第165話 蠱毒で孤独
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自室でかき氷を堪能していると暗空から着信が入った。
どうやら電話越しではなく、直接会って話がしたいらしい。
この1週間オレが情報収集している間、暗空も独自に調査を行っていた。今回はその報告といったところだろう。
人目に付かない場所という条件付きだったため、手っ取り早くオレか暗空どちらかの家を提案するもすぐに却下された。
代案としてショッピングモール内のカラオケを提案するもこれも却下。
これ以上提案しても暗空が首を縦に振る未来が見えない。そう判断したオレは暗空に任せることにした。
「それでなんでカラオケがダメで非常階段なんだ?」
「外の景色を見ながら話したい気分だったんです」
寮で生活する生徒は移動の際にエレベーターを使用する。
1つ上の階に移動するだけなら階段を利用した方が短時間で済むが、気温の高いこの時期に自ら無駄な汗を流す者は少ない。
テスト期間で部活が活動停止になっているから人通りを心配したが案外穴場だったみたいだ。
「4階だから絶景ってほどでもないけどな」
「何気ない景色でも誰と見るかで思い出に残ったりするものですよ」
「そういうものなのか」
暗空が階段の手すりに手をついて遠くを見つめる。
オレはその様子を後ろから眺めていた。
「
「オレも知ってる人か?」
個人名を伏せられてしまってはそう聞き返すしかない。
「はい、よくご存知だと思います。事後報告になってしまいましたが実はこの場に呼んでいます。私1人では不安だったので神楽坂くんにも同席してもらうことにしました」
なるほど。ボディーガードの意味合いも兼ねているということか。
「別に構わないが暗空がそう言うってことはトラブルになりそうな相手なのか?」
「彼が何を考えているのか私には分かりません。ですがその可能性は十分あるかと」
暗空でも対応に困る相手となると同学年では限られる。
先輩の可能性も視野に入れた方が良さそうだ。
などと考えていると下の階から糸巻が姿を現した。
「こんな暑い日にわざわざ外で話す必要があったのか?」
「室内だと何かあったときに困りますから。それにもう日も傾いてきましたよ」
糸巻のボヤキを暗空が綺麗に流す。
呼び出した相手が糸巻と判明して外を選んだ暗空の意図を理解することができた。
室内だと糸巻の異能力・糸によって絡め取られてしまう危険性がある。
それに比べて屋外であればまだ逃げ場は多い。
「施設関連の話をしようと思ったんだが、神楽坂がいるならちょうどいい」
糸巻と目が合う。
暗空と糸巻には児童養護施設出身という共通点がある。
施設についてオレに心当たりは無いが糸巻の口振りからしてオレも関係しているようだ。
「オレも糸巻には聞きたいことがある」
「まあそう急ぐな。順序立てて話さないと中身が拗れるだけだ」
つい数週間前、命を懸けて戦った相手が目の前にいる。
まさか落ち着いて話をする機会がやってくるとは思ってもいなかった。
「俺は暗空とは別の児童養護施設・ロストチルドレンの出身だ。施設に来る子供は親に捨てられたり、虐待されてたり、金で売られたり、騙されたり、罪を擦りつけられたり、暗い経験をしてきた奴ばっかりだった」
児童養護施設はそういった子供達の受け皿の役割を果たしている。
「施設長が作る飯は美味かったし、学校に通う一般人とも学力の差が生まれないように読み書きと計算も教えてくれた」
「良い人だったんだな」
「いや、最悪だった。俺たちは実験に利用されていたんだ。毎月15日に打たれる謎の注射。病気にならないようにと説明されていたが異能力のエネルギーを強制的に増幅させる効果があることを後で知った。その副作用で何人も死んだ」
人体実験。
禁止されているはずだが、危険思想を持った人間はいつの時代にも存在する。
「日常的に異能力の変化が観察され、将来有望と判断された子供は卒業という形で施設を去った。だが卒業した子供は研究者の下で更なる実験を受けていた」
「私たちの施設も似たようなものでした。とても子供が生きていくような環境ではありませんでした」
オレが知らない世界。
この世界の闇の部分を2人は見てきたのだろう。
「どこから連れて来てるのかは知らないが子供が減ったらすぐに補充された。そうやって何年かが経ち、施設長から最終試験があると通達された。お前ら
「昔、本で読んだことがある」
確か呪術の一種だった気がする。
ヘビ、ムカデ、カエルなどの複数の虫を器の中に入れ、共食いをさせて最後まで勝ち残ったものが神霊となる。
人がこの毒に当たるとほとんどの確率で死んでしまう。
「私も聞いたことはあります」
「施設長から言い渡された試験の内容が蠱毒だった。家族同然で過ごしてきた仲間で殺し合いをして最後の1人になるまで自由になることは叶わない。逆らったら真っ先に処分されるから逆らうこともできない」
オレも暗空も何も言えなかった。
こんな悲惨な出来事が現実で起きていると信じたくはなかった。
だが、淡々と語る糸巻の表情から察するに嘘をついているようには思えない。
蠱毒を経験して今も糸巻は生きている。
つまりはそういうことなのだろう。
「その施設の話とオレはどう関係してるんだ?」
根本的な話に戻る。
糸巻もただ自身の昔話をしている訳ではないだろう。
「お前の妹、
「夏蓮が……それは間違いないのか?」
「間違いない。夏蓮は訳も分からず家から連れて来られたと言っていた」
5年越しに掴んだ夏蓮に関する情報。
夏蓮は児童養護施設に連れ去られていた。
しかし、児童養護施設ロストチルドレンの子供は糸巻しか生き残っていない。
あるいは施設の卒業者であれば生存の可能性があるのか。
「それで夏蓮はどうなったんだ?」
「夏蓮は蠱毒の前に施設を卒業したが研究所で殺された。俺もこの目で夏蓮の最後を見ている」
金槌で頭部を殴られたかのような衝撃が走る。
夏蓮が死んだ?
急にそんなことを言われてもオレは自分の目で確かめないと信じられない。
「夏蓮は誰に殺されたんだ?」
「漆黒の剣と黄金の剣を持った銀髪の男だ」
「天魔咲夜……」
暗空がポツリと漏らした。
何の偶然なのかここにきて協力関係にあるオレ、暗空、明智の目的が一致した。
真実は分からないが全てを明らかにするには天魔咲夜と接触することは必須。
学院が関係しているのであればきっと学院に姿を現すときが来るはずだ。
目標が定まればそこに至るまでの道のりも明確になる。
「神楽坂、お前の妹は死んだんだ。だからもう学院に残る理由も無いだろ」
「オレは自分が納得しないまま学院から手を引くことは無い。それにオレの妹ならそう簡単に死ぬはずがない」
当時の戦闘技術はオレよりも夏蓮の方が優れていた。
夏蓮の異能力は異質だ。
どんなに強大な敵であっても夏蓮であれば攻略してしまうだろう。
「真実を伝えれば学院から立ち去ると思ったんだが意思は固いみたいだな。それなら力技でねじ伏せるしかない。が、それは今じゃない」
糸巻が戦闘態勢を一瞬で解くと階段を下りていった。
今後糸巻が壁となって立ち塞がることは確定したが無人島のように薙ぎ払うだけだ。
今は暗空と2人で新しい情報を整理するとしよう。
【◯知らぬ幸せ、知る不幸】END
NEXT→【○夏の夜に誘われて】
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