

「はいはい、今行くよ」


 珍しいな。戸枯先輩が屋邊先輩を巻き込むなんて。

 俺も加わりたいところだけど、俺と七掛が入ると男女チームで頭数は揃うものの、ボールに触れる人数には優劣がついてしまう。大人しく観戦に回るとしよう。


「ん、実況マイク」

「なんでこんなもの用意してんの?」


 七掛に渡されたマイクは当然ながらスピーカーなどにはつながっていない。

 作戦会議中の女性陣から鬼原井先輩が俺を指さした。


「後輩男子、その実況マイクでまずはお隣の七掛ちゃんの水着姿を批評するのだ! その完成度次第では実況大臣の栄誉をやろう!」

「なんですか、そのノリ」


 鬼原井先輩の言葉で笠鳥先輩たちも俺が握るマイクに気付いて囃し立ててくる。口笛とか吹かんでよろしい。


「あぁ、どうする?」


 セクハラにしかならないので、七掛に確認を求めるふりして救援要請。

 しかし、七掛は俺に向き直って無言で批評を促してきた。恥ずかしいならしゃがんで拒絶すればいいものを。


「この無い乳を褒められるものなら、どうぞ」


 なんでそういう注文入れるの?

 俺は実況マイクを左右の手でジャグリングしながら考えをまとめる。


「魅力的かどうかは胸の大小ではなく体全体で決まる。なおかつ、知り合いであるなら性格も加味して人そのものを見るもんだ。七掛と知り合って半年余り、すべてを知っているとうぬぼれる気はさらさらないが、その上で批評させてもらうなら。ポップなオレンジ色のビキニに濃紺のパレオという補色の組み合わせは色白の七掛によく似合っているし、膨張色のオレンジだから胸もあまり気にならない。顔周りを明るくするパステルカラーの髪留めもアクセントになっていて実にいい。七掛は自己評価が低いから気付いていないかもしれないがもともと顔が整っているのもあって、髪留めで顔の印象を明るくすれば多少俯き加減でもむしろ可愛く見える。パレオもセクシー系を狙わず和柄の青海波をやや崩したものにしているからボーダーラインに近い形になってオレンジのビキニの膨張効果に追々していて、細身の七掛の綺麗なボディラインを印象付けさせている。総評、九十七点。とても可愛い!」


 3D製作屋を舐めるな。色効果くらい頭に入っているし、見る者にどう印象付けるかなんて四六時中考えている。応用すればこれくらいいくらでも言えるんだよ。


「ガチだ、きめぇ」

「うっわ……」

「――何で引かれてるんですかねぇ!?」


 話を振ったのは先輩たちじゃん!

 なんだよ、もう。


「あ、七掛ちゃんが逃げた」


 え、そんなに俺キモかった!?

 謝ろうと慌てて振り返った時、七掛の顔がちらりと見えた。


「……追いかけないの?」


 近くまで来た鬼原井先輩に肩をすくめる。


「あんなに嬉しそうに笑われたら、追いかける方が気まずいでしょ。先輩に任せます」

「うれしそうだったの? いつも通りに見えたけど」

「まぁ、口元に表情が出ないので分かりにくいですけど、目は普通に笑いますからね、あいつ」


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