第117話 明智製薬とひかりの闇

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 お金があれば望むモノはなんでも手に入る。

 携帯ゲーム機やテレビ、パソコンなんかの家電製品から高級外車に別荘などといった一般人ではなかなか手が伸びない物まで、お金さえあれば簡単に手に入れることができる。


 欲しいものが手に入れば心が満たされる。

 だからお金持ちは幸せに決まっている。


 本当にそうだろうか?

 私はそうは思わない。


 実際にお金持ちの家系に生まれた私が言うのだから他のお金持ちも大体私と同じ意見だと思う。


『明智製薬』

 幼い子供に発症しやすいとされている異能力の暴走症状を抑え込む薬の開発に成功し、一気にその名前が日本全国に知れ渡った。

 私の両親はその会社で責任者をしていた。


 家は高層マンションの最上階。

 学校には送り迎えの送迎付き。


 生きていく上で何不自由の無い生活。

 欲しいものは何でも両親に与えてもらえた。


 でも、私の心は満たされなかった。

 お金で買えるものが与えてくれる幸福感は時間が経てばすぐに薄れてしまう。


 私は幼いながらにそのことを理解してしまったのだ。


 両親は新薬の研究で家を空ける日が多かった。

 家族なのに顔を合わせないまま1日が終わることも珍しくは無かった。


 朝目が覚めると財布の中に札束が補充されていて、少なくなればまた補充してくれる。

 それが当たり前だと思っていたけれど、同級生の話を聞くに私の家族は異常なのだと気付かされた。


 食事、洋服、ゲーム。

 私は同級生の話題についていくためにもらったお金を惜しみなく使った。


 可愛い洋服を着ていれば周りから褒めてもらえる。異性から好意を持ってもらえる。

 最新のゲーム機を持っていれば羨ましがられ、話題の中心になれる。


 誰かに褒めてもらいたくて、興味を持って欲しくて、常に話題の中心にいたくて。

 そうやってお金を自分自身に投資して、同時に人の心を掌握する力を身につけていった。


 だが、休みの日は別だった。

 同級生は両親に遊びに連れて行ってもらったり、家族で過ごすケースがほとんどだったため、私は1人家で過ごすしかなかった。


 テレビを付けてバラエティー番組を観たり、音楽を聴いたり。

 色々試して1人の寂しさを紛らわせた。


 ある日、研究から帰ってきた両親に遊園地に行きたいとお願いをしたことがあった。


「パパ、ママ、今度の休みに遊園地に行きたいんだけど……」


 すると、父は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「ごめんなひかり。パパはお薬を作らないといけないんだ」


「で、でも、たまにはパパとママと遊びたいよ」


 私の本音だった。

 お金で買えないもの。

 それは家族で過ごす時間や愛情だ。

 不自由の無いようにとお金を与えられてもこれだけは絶対に買うことができなかった。


 両親との思い出を語る同級生の姿が私には何より眩しく見えた。

 ずっと憧れていたんだ。

 普通の家族の形というものに。


「パパとママはみんなが笑顔になれるようにお仕事をしなくちゃいけないんだ」


「みんなって、私は?」


 私はその中に含まれていないの?

 別に両親に酷いことをされたから恨んでいるとかそういう話ではない。

 小さい頃は公園で遊んだり、自転車に乗れるように練習に付き合ってくれたり、楽しい思い出がたくさんある。


 だからこそあの頃に戻りたいという思いが強く込み上げてくるのだ。

 もちろん忙しいのはわかっている。


「ごめんね、寂しい思いをさせて。でもこれが終わればまた3人で遊びに行けるから。それまで我慢できるかな?」


 母が優しく私の頬を撫でた。


「う、うん。わかった」


 それ以降、遊園地には行けていない。


 中学校に進学してからは仲良くなった女子数人にご飯を奢るようになった。

 放課後はゲームセンターでプリクラを撮ったり、街で食べ歩きをしたり、夜まで目的も無くふらふらしていた。


 どうせ帰っても両親は研究でいない。

 自分が育った家のはずなのに不思議とそこに私の居場所が無いように感じてしまう。

 だからなかなか帰る気になれなかった。


 もしかしたら私は心のどこかで両親に心配して欲しかったのかもしれない。

 私のことを大切に考えてくれていると再確認したかったのかもしれない。


 14歳の冬、いつも通り夜まで遊び歩いていた私は家に帰ってくると、キッチンのカレンダーに赤ペンで丸印が付けられていることに気がついた。


『12月24日遊園地!』


 朝見たときは何も書かれていなかったから父か母のどちらかが書いたのだろう。

 あのときの約束を覚えててくれた。


 私は嬉しくて自然と頬が緩んでいた。

 そうだ。遊園地に行けるってことは仕事に目処がついたのかな?

 だとしたら久しぶりに3人でご飯に行きたいな。

 でも、まだ忙しいかな?


 考えていても仕方が無いので、私はスマホを取り出して父に電話を掛けた。


「あれ?」


 奥の書斎でスマホの着信音が鳴っている。

 いるなら声くらい掛けてくれればいいのに。

 そう思いながらも私は書斎の扉をノックして中に入った。


 瞬間、頭が真っ白になった。

 部屋の中で両親が血を流して倒れていたのだ。


 うつ伏せに倒れる母と、母を守ろうと覆い被さる父。

 父の背中には大きな刀傷があった。


 部屋中に書類が散らかっていて窓ガラスも割れている。


「あなたがパパとママをやったの?」


 窓枠に目をやると、月明かりを浴びた少女の姿があった。

 少女の手には漆黒の刀が握られており、反対の腕で書類とUSBメモリを抱え込んでいた。


 少女は質問に答えず、薄い笑みを見せると窓枠から飛び降りた。

 彼女こそが暗空玲於奈あんくうれおなだった。

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