第3話  初登校

 用意されている制服を着こむ。

 A、B、Cの三世界分の制服を着こむと体が重く感じた。何よりも生地の違和感がすごい。三世界の制服がそれぞれ干渉せずに体にまとわりつくから実際の見た目よりもはるかに密着率が高く感じる。

 腕を回してみたり、腿上げをしてみたりと体を動かせば制服の重量もあって動きにくいのなんのって。

 そのうち慣れるとはいえ、着苦しさが解消されるまでしばらくかかりそうだ。


 昨日、仲葉先輩が持ってきてくれた教科書を鞄に詰めて部屋を出る。

 部屋の前にはすでに身支度を整えた仲葉先輩が立っていた。若い寮母さんみたいな仲葉先輩もちゃんと女子高生だったんだと今更再認識。

 教師枠の可能性をまだ疑っていたんですよ。


「準備ができましたか?」


 のほほんと首をかしげて尋ねてくる仲葉先輩に頷き返して、サクラ荘の玄関へ歩き出す。

 すでに準備を終えた寮生が各自、登校を始めていた。寮生それぞれで通う校舎が違うから、一緒に登校することができないのだろう


「国立在自高等学校はこのサクラソウを中心に四つの校舎で成り立っているのは聞いてますよね?」

「はい。表向きには三つの旧校舎と扱われているだけで、実際には他の世界では新校舎として使用されてるんですよね?」

「そう。私たちが通うのはA世界の校舎です。空から見ると、サクラソウを中心に北東から時計回りで、A、B、C、D世界の校舎になってます。使用する校舎以外、一般生徒は立ち入り禁止で、私たち遍在者だけが特例としてどの校舎にも入れるようになってます」


 寮生同士の交流とかで別校舎に行くこともあるからか。

 納得しつつ、サクラ荘を出てA世界の校舎に向かう。

 この道は裏門へと通じているらしく、利用者はサクラ荘の住人だけらしい。一般生徒は表門から入るため別の道を歩いており、北東の方角から登校中の生徒たちの喧騒がうっすらと聞こえてきた。


「仲葉先輩は二年生ですよね?」

「えぇ、ですから、教室まで一緒に行けません。教職員室までは案内しますよ。他に何かあれば、休み時間にメールをください。先輩として、助けになりますからね」


 そんな包容力に満ち満ちた笑みで言われるとすがりたくなりそう。

 具体的には、近々行われるという期末試験の対策とか。二年生ならいろいろと知ってそうだし。


「あ、そうそう」


 仲葉先輩は何かを思い出したように空を見上げた。北東の空を。


「クラスで友達ができると思います。ですが、サクラソウが何の施設なのかは、私たちが遍在者であることと同様に秘密です。これは、教職員も校長と教頭しか知らない情報ですからね」

「聞かれても秘密にしろってことですね」

「その通りです。国家機密ですからね。それと、注意はもう一つあって……」


 言いにくそうに仲葉先輩は言葉を選んでいたけれど、校舎の裏門が見えてきて諦めたのか単刀直入に切り出した。


「クラスの友達から遊びに誘われても、学校の敷地から出てはいけません」

「……あぁ、そうですね」


 校舎とは違い、麓の町は各世界で分けられてなどいない。俺が遍在者になった当日のように事故に遭う確率が非常に高い。


「でも、厳しいですね。カラオケとかの遊びも無理ってことでしょう?」

「そうです。遍在先のカラオケ店に予約の電話を入れておけば別ですけど、そうでもなければほぼ確実に先客と鉢合わせすることになりますね。なにしろ、今の在自は学生の街といっても過言ではありませんから」


 ちょっと想像する。

 A世界の友達と一緒にカラオケ店へ入店。客室に案内されたらB世界、ないしはC世界の一般人がマイクを片手にこちらをいぶかしそうに見る。

 けれど、他世界を観測できないA世界友人たちはそのままの客室へと入る。

 入り口で戸惑う俺だけが残されて……うわぁ。


「生きにくい世の中ですね」

「遍在者には、生きにくいですね。遊びに誘われても断るしかないので、自然と孤立しやすいんですよ。だから、先輩に頼ってくださいね」


 ぐっと右手を握って小さくガッツポーズで励ましてくれる仲葉先輩かわいい。

 なんか、頑張れる気がしてきた。



 そんなわけで、教職員室で仲葉先輩と別れた俺は遍在者に関する事情を知らない担任教師に連れられて朝のホームルームを始める一年C組の教室にやってきたのだ。

 転校生のお約束、最初の挨拶in三学期期末前である。……この場合、inであっているのか? 早くも英語の試験が心配になってくるぜ。

 というか、すぐにクラス替えがあるのに意味あるのか、これ。


「榎舟相真です。半端な時期ではありますが、仲良くしてくれれば幸いです」

「と、いうわけで、榎舟君は奥の席だ。三学期も残り短いが、移動教室など、榎舟君に教えてやってくれ」


 担任が指示した窓側最後尾に向かう。

 寄せられるのは好奇心交じりの奇異の視線。まぁ、こんな時期に編入してきたらどんな珍獣かと思うだろう。実際、珍獣みたいな遍在者だし。

 在自高校は偏差値も高い進学校だから、前の学校で何かをやらかしたとも考えにくいし、抱えている事情については気になるはずだ。

 案の定、ホームルーム終了と同時にぞろぞろとクラスメイトがやってきた。今だけ人気者気分。


「ねぇねぇ、どこから来たの?」

「理系と文系どっち行く?」

「彼女いる?」


 おぉー、これが世に言う質問攻め。

 立て続けに質問が飛んできたせいで答えあぐねていると、明るい茶色に髪を染めた男子が苦笑気味に割って入った。


「みんな、食いつきすぎ。ピラニアかよ」

「いや、この時期だから、交友を深めようとするとどうしても時間が惜しくてさー」

「気持ちはわかるけど、オレはこういった時の質問のセオリーを心得てるから、任せて」


 クラスのまとめ役っぽい感じか。顔を覚えておこう。

 人垣を超えて俺の机の前に茶髪男子が立つ。すると、俺の前の席の男子が無言で席を譲った。

 これが、人徳……。セールで売り出してくれないかな。転売するのに。


「こほん」


 茶髪男子がわざとらしい咳払いの後、身を乗り出してきた。


「ご趣味は?」

「見合いかよ!」

「ナイス突っ込み。仲良くできそうだ」


 俺と茶髪男子のやり取りでクラスメイト達が自然と笑い始める。


「さっきの質問は冗談として、先に聞きたいんだけど、榎舟君ってサクラ荘の寮生だったりする?」

「そうだけど?」

「あぁ、やっぱりか」


 やっぱり?

 いや、考えてみればこの反応も当然か。

 遍在者はある日突然発症する。仲葉先輩たちだって同じようにある日突然発症してここに転入してきたのだろうから、中途半端な時期に突然転入してくる生徒という条件だけでサクラ荘の寮生と判断するのはおかしなことじゃない。

 さりげなく周囲の生徒をうかがってみるけれど、寮生が嫌われている様子もなさそうで安心する。むしろ、みんな新たに聞くことが増えたとばかりに好奇心を前面に押し出してきていた。


「サクラ荘って先輩に二人寮生がいるんだよね?」

「いや、どこかの高校に通ってる寮生が他にもいるって聞いたぞ」

「というか、寮生の先輩って三人じゃなかったっけ?」


 情報共有を始めるクラスメイトたちは俺に視線を向けた。

 場の空気を察した茶髪男子が身を乗り出す。


「聞きたいんだけど、サクラ荘ってなんなの?」

「何と聞かれても、普通に学生寮だけど?」


 表向きには、という但し書きは当然黙秘だ。

 クラスメイト全員の疑いの目に素知らぬ顔をしていると、茶髪男子が肩をすくめた。


「いろいろ噂があってさ。政府が天才中高生を集めて専門の教育をしている施設とか、あまり表ざたに出来ないやんごとなき家柄の子女を守り育てる場所だとか」

「ずいぶんと尾ひれがついてるな。本当に、ただの学生寮だよ」

「関係者以外に立ち入り禁止の理由は?」


 許可をもらえば関係者以外も入れるけどね。それでも、学生寮としては異質だけどさ。


「俺も昨日、サクラ荘に越してきたばかりで理由は聞いてない」

「マジ?」

「転校初日にクラスメイトへ嘘を吐けるほど器用じゃないって」


 はい、俺、ダウト。

 口止めされているから仕方ないとは言っても、やっぱり心苦しい。

 俺が口を割らない以上は話が進まないから、茶髪君もあきらめムードだ。


「そういえば、もう一つのうわさがあったわ」

「まだあるのか?」


 どんだけ興味を持たれてるんだよ、サクラ荘。


「日本全国の奇人変人を集めて管理する厚生施設って噂。まぁ、いくらなんでも眉唾だけどさ」

「奇人変人……」


 サクラ荘の寮生方、今まで何をしてらっしゃったんですかね?


「二年にサクラ荘の寮生いるじゃん。おっとりした感じの美人のさ」

「仲葉先輩かな?」

「そうそう多分そう」


 どっちだよ。


「あの人、放課後になるとサクラ荘の庭でドラム叩いてるのを目撃されてるんだ。しかも、一人でさ」


 そう言って、茶髪男子が両手の人差し指をドラムスティックに見立てて机を叩く。


「それの何がおかしいんだ? ドラムは一人で叩くもんだろ。二人がかりで演奏する方が驚く」

「ギタリストもベーシストもそばにいない。スマホとかで曲再生しているわけでもない。ただ、一人、BGMもなしに黙々とドラムを正確に叩いているって話だぞ?」


 ……何してるの、仲葉先輩。

 あれで結構なストレスを溜めていたのか。すごく優しいし、文句も言えず、抗議もできず、ストレスを溜めているのかもしれない。


「ただ、めちゃくちゃ上手いらしい。見た目から想像がつかないくらい力強いドラムって話だぜ」

「すごく気になるけど、イヤホンで聞きながら叩いてるだけじゃないか?」

「そうなのかなぁ」


 ポケットにスマホや音楽プレーヤーを入れておけば周りからは見えないだろう。

 納得いかない様子の茶髪男子の隣にいた女子がふと思い出したように口を開く。


「そういえば、“逢魔”がサクラ荘の寮生だって噂があったなぁ」


 女子の言葉にすっと心が冷えた気がした。

 脳裏を罵倒が駆け巡る。

 センスのない中傷を思い出してふつふつと怒りが湧き上がる。

 表に出さないように俺は口を閉ざしたが、何も知らないらしい茶髪男子が女子を見た。


「逢魔ってなに?」

「しらない? 動画サイトとかで有名な3D作品の背景とか作っている人。パクリ騒動で活動休止してるけど、そのパクリ騒動事態がガセって話もあって――いや、思いっきり話それたね」

「へぇ、それがサクラ荘にいるなら高校生か。勉強方面での天才じゃなくて芸術方面の天才を集めてるのかもな。ドラム女子先輩も実はプロだったりするのか? どうよ、榎舟?」

「俺は特に才能があるわけでもないから、その憶測は間違いだろ。というか、俺に対する質問のはずがいつの間にかサクラ荘に関する質問になってるんだけど、みんな俺にはさほど興味がない感じ?」

「いや、そうじゃないって、拗ねるなよー」


 慌てた様子で話を戻してくれた茶髪男子君に感謝する。これ以上サクラ荘の話をされると俺もぽろっと話してしまいそうで怖かったので。

 ちょうどいいので、俺からも質問をぶつけてみる。

 目下最大の関心ごとはやはりこれだ。

 俺は教科書を取り出しつつ、周囲に集まってくれているクラスメイトに頼む。


「試験範囲、教えてくれない?」

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