第177話 地道な努力が実を結ぶまで

—1—


「はぁっ!」


 顔の横を西城の拳が通過する。

 一通り対人戦が終わって自由時間となった今、オレは西城の特訓に付き合っていた。


「まだまだ!」


 西城はすぐに切り返し、上半身に的を絞って攻めてくる。

 拳と蹴りを混ぜてオレの体勢を崩そうとしてくるが、まだまだ粗が目立つ。


「西城、相手を殴るときは身体の中心に当てることを意識しろ」


「うん、分かったよ」


 頷き、アドバイス通り腹目掛けて拳を突き出す。

 オレはそれに対して、西城と同等の出力で拳を振るった。

 拳と拳とが衝突し、骨の軋む鈍い音が響く。


 オレと西城はお互いに異能力を発動していない。

 西城の『鼓舞』の異能力は対象を想う気持ちが強ければ強いほど対象者の異能力を強化することができる。

 集団序列戦ではその対象を自分に向けることで超人的なパワーを手に入れ、糸巻と敷島と渡り合った。


 『鼓舞』の異能力を使いこなせるようになれば力技で大抵の敵を薙ぎ倒すことができるだろう。

 しかし、相手のレベルが上がればそうもいかない。

 感情を拳に乗せて力任せに振るうだけのスタイルでは確実に通用しなくなる。

 序列7位入りを本気で目指すなら体術の基礎を身体に染み込ませ、自分の頭で考えて動けるようになる必要がある。

 もちろん、それだけでは足りないのだが。


 目標にすべきは己の肉体のみで学院の序列2位まで上り詰めた橋場先輩だ。


「なっ……!」


 右の蹴りを脇腹で受け止め、腕でしっかりロックさせてから西城を後方に押し込む。

 片足で器用にバランスを取りながら後退する西城だったが、オレが内側から足を払って地面に押し倒した。


「今日はこのくらいにするか」


「そうだね。神楽坂くん、ありがとう」


 対人戦で体力を消耗した後にこれだけ自主練習をすれば十分だろう。

 1日に詰め込みすぎても体を壊す原因になってしまう。


「氷堂もそろそろ終わりにしたらどうだ?」


 壁に向かって冷気を放ち続けていた氷堂にも声を掛ける。


「私はあともう少しだけ続けるわ」


 異能力を強化するにはいくつか方法があるがその1つが異能力の発動持続時間を伸ばすことだ。

 異能力は体力と同じで永遠と使い続けられるわけではない。

 大技を連発すればガス欠を起こすし、身体強化や肉体強化、獣化の異能力であれば常時異能力を発動している状態なのでオーラが尽きれば異能力も強制的に解除されてしまう。


 また、体力に個人差があるように異能力のオーラの総量にも個人差がある。

 しかし、これは氷堂が実践しているように鍛錬を積むことによって強化することができる。

 運動や筋トレをして基礎体力を増やすように異能力を連続で発動し続ければオーラの総量が増えていく。


 有名な学者の研究論文では生命が脅かされる極限状態がオーラの総量を爆発的に増加させると記されていた。

 この論文が事実かどうかはさておき、戦場でもない限り極限状態を意図的に作り出すことは不可能だ。


 極限状態ほど効果は望めないが緊張状態でもそれなりに効果は見込める。

 そういった意味でも序列戦や下剋上システムで生まれる緊張状態は生徒が飛躍的に成長するきっかけになっていると言えるだろう。


「神楽坂くん、もうそろそろ生徒会会議が始まります」


「そうだな」


 暗空の背中を追って訓練ルームを後にする。

 去り際に1度振り返り室内を見渡すと氷堂の目の前に巨大な氷山ができていた。


—2—


「暗空、対人戦でボロボロにされたって千炎寺が悔しがってたぞ」


「そうですか。炎を身に纏う新技に驚きはしましたが私も影を纏えるので」


 「とりあえず手数の多さで押し通しました」と暗空が淡々と話す。

 入学時に特待生として注目されていた暗空、氷堂、千炎寺。その3人が揃って異能力を自身の身に纏う『武装化』を習得したらしい。

 身近に強者がいる学院のこの環境が生徒の成長速度を高めているのだろう。


「失礼します」


 生徒会室に入り、自分の席に腰を下ろす。

 どうやら馬場会長はまだ来ていないようだ。


「馬場会長が文化祭の事前打ち合わせで聖帝虹学園に訪問中のため、今日の会議は私が進行したいと思います」


 滝壺先輩が会長席の前に立ち、手前に座る榊原先輩に資料を配布した。

 学校行事で他校に出張とは生徒会長も大変だ。

 榊原先輩から資料が横に回されてオレの下まで行き届く。


「まず文化祭の出し物の進捗状況ですが8月7日現在で24の申請がありました。その中で飲食店にいくつか被りが出ているため、各出展希望者の代表者を集めて抽選を行う必要があります。来週末まで募集を受け付け、週明けの17日に抽選を行う予定です」


 飲食店が被るのは想定範囲内だ。

 出店の申請受付開始から1週間近くで24の応募となるとここからさらに出店希望者が増えそうだな。

 滝壺先輩が作成した資料に出店希望者名と出し物の一覧が綺麗にまとめられている。


「質問が無ければ次に行きます。聖帝虹学園と私立鳳凰学院と我が校の3校合同会議の日程が決定しました。来週の土曜日15日にここ生徒会室で行います。会議と言っても生徒会の顔合わせのようなものなので特に身構える必要はありません」


 「とは言ってもねー」と天童先輩が唇を尖らせる。


「反異能力者ギルドがいるかもしれない」


 若干怒気を含みながら榊原先輩もそう漏らす。


「天童さんと榊原くんが不安に思う気持ちは分かります。そういった面を考慮して馬場会長が直々にそれぞれの高校に足を運ばれています」


 裏で何が行われているのかまでは分からないが馬場会長のことだ。きっとリスク回避に全力を尽くしているに違いない。


 今日の会議の大きな議題はこの2点で、残りは抽選方法の詳細についてと体育館ステージの大まかなタイムスケジュールが説明された。

 開催までまだ1ヶ月以上猶予はあるが詳細が決まっていくにつれて、文化祭までの日数が近づいていると実感する。

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