第118話 極秘プロジェクト
—1—
千代田から戦闘に手を出さないで欲しいという趣旨のメッセージを受け取ったオレは木の影に身を隠し、その結末を見届けていた。
途中で割って入ることもできたが、千代田が自分で選んだことだ。
友人として千代田の決断を尊重することにした。
「なるほど。神楽坂くんの信頼できる人というのは千代田さんでしたか。彼女、残念でしたね」
「随分、ぬるっと出てくるんだな」
木の影の中から姿を現した暗空。
今の口振りからしてどこかで明智と千代田の戦闘を見ていたようだ。
暗空には豪華客船内で明智のことを伝えていたが、千代田との戦闘を見ていたということはそれが確信に変わったはずだ。
「えっと暗空さん、それに神楽坂くんも」
声のボリュームを抑えていたつもりだったが、戦闘で研ぎ澄まされた明智の聴覚に拾われてしまった。
「どうして2人が一緒にいるのかな? 確か序列10以内同士だとグループを組めないはずだよね? おかしいな」
この場に偶然オレたちが居合わせたなんて言い訳は通じない。
明智はオレと暗空、そして千代田が裏で繋がっていることを理解して芝居がかったように首を傾げた。
「衝撃音が聞こえたので様子を見に来ただけですよ」
暗空は瞬時にそれっぽい理由を考えるのが上手いな。
「神楽坂くんも?」
「まあそんなところだ」
「そっか。あれだけ派手に戦ってたら様子を見に来るのはわかるよ。でも、2人は出会っても戦う素振り一つ見せなかったよね。無人島サバイバルでそれは不自然だよ」
暗空玲於奈という標的を目の前にして明智の目の色が変わる。
「神楽坂くんも酷いよ。何かあったら助けてくれるって約束したじゃん。暗空さんの味方につくんだ」
明智がゆっくりと歩き出し、こちらとの距離を詰めてくる。
手には光剣。
あまり近づかれるのは危険だ。
「善処するとは言ったが約束はしていない」
「嘘つき」
最早偽ることを放棄したのか声のトーンを最大限落としてそう吐き捨てた。
明智の背後は戦闘の激しさで木々が薙ぎ倒されていて視界が開けている。
暗空と協力して開けた場所で明智を倒すか。それとも後方の森に誘い込んで奇襲を掛けるか。
どちらにせよ明智の口から真実を聞き出さない限り根本の問題は解決しない、か。
「明智が暗空に対して何らかの恨みを持っていることは知っている。もし仮に生命に関わるような危険行為を起こそうとしているのなら生徒会の一員としてオレはそれを阻止しなくてはならない。学院から殺人犯を出す訳にはいかないからな」
「殺人犯なら神楽坂くんの隣にいるよ」
「どういう意味?」
眉を寄せて暗空が聞き返す。
「とぼけないで。私の両親を殺したくせに」
「明智さんの両親を? ごめんなさい。記憶にないわ」
「記憶に無いで許されるなら警察もヒーローギルドもいらないんだよ!
光剣を持っていない方の手で5つの光球を放つ明智。
目標に接触するまで永遠と追跡する光球。
開けた場所では戦いにくい。
「暗空」
「わかりました」
オレと暗空は明智に背を向けて走り出した。
追ってくる光球は木を利用して回避する。
暗空は影から作り出した刀・月影で光球を斬り伏せる。
「いつまでも逃げられると思うなよ!!」
明智の魂の叫びと共に倍の数の光球が放たれた。
—2—
森の中を駆ける2人を全力で追う。
飲み物を飲んでいる暇なんて無いから喉はカラカラ。
粘り気のある唾液が喉の奥にまとわり付いて不快感を覚える。
暗空さんと神楽坂くんが目配せしている姿を見て察した。私の本当の顔を知っていると。
恐らく風花ちゃんが喋ったんだろう。
だから他人は信用できない。
そんな初歩的なこと、散々学んできたはずなのに。
両親が殺されてから祖父母の家に引き取られた私は以前のような贅沢な暮らしから一変。質素な暮らしとなった。
自由に使えるお金も無くなり、それこそ同級生と何ら変わらない普通の生活になった。
お金持ちの私がお金持ちではなくなった。
メディアで両親の死について報道されていたから同級生の間にもあっという間に広がった。
初めは同情する声を掛けてくれた人もいたけど、基本的に重い話を好む人間はいない。
時間の経過と共にみんなの興味も私から他の何かに移っていった。
私だけがあの日、あの光景から取り残された。
私が事あるごとに奢っていたグループからは声を掛けられなくなり、クラスメイトからもほとんど声を掛けられなくなった。
お金で築き上げたモノは脆い。
私にお金が無いとわかると用済みとばかりに冷たい視線を向けてくる。
「前々から鼻についてた」「親の力を使っていただけ」「顔は良いけど心の中では絶対私たちのことを見下してたよね」「バチが当たったんだよ」「いい気味」
そんな声まで聞こえてきた。
ふざけるな。
自分から尻尾を振ってきたくせに。
金魚の糞のように私の後を追いかけていたくせに。
一瞬、弱っている所を見せたら一斉に叩き出す。
こんなレベルの低い人たちと関わるだけ時間の無駄。
それよりも私にはやることがある。
私の両親を殺したあの少女。
彼女は一体誰なのか?
両親はなぜ殺されなくてはならなかったのか?
私はその手掛かりを探るべく、明智製薬を訪れた。
「両親の遺品を引き取りに来た」と適当に理由を付けると簡単に中に通してくれた。
両親の研究室には大量の書類と研究メンバーのパソコンが並んでいた。
私は一通り部屋の中を漁った後、父が生前使用していたと思われるパソコンの電源を入れた。
研究で使用していたパソコンだ。
当然、ロックが掛かっていた。
父の名前、母の名前、父の誕生日、母の誕生日、それらを組み合わせたもの。
どれを試してもロックは解除されない。
パスワードを設定するとき、人は自分自身のことか大事にしているモノの名前なんかを用いることが多い。
父が大事にしていたモノ。
過去の記憶を遡るがこれといって思い付かない。
けれど、父はいつも私を見て笑っていた。
幼稚園の発表会のときも、公園で転んだときも笑いながら「大丈夫か?」と心配してくれた。
両親が微笑んでいる姿が頭に浮かび、それと同時に私の頬を涙が伝った。
「そっか」
【HIKARI0822】
父が大事にしていたのは私だった。
私はちゃんと愛されていたんだ。
ロック画面が解除され、パソコンが立ち上がる。
デスクトップには明智製薬が開発した異能力の暴走症状を抑える薬についてのファイルが大量に貼られていた。
上から順番に目を通していくと、1つだけ他とは異なる見出しの資料がある。
「資料NO1・
なぜだか少し恐怖心に似た感情を覚えたが、ダブルクリックをしてファイルを開くことにした。
【本研究は異能力者育成学院からの依頼を受けて実現することとなった。以前開発した
資料の中身は数字の羅列と専門用語がほとんど。
中学生の私には到底理解することはできなかった。
しかし、冒頭にあった異能力者育成学院という学校名。
父と母はずっと何かの研究に追われていた。
その研究に区切りがついたタイミングでの死。
果たしてこれは偶然なのだろうか。
少女の手掛かりは掴めなかったが次に繋がるヒントを得ることはできた。
異能力者育成学院と明智製薬には接点がある。
そして、未だ表舞台に出ていない
何を目的にして開発するに至ったのか。
知りたいことは山ほどある。
異能力者育成学院に入学してそれらを調べ上げる。
そのためには情報収集能力を向上させなくてはならない。
学院の中心人物となり、学年を問わず良好な関係を築き上げる。
場合によっては教師の信頼をも勝ち取る必要がある。
今度はお金に頼らず、万人受けする偽りの仮面を被って。
私は明智ひかり。
愛嬌があってみんなから好かれる可愛い子。
家を出る前は鏡と向き合い、笑顔のチェックを欠かさない。
両親の仇である暗空玲於奈という存在を認識してからもそれは変わらない。
「はぁ、はぁ……」
目指していた場所が近づき、走る速度を緩める。
私の合図を待っている人たちに声が届くよう大きく息を吸い込む。
「みんな! 私たちの敵を仕留めるよ!!」
暗空さんと神楽坂くんの進行方向から私のファンと呼ばれている人たちが次々と姿を見せる。
これには2人も足を止めるしかない。
暗空さんが振り返り、やられたという表情を見せる。
「暗空さん、記憶にないなら思い出してもらうだけだよ」
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