第176話 豪華すぎる対人戦

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「これはまた豪華な面子だな」


 訓練ルームに入ってくるなり、千炎寺は嬉しさのあまり白い歯を見せる。


「本当にこの中に僕が混ざってもいいのかな?」


 それとは対照的に後から入ってきた西城は訓練ルームに集まった精鋭を目の当たりにして、自分が場違いではないかと不安をこぼした。


「神楽坂くん、これで全員揃った?」


 部屋の隅で魔剣・紅翼剣フェニックスを振り、ウォーミングアップをしていた火野が魔剣を鞘に収める。


「ああ、みんな今日は集まってくれてありがとう。メッセージでも伝えた通り、文化祭の後に控えている他校対抗新人戦に向けて対人戦の経験を積んでおきたくて声を掛けさせてもらった」


「新人戦って各校序列7位までが学院の代表として戦うんだろ? そんな熱い祭典があるなら早いところ下剋上システムを仕掛けてランキングを入れ替えないとな」


 そう意気込む千炎寺の現在の序列は8位。

 7位以内を目指すにはオレを含む序列7位以内の生徒を倒すか、先輩を倒すかのどちらかだ。


「そういうことなら今日仕掛けて頂いても構いませんよ」


「いや、それはやめておく。今日は経験を積むことが目的だからな」


 暗空がやや挑発気味に微笑んだが、千炎寺は首を横に振った。

 あくまでも今日は特訓がメインらしい。


「対戦相手はオレが考えてきた。まず、氷堂と火野。暗空と千炎寺。オレと西城だ。隣の部屋も借りてるから2試合同時に進められる。余った1組と浅香は審判を頼む」


「うん、分かった!」


 火野の付き添いとして参加した浅香にはサポート役として動いてもらう。


「オレと西城が審判をするから準備ができたら声を掛けてくれ」


 暗空と千炎寺は別室へ。審判は西城に任せた。

 オレは氷堂にアドバイスを送る関係上この部屋で待機だ。

 火野が対戦相手だから浅香にも残ってもらう。


「神楽坂くん、よくこれだけの人を集められたわね」


 氷堂が「どんな手品を使ったの?」と眉を寄せる。


「それだけみんな上昇志向が高いってことだろ。まあ、暗空は生徒会の連絡が来たから試しに誘ってみたら意外にもオッケーだった」


 半分断られると思っていたからラッキーだった。


「理由はどうであれ強くなりたいのはみんな同じか」


 氷堂は対戦相手の火野に目をやり、そんな風に呟いた。

 火野が魔剣を振るう姿を見るのは久し振りだ。

 集団序列戦では千炎寺の父・正嗣と剣を交えていたようだが、その後一体どれだけ腕を磨いているのか。

 素振りからも剣筋が一層鋭くなっていることがわかる。


「準備はいいか?」


「問題無い」


「いつでも大丈夫よ」


 火野と氷堂が初期位置まで足を進めて静止する。

 火の魔剣と氷の異能力。正反対の力が衝突する。


「バトルスタート!」


 初手で氷狼騎士フェンリル・ナイトを発動させた氷堂。

 強烈な冷気を放ち、盤面を有利な形へと作り変えていく。

 対する火野は魔剣・紅翼剣フェニックスを横に薙ぎ、炎の波を飛ばして冷気を打ち消した。


 フィールドの半分を氷で覆い尽くした氷堂は氷剣を生成し、火野に飛び掛かる。


「ふっ……」


 火野が短く息を吐いた。

 ギリギリまで氷堂を引き付け、半歩だけ後ろに下がり紅翼剣フェニックスを斜めに斬り上げる。


 紅翼剣フェニックスはあらゆる物体を焼き斬るという能力を持っている。

 しかし、ソロ序列戦では千炎寺の刀・緋炎、岩渕の異能力によって硬化されたコンクリートの塊を焼き斬ることができなかった。


 それがどうだろう。

 今この瞬間、氷狼騎士フェンリル・ナイトで強化された氷剣を真っ二つにへし折った。

 折れた氷剣が宙を舞い、氷の結晶となって霧散する。


「クッ!」


 氷剣が折れたとはいえ、武器を失ったわけではない。

 氷堂は氷剣が折れたことなど意にも介さず剣先を火野に向け、高速で振るう。


氷華連牙アイスファング!」


火焔流爪フレイム・クロウ


 回転した勢いを利用して連続で剣を振る氷堂。

 火野は勢いに逆らわず氷堂の連撃を左右に流した。


「驚いたな。まるで別人だな」


 火野の立ち回りは氷狼騎士フェンリル・ナイトで大幅に身体能力を強化している氷堂に対しても全く引けを取っていない。


「実はいのりんは集団序列戦の後から千炎寺先生の個人レッスンを受けてるんだよ」


 優しく火野を見守っていた浅香がオレの疑問に答えた。


「そうだったのか」


 正嗣から戦闘技術を教わっていると知り、腑に落ちた。

 常識的に考えて小柄な火野が氷狼騎士フェンリル・ナイト発動中の氷堂の連撃を捌くのは至難。

 火野の技術と魔剣の能力が合わされば不可能では無いだろうが、ここまで火野が優勢に傾くとは思えない。


 だが、オレと浅香の目の前では明らかに火野が氷堂を押している。

 なぜか。


 正嗣は居合いを得意としている。

 相手を自分の攻撃有効範囲に誘い込み、一気に斬り伏せる。

 居合いに重要なのは敵との間合いだ。

 間合いを見誤れば致命傷になりかねない。


 正嗣が火野に教えたのは恐らく『敵との間合いの取り方』だろう。

 剣や刀など近接戦闘に特化した武器の使用者は間合いが命とも言える。

 より重い一撃を与えるには相手に近づかなくてはならないし、受ける威力を軽減させるには距離を取らなくてはならない。


 理屈では分かっていても激しく攻防が入れ替わるバトル中に意図して距離の足し引きを行っている1学年の生徒はそうそういない。


 普通は自身の異能力の最大技をいかにして相手にぶつけるかという点に意識を割くからな。


 火野は半歩単位で細かくステップを混ぜながら確実に氷堂にダメージを蓄積させている。

 氷堂も決して押され続けている訳ではない。

 火野の攻撃と攻撃の繋ぎ目などの僅かな隙を狙って鋭い一撃を入れている。

 が、剣術に関しては火野の方が一枚上手のようだ。


「新技使っちゃうよ」


 勝負を決めるとばかりに火野が後方にバックステップを踏み、紅翼剣フェニックスを正眼に構えた。

 紅翼剣フェニックスの剣身に刻まれた2本の縦のラインが赤く輝きを放つ。


「羽ばたけ獄炎の翼。降り注げ灼熱の雨——」


 火野の遥か頭上に不死鳥フェニックスが顕現し、巨大な翼を広げる。

 轟々と燃え盛る両翼から灼熱の羽の雨が降り注ぐ。


紅翼の灼熱雨フェザー・ヘルフレイム!」


 再生成した氷剣を片手に不死鳥に視線を合わせる氷堂。

 無数の火の礫から逃れる術はない。


氷盾アイスシールド傘型広範囲展開エクステンシブ


 頭上に巨大な氷の傘が花開き、火の礫を払い除ける。

 盾系の技は範囲を広げる程、強度が脆くなることが欠点だが、氷狼騎士フェンリル・ナイト発動中で欠点を上手くカバーしている。


 とはいえ、氷と炎では相性が悪い。

 絶え間なく降り注ぐ炎羽が盾を貫通。

 氷剣で炎羽を斬り払おうとするも十数手目で衝撃に耐え切れなくなり大破。

 身を纏う鎧も被弾箇所から溶けてしまう。


「そこまで。勝者、火野いのり」


 氷堂の左胸の校章が砕け、勝敗が決する。

 その後に行われた暗空、千炎寺戦でも氷堂は敗北を重ねた。

 敗北は成長する上で1番の起爆剤となる。

 自身の戦闘を振り返り、分析と修正ができる氷堂ならこの経験もきっと糧になるはずだ。

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