第10話  ネリネ会

 在自山をサクラソウに向かって登り、途中に設置されていた自動販売機でミネラルウォーターを買う。

 片手に水を出して顔や目を洗い、ペットボトルに残った水を飲み干した。

 自動販売機の横のごみ箱に空のペットボトルを入れる。


「どうするかな」


 三依先輩にネリネの造花を託されたはいいものの、すぐに七掛に会いに行く勇気がない。

 俺が悪いのは百も承知なんだけど、三依先輩の見立てが正しいのなら七掛は俺に鎌をかけて反応を見たわけで。

 まぁ、あの反応をしたのは俺が悪いんだけどさ。


「はぁ、言い訳しか出てこないな」


 素直に謝ろうと思いつつ、目が赤い今会いに行くのはプライドが許さなくてサクラソウへ向けていた足を海岸へと移した。

 以前に三依先輩と歩いた道を一人で歩く。月に照らされてはいるものの足元は暗く、自然と慎重な足取りになっていった。懐中電灯があればよかったのだが、三つの世界分だから重いんだよなぁ。


 海岸が近づいてきて傾斜が緩くなっていくのに従い、海からさざ波と一緒に別の音が聞こえてきた。

 ベースの音だ。

 海岸に出ると、砂浜に座り込んでベースを弾いている鬼原井先輩がいた。ベースの音から察していた俺は特に驚くこともなかったのだが、鬼原井先輩は俺の登場に虚を突かれたように手を止めた。


「なんだ、榎舟君か。みよりんを送った帰りかな?」

「御明察ですね。見送りが俺だけなのはちょっと意外でしたけど」

「その辺は空気を読んだんだよ。それに、今のサクラソウ女子でみよりんが見えるのは凛ちゃんだけだから」

「招田先輩ですか。そういえば、仲葉先輩もいないですね」

「詩乃ちゃんは凛ちゃんと一緒だよ。あたしは抜けてきちゃった。それで、榎舟君、海に叫ぶのかな?」


 沖を指さした鬼原井先輩はニヤニヤ笑う。

 別に、俺は世の理不尽を叫びに来たわけでもない。


「そんな遠くにいないで、こっちおいでよ。一人だと寒かったんだ」

「俺は暖房器具じゃないですよ」

「おいで、おいで」

「そんな野良猫相手にするみたいに」


 しつこく呼ばれて、俺は仕方なく鬼原井先輩の横に腰を下ろした。

 水平線は真っ暗な夜の海と星々瞬く華麗な夜空に境界を引いている。

 鬼原井先輩がベースを弾き始めた。


「新曲ですか?」

「そうだよ。完成したばかりだけどね。みよりんに聞かせたかったなぁ。卒寮生が出るたびに言ってる気もするけど」


 スラップ奏法でメロディーを刻みながら、鬼原井先輩は鼻歌を歌う。

 最後まで弾き終えると、鬼原井先輩は俺にベースを押し付けてきた。


「はい、榎舟君の番」

「俺は弾けないですよ」

「お姉さんが丁寧に教えてあげるから。はい、持って」


 無理やりベースを預けられ、見よう見まねで弦を押さえる。


「指が痛いんですけど」

「最初はそんなもんだよ。徐々に慣れていくから今は我慢の時だ」


 いや、本当に痛い。鬼原井先輩よくこんなものを押さえてられるな。

 すでにめげつつある俺の背後に回った鬼原井先輩は弦の押さえ方をレクチャーしてくれる。指の痛みを我慢しつつ弦を押え、音を出していく。今まで触ったこともない初心者未満でもちゃんと鳴るものだな、と感心してしまった。


「ね、楽しいでしょ?」

「まぁ、指が痛いのに目をつむれば」

「強情だなぁ。一曲弾けるようになれば世界が変わるぞ、後輩君」


 次に押さえる弦はここ、指の置き場はこう、と教わりつつ、少しずつ弾いていく。

 時間を潰そうと海岸に出てきたのでありがたいくらいではあるけれど、通しで弾いているわけではないから曲の全貌が見えずにダレてくる。


「この曲、なんですか?」

「さっき聞いたっしょ? 私が弾いていたブルーローズ未発表新曲だよ」


 とんでもないものを練習曲にしてやがった。


「おっと、これを弾けたからと言って、凛ちゃんや詩乃ちゃんとバンドできると思うなよ。あの二人を集めたのは私なんだからな!」

「心配いりませんよ」


 覚えたばかりの序盤を弾いてみるけれど、当たり前ながら鬼原井先輩とは次元が違う。俺、一次元どころか虚無じゃないですかね。スタートラインにも立っていない。


「笠鳥はギターができるし、メイメイはドラムやるんだけど」

「メイメイ?」

「戸枯明、だからメイメイ。某有名アニメ映画のキャラクターがらみで小学生時代にからかわれたとかで、メイちゃんって呼ぶと怒るから注意ね」


 割と蓮っ葉女子な印象の戸枯先輩を思い出す。ドラムができるのは意外だ。

 そういえば、俺の歓迎会でブルーローズがアニソンを演奏した時に足で拍子を刻んでたっけ。


「ギターとドラムがいてもベースがいなくてさ。榎舟君に教えてやろう。引き込んでやろうってわけなんだよ。ベースはいいぞー、音がエロいしな!」

「なんでエロに結び付けるんですか」

「エロくない? 私って声が高めでさ、低音にエロスを感じるわけよ」

「よく分かんないです」


 あまりわかってはいけない類の感覚な気もする。鬼原井先輩も共感は求めていないらしく「そっかぁ」と呟いた。


「でも、私的には榎舟君もありだと思う」

「俺はそんなに声が低い方じゃないですよ」

「ベースを弾きこなす年下の男の子とか、グッとくる!」

「ますます分からないんですけど、俺をベース道に引きずり込むつもりなのはわかりました」

「それが伝われば十分だ。毎週日曜日の夜はここで練習ね。他にも都合が付けばやろうよ」


 そんな一方的な。

 でも、青春らしくはあるのだろう。

 三依先輩の言葉を思い出しながら、ベースを弾く。


「そういえば、曲名とかあるんですか?」

「あるよ。詩乃ちゃんが付けた『都忘れ』ってタイトル」


 花の名前か。歌詞が分からないと何故そのタイトルなのか分からないけれど。

 花言葉から取ったのだとは思うけど、都忘れの花言葉は確か、しばしの別れとか、そんな意味だ。

 ありがちな意味だし、近い花言葉を持つものだと例えば――

 はっとして手を止めた俺を鬼原井先輩が不思議そうに見てくる。


「どうかした?」

「……ちょっと、確認することがあるのでサクラソウに戻ります」

「おっけー。次の練習は明後日だからね」

「はい。ありがとうございました」


 ベースを先輩に返して、サクラソウへの道を足早に進む。

 三依先輩は言っていた。ネリネの造花は卒寮生からの贈り物で、三依先輩と七掛だけが持っていると。

 ネリネの造花を俺が受け取るかどうかを決める資格が卒寮生の三依先輩にはないと。


 ネリネの花言葉は『忍耐・幸せな思い出・また逢う日を楽しみに』だ。

 サクラ荘をサクラソウともじって呼んでいたり、卒寮時に花を贈る風習があったり、サクラソウでは花言葉が重視される傾向がある。

 卒寮生から特定の寮生に贈る造花が特別な意味を持たないなんてあり得るだろうか?

 きっと、あのネリネの造花には何か特別な意味がある。

 B、D世界遍在の七掛や、C、B世界遍在だった三依先輩がA世界の逢魔のことを知っている素振りを見せたのも気になる。


 サクラソウに帰り着いて、俺はまっすぐに三依先輩の部屋に向かった。

 ノックするも、当然ながら返事はない。

 鍵のかかっていない扉を開けると、がらんとした部屋があった。家具の類は今日の内に運び出されたらしい。

 窓辺を見れば、花瓶とネリネの造花が月の光を浴びていた。

 造花が増えている。

 計四本になっているネリネの造花を花瓶から抜き取り、花弁の裏に書かれた名前を確認すれば、案の定、三依先輩の名前があった。

 造花を花瓶に挿し直し、花瓶ごと持って部屋を出る。


 時刻はすでに十時に近い。俺の部屋から場を移した男子パジャマパーティー組が大騒ぎしているし、招田先輩の部屋からギターの音色が聞こえてくる。

 静まり返っている七掛の部屋の前に立つ。扉の上にある曇り窓から明かりが漏れていた。部屋にいるのは間違いないだろう。


「七掛、三依先輩からネリネの花を持っていくように頼まれた。起きてるなら開けてほしい」


 扉の向こうからの返事はない。

 誰かの部屋に行っているのか、それとも明かりをつけて寝ているのか。

 明日あらためて訪ねるしかないかと諦めかけたとき、扉が音もなく開かれた。

 相も変わらず寝不足らしいクマの浮いた目で、七掛が扉を押さえて俺を怖々と見上げてくる。

 まずは最初に謝るべきだろうと、俺はネリネの花瓶を差し出しつつ口を開いた。


「夕方の事は謝る。言い過ぎた。ごめん」

「いえ、あなたの置かれていた状況を考えれば、私の方に非がある。性急にすぎた。ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げてくる七掛に質問したいのを堪える。


「中に入って」


 七掛は扉を開けたまま俺に中に入るよう促した。


「お邪魔します」


 七掛ではC世界に遍在しているネリネの花や花瓶を持つことができないから、俺に運び入れてもらうしかない。

 そう思って、無警戒に部屋へと入った俺の後ろで扉の鍵が閉まる音がした。

 思わず振り返った俺に、七掛は無表情で部屋の奥へ入るよう促してくる。


「内緒の話がある。長くなるから、中に入って。今、お茶を出す」

「……分かった」


 俺からも聞きたいことはあるし、望むところだ。

 七掛の部屋はノートパソコンが一台に自作パソコンが二台置かれていて、木製の棚にプログラム関係の書籍と自作パソコンの指南書などが並んでいた。ガラス戸付きのスチール棚には使っていないらしい自作パソコンが二台収められており、窓辺には三依先輩と同じようにネリネの造花が花瓶に入れられて飾られている。

 三依先輩の部屋から持ってきたネリネの花瓶を窓辺に置いて、部屋の中を改めて見る。

 高校生の部屋とは思えない、パソコン関係に寄った部屋だ。保証書でも入れてあるのか、パソコン部品の箱が一か所にまとめられている。ヘッドフォンやVR機器も揃っているらしい。

 本棚にSF小説と共に学術書も並んでいる。量子力学の本が主なようだ。


 どこかの研究室だといわれた方が納得できる。

 それ以上に気になるのはベッドの枕元にある『逢魔作品集』とかいう分厚い同人誌だ。俺、こんなもの発行した覚えがないぞ。

 逢魔作品集とやらの横に3Dモデリングの基礎などの本が並んでいる。

 この手の分野に興味があるのか。本棚に並んでいる書籍のタイトルも加味すると自作3Dゲームでも作っていたようだけど、それにしたってパソコンが多すぎる。

 不思議な部屋だと思っていると、七掛がティーセットを持ってやってきた。


「紅茶だけど」

「苦手なものとかはないから、お気遣いなく」

「そう。こっちに来て」


 手招かれて、七掛が指差したパソコンの前に座る。

 ティーセットを置いた七掛がパソコンの電源を入れた。

 パソコンが立ち上がるまでの間に紅茶を入れた七掛は、お茶請けのプレーンクッキ―を齧って画面を見つめる。


「そちらの話を聞きたい」


 パソコンが立ち上がってからでないと話せないのか、七掛が水を向けてきた。

 俺は遠慮なくネリネの花を指さす。


「ネリネの花言葉と、造花を送る風習に関連があるのか知りたい。三依先輩にあのネリネの造花を譲ってもらいたいと話したら、今は資格がないと三依先輩に断られた件についても。七掛なら答えられそうだから、聞きに来たんだ」


 七掛はネリネの造花をちらりと見てから、起動したパソコンを操作してネット回線につなぎ、ブックマークから見慣れたブログへと飛んだ。

 俺の、逢魔のブログだ。


「……七掛、これはどうなってるんだ?」


 B、D遍在の七掛はA世界にある逢魔のブログを見ることができないはずだ。それどころか、ブログにアクセスできるのはA世界のパソコンのみで、七掛では観測することも干渉することもできない。

 七掛が操作している以上、いままさに逢魔のブログを表示しているこのパソコンはB世界か、彼女の遍在先であるD世界に存在することになるはずだ。俺の目にも見えている以上、B世界で確定だと思うが。

 七掛が俺に向き直った。


「ネリネの造花はネリネ会の会員の証。縁山先輩もネリネ会の会員だった」

「ネリネ会?」

「サクラソウの卒寮生は二度と会うことができない。その理由は、あなたならもう知っているはず」


 俺の疑問には答えずに話を進める七掛に、俺は相槌を返す。


「一般人に戻れば、もう二度と観測も干渉もできなくなるから、物理的に永遠の別れになる。ようは、住む世界が違うからだ」

「そう。そして、ネリネ会はその永遠の別れを打ち破るために組織されたサクラソウの秘密組織で、ゆくゆくは同窓会の幹事組織に昇格する」


 同窓会――それでネリネの花言葉『また逢う日を楽しみに』というわけか。


「……つまり、一般人に戻ってからも他世界に干渉する方法を模索する組織ってことか?」

「その通り。成功するかもわからないものだから、他の寮生にぬか喜びさせないよう秘密会員制で活動している。縁山先輩が卒寮し、現在の会員は私一人だけ」


 卒寮生になった三依先輩がネリネ会の存在を明るみに出すわけにいかず、ネリネの造花を俺に譲渡する資格も喪失したのか。

 だとすれば、この逢魔のブログを表示しているパソコンは世界の壁を越えている?

 俺が画面を見ていることに気付いた七掛は首を横に振った。


「おそらくあなたの考えていることは外れている」

「他世界のネットワークにアクセスできるパソコンじゃないのか?」

「違う。遍在しているのは逢魔ブログの方」

「……は?」


 俺のブログが他世界に遍在している?

 七掛がパソコンに手を置いた。


「これはB世界に存在するパソコン。自作しているけれど、特別なものではない。問題は、逢魔ブログがA世界とB世界に遍在している、または両世界からのアクセスを受け付けていること」

「どうなってるんだよ、それ」

「分からない。私たちネリネ会は逢魔のブログの存在を知り、ネット上に世界の壁を超える可能性を見出していたけれど、あなたは何も知らないらしいから」


 当たり前だ。俺がブログを運営していたころは平行世界が存在するなんて知りもしない中学生で、その先に何が待っているのかも知らずに毎日3Dを製作して遊んでいたのだから。

 七掛が一度立ち上がってノートパソコンを持ってきた。


「先に、私たちネリネ会の成果を見せる」

「そのノートパソコンか?」

「そう。一般人から遍在者になる際、身に着けていた衣服が遍在するのは知っていると思う」

「あぁ、記念品というわけでもないけど、部屋においてある。……まさか、そのノーパソ――」

「そう、七代目のネリネ会長が持ち込んだ、世界でおそらく唯一の遍在ノートパソコン」


 そんな精密機器でも遍在するのかよ。


「この遍在ノートパソコンはC、D世界に遍在している。だから、C世界の回線に接続することができ、D世界の回線にも接続できる」

「ネット回線を利用できるのか?」

「実証済み」


 C、D世界間での通信は確立しているのか。

 ベッドの枕元にある3D製作の指南書などを見て、予想を七掛にぶつける。


「A、B、C、Dの四世界でリアルタイム通信ができるのなら、ネット上で同窓会ができる。VRを使えばかなり近い雰囲気も出せるだろうしな」

「そう。私たちは、このノートパソコンを得てからネット上での同窓会を開くべく残りの世界へのアクセス方法を探している。そのもっとも重要な手掛かりが逢魔のブログ、だった……」


 当てが外れたってわけだ。

 しかし、俺としてもB世界に俺の作品が公開されていたというのは気になるところだ。ブログに書き込まれている罵詈雑言の中にはB世界の人間の物が混ざっているのだろうか。


「俺のパソコンは七掛にも見えているのか?」

「見えていない。AとBに遍在していて、美術関連の資料を持ち、パソコンに触れられるのを心底嫌がるそぶりを見せたと、鬼原井先輩の話を聞いたから、名前の件もあって鎌を掛けた。謝る」


 鬼原井先輩――初日の夜の一件か。俺と関わる上での注意事項というか、地雷を踏み抜くなという注意喚起だったんだろうけど七掛が悪用した流れか。


「……謝罪はもう受けたよ。しかし、そうなると俺のパソコンがそのノートパソコンみたいに遍在しているわけではないんだな」


 となると、別の要因が絡んでいることになるか。

 俺は心当たりがないかと記憶を探りつつ、七掛の本棚に目を移す。

 量子力学の本を眺めて、ふと思い出した。


「話半分で聞いてほしいんだが」

「なに?」


 ティーカップから紅茶をちびちびと飲んでいた七掛が顔を上げる。

 あまり期待されても困る。


「俺のパソコン、世界に七台しかないんだ」

「オーダーメイド?」

「いや、数量限定生産のジョークグッズなんだよ。量子コンピューター『ES―Dシリーズ』っていうのがあってな。まぁ、量子コンピューターなんて大層なものではないんだけど、安くて購入したわけ。それで、量子のことを興味本位で調べたことがあるんだ」


 あまり深く勉強したわけではない。浅い知識だ。


「量子もつれってのがあるんだよな?」

「ある。簡単に言えば、量子が相互に影響を及ぼす効果のこと」

「それで、量子力学には他世界解釈ってのもあったよな?」

「……何が言いたいの?」


 あぁ、つまり、俺の浅い知識で導き出した推論ともいえない妄想だ。

 盛大に間違ってそうで、話すのはちょっと恥ずかしい。


「俺のパソコンが本当に量子コンピューターで、B世界にある同様の量子コンピューターと量子もつれを起こしていて、相互に通信状態にある、みたいな妄想を――」


 と語ったところで七掛が目を見開いて立ち上がった。


「ちょっ、知識もない門外漢の戯言にそんな怒らなくても!」

「今すぐ、あなたのパソコンを調べる。コントロールパネルから接続機器を確認すれば、もしかするとB世界の量子コンピュターが表示されているかもしれない」


 そうか、その手があった。

 すぐに七掛の部屋を出て自室へ向かう。

 笠鳥先輩たちは部屋の主が留守の内に場を移しており、布団すらも片付けられていた。簡単に掃除までしてくれたらしい。後でお礼を言っておかないと。

 パソコンの前に座り、起動する。そばで七掛が珍しくそわそわした様子で俺の一挙手一投足を見つめていた。

 いつも通り異常な早さで立ち上がったパソコンを操作し、接続機器の一覧を表示させる。マウスやキーボード、プロジェクターや外付けハードディスク――あった。


「見つけた。多分この『ES―D7』ってやつだ」


 というか、俺のこのパソコンがそもそも『ES―D7』だ。おそらく、B世界にもA世界同様、ジョークグッズとして売り出された量子コンピューター『ES―Dシリーズ』が存在する。


「七掛、B世界の『ES―D7』を手に入れられたなら、A、B世界間での通信が可能になる。探すべきだ」

「……ネット広告を出してみる。おそらく、B世界で『ES―D7』を使用している人がいる」


 広告で名乗り出てくれればいいが。

 パソコンの電源を落とし、ため息を吐く。


「なぁ、七掛」

「なに?」


 俺の呼びかけに対する反応は早かった。

 俺が何を言い出すのか、すでに予想しているらしい。


「俺をネリネ会に加えてほしい」


 青春は笑って終わらせるものだろ、と笠鳥先輩は言っていた。

 その通りだと思う。笑って終わらせられる青春にするべきだ。

 だけど、こんな風に唐突に終わりが訪れるのが遍在者の青春なら、仮に笑って終わらせても、本人たちが満足していても、幸せな青春とは呼べない気がする。

 青春は終わっても、思い出を共有する相手との関係が継続するのが幸せなはずだ。唐突な終わりなんて、心の中で笑っていられるはずがない。

 七掛が手を差し出してきた。


「――歓迎する。ようこそ、ネリネ会へ」



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