第174話 海にはやっぱり水着が映える

—1—


 海水浴当日。

 オレは家を出る前に荷物の最終確認をしていた。

 本当に水着とタオルだけで大丈夫なのか?

 背負ったリュックが軽いと不思議と心配になる。

 が、いつまで考えていても仕方が無いのでとりあえず不安な気持ちを残したまま家を出た。


「おはよう神楽坂くん、晴れて良かったね」


 寮の下で待っていた西城と合流する。


「夏本番って感じの暑さだな。そういえば外出許可証の手配助かった」


「うん、どういたしまして。記入するときに申請者の一覧が見れたんだけど、僕たちの他にも学院の外に外出する人が結構いるみたい」


「もしかしたら海で誰かと会うかもな」


「そうだね」


 西城と軽く雑談を交わし、学院の校門前にあるバス停付近までやって来ると明智と千代田が集まっていた。


「あっ、神楽坂くん、西城くん、おはよう!」


 明智がオレたちに気付き、ぶんぶんと手を振る。

 その隣で千代田がペコリと頭を下げた。


「明智さんも千代田さんも夏らしい服装でいいね。似合ってるよ!」


「ありがとっ♪ 2人もオシャレでカッコイイよっ!」


 明智が柔和な笑みを浮かべる。

 西城はサラッとこういうことが言えるから好感度が高いんだろうな。


 明智は夏らしく肩を大胆に露出したキャミソールワンピースだ。柄は白と黒のストライプ。ワンピースの上に薄手の白シャツを羽織っている。


 千代田は白のTシャツに黒のハーフパンツ。Tシャツの上から青いシャツを羽織っているのは明智と同じで紫外線対策だろう。

 もちろんオシャレとしての意味合いもあるんだろうが。

 2人共、足元はサンダルで涼しげだ。


 オレは集団序列戦の帰りの船で夏服をいくつか購入していたのでその中から適当に合わせてきた。


「か、神楽坂くん、服、どうですか?」


 千代田が近寄ってきて小声で聞いてきた。

 オレの反応が気になるのか恥ずかしさを必死に抑えつつ、チラッ、チラッと視線を上げて表情を窺ってくる。


「千代田に似合ってる。可愛いと思うぞ」


「あ、ありがとうございます」


 限界を迎えたのか、耳を赤くした千代田はちょうどやって来たバスに誰よりも早く乗車した。


「千代田さんどうしたのかな?」


「大丈夫だよっ。あれが風花ちゃんの平常運転だから」


「ならいいんだけど。神楽坂くん、僕たちも乗ろっか」


 オレと千代田の小声でのやり取りは西城にまで聞こえていなかったようだが、明智がフォローを入れてくれた。


 海水浴場に行くにはまずバスで駅まで向かい、駅から10分ほど歩く必要がある。

 所要時間は合計で40分程度。

 会話をしていればあっという間だ。


—2—


 海水浴場の最寄りの駅でバスを降り、のんびり歩くこと15分。

 オレたちの目の前には青い海が広がっていた。

 時刻は10時30分過ぎ。

 夏休みということもあって海水浴場は家族連れで賑わっていた。

 まずは海の家に荷物を預けて水着に着替えるとしよう。


「神楽坂くん、明智さんと千代田さんを待つ間にパラソルをレンタルしておこっか」


「そうだな。ここで待ってても時間がもったいないしな」


 男子は女子に比べて着替えが早い。

 脱ぐだけだからな。

 それにしても西城の段取りの良さには頭が上がらないな。

 視野が広いし、動きに無駄がない。


「神楽坂くんは海はいつ以来?」


「母親の話だと物心がつく前に1度だけ家族で海に行ったことがあるらしいんだがオレは全く覚えてなくてな。だから海がこんなにも綺麗なんだなと感動してる」


「そっか。僕は小学生以来かな。中学時代は色々とあったからね。海を見てるとなんだか心が軽くなった気になるよ」


 レンタル料を支払い、パラソルを受け取った西城が海を見渡す。

 悩み事を抱えたら理由も無く海を眺めに足を伸ばす人がいるみたいだが、なんとなく理由が分かる気がする。

 波の音を聞いていると心が穏やかになる。


「2人共、お待たせっ!」


 西城と穏やかな雰囲気で海を眺めていると明智が駆け寄ってきた。

 明智は白のフリルが付いている可愛らしい水着だった。

 小走りでこちらに向かってくるので二つの大きな丘が上下に揺れている。

 本人は当然無意識でやっているのだろうが思春期の男子高校生には破壊力抜群だ。

 これは直視していいものなのだろうか。


「お、お待たせしました……」


 やや遅れて千代田が到着。

 明智に置いて行かれ、ゼーハーと呼吸を整えている。

 その胸元には普段見ることのできない深い谷間が。呼吸に合わせて収縮を繰り返している。

 黄緑色の水着で明智と比べてフリルが無い分、肌の露出が多い。

 ウエストが引き締まっていて脚が長いからモデルと言われても違和感がない。


「神楽坂くん、そんなにじっと見てたら風花ちゃんが恥ずかしいと思うよっ」


 明智がからかうようにオレの肩を押してきた。

 普段ならここまで感情が揺さぶられることも無かったが、いつもとシチュエーションが異なるため、何というかただただ可愛い、綺麗という言葉しか出てこない。

 そう思っているのはどうやらオレだけではないらしく、明智も千代田もこの海水浴場で群を抜いて目立っていた。

 他の利用客も通りすがりに2人に目を奪われていた。


「全員揃ったことだし、パラソルで場所取りをしてから海に入ろっか」


「私ビーチボール持ってきたよっ」


「いいね。バレーボールもしようか」


 西城と明智を前にして、オレと千代田が並んで歩く。

 側から見れば2人はお似合いに見えるが、西城は中学時代の先輩に想いを寄せているからな。

 今まで彼女を作っていないとなると今後も作る気はなさそうだ。


「千代田、どうかしたか?」


「えっと、男の子と海に来るのが初めてで。明智さんに相談して思い切って水着も買ってみたんですけどやっぱり恥ずかしいなって」


 そう言って、千代田が自分の水着姿に目を落とす。


「オレも女の子と海に来るのは初めてだ。西城に誘われたとき、千代田と明智もいるって聞いて嬉しかった。ありがとう。それと——」


 次に繋がる言葉を吐き出そうとして躊躇いが生まれた。

 やっぱりオレは西城のようにすんなりとはいかないらしい。

 しかし、千代田も恥ずかしさを我慢してオレに話し掛けたはずだ。

 その勇気を無駄にしてはならない。


「水着、似合ってると思うぞ。だから恥ずかしがらなくても大丈夫だ」


「……ありがとうございます。その、神楽坂くんもカッコいいです」


 千代田の頬が赤くなっていくのを見て、オレも顔が熱くなった。

 暑い日差しのせいなのか、はたまた別の何かのせいなのか。


 人生において恋愛というものを経験したことが無いため、この感情に若干の戸惑いを覚えつつも悪くはないと感じた瞬間だった。

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