第73話 新しい教師
―1—
ホームルーム。
大教室に集められた1年生。
朝の件もあってどこか落ち着かない様子の生徒が目に付くが無理もない。
殺人犯と噂されている人物と同じ空間にいるんだからな。
暗空も張り紙に書かれていた言葉を気にしているのか1番前の右端の席を陣取っていた。
当然、暗空の周囲に人はいない。
「特待生が殺人犯とはな」
「私、なんか怪しいと思ってたんだよね」
教室中から聞こえるヒソヒソ声が鋭い矢となって暗空の背中に突き刺さる。
噂が嘘だとすれば飛んだ迷惑な話だ。
しかし、暗空は否定も肯定もしようとはしなかった。
動かないのが得策だと判断したのだろう。なんとも暗空らしい。
「よし始めるぞー」
教壇の前に立っていた鞘師先生が声を張って生徒の雑談を打ち消す。
反異能力者ギルドの襲撃後初めての授業ということもあり、教室内はやや緊張した空気に包まれる。
「まずは突然の休校になってしまいすまなかった」
鞘師先生が頭を下げたことで頭の後ろで束ねられたポニーテールがゆらりと揺れる。
「お前たちも話には聞いていると思うが、外部の人間の手によって校舎の一部が破壊された。私もつい先日までその対応に追われていてな」
そう言って指の骨を鳴らした鞘師先生の目の下には薄らとだがクマができている。
1週間で修繕工事も無事完了し、校舎は元通りになった。
いや、前よりも綺麗になったくらいだ。
「今回のような不測の事態が起きた場合には序列上位者で構成された生徒会や教師で対処することになっていたが、それだけでは生徒の安全を保証できるのかという疑問の声が上がってな。急遽学院の警備も兼ねて特別講師を招くことになった」
「こちらです。どうぞ」
鞘師先生が話し終えると、タイミングよくドアが開かれた。
そこには保坂先生と——
「親父?」
教室に入って来た男を見て千炎寺が目を丸くした。
「神楽坂くん、あれって千炎寺くんのお父さんだよね? 世界一の剣士を決める大会で優勝した」
隣に座っていた明智がオレの腕を突いてそう確認する。
「ああ、そうだな」
オレは声のボリュームを落として頷いた。
まさか特別講師に世界一の剣士を招くとはな。
この短期間でオファーを出した学院側の行動力も凄いが、それを快諾した
赤と黒の袴に身を包んだ正嗣は、堂々とした姿勢で教壇の前まで歩みを進める。
腰に付いている刀を納めるための黒い鞘がその存在感を放っている。
馬場会長や火野が持つ魔剣にも匹敵するようなオーラと圧。
刀の柄の部分しか見えていないというのにどこか神々しさまで感じる。
「この度、異能力者育成学院の講師を引き受けることになりました
渋い顔に似合った低音ボイス。
そして、昔ながらの堅苦しい口調。
改めて正面から正嗣を見てみると、左目の下から頬に渡って縦に刀傷が入っていることに気がついた。
その傷の深さから幾度も死線を潜り抜けてきたということが窺える。
「私のことはメディアを通して知っている人が大半だと思う。こんな見た目だから怖がられることも多いが何も恐れることはない」
ただそこに立って話しているだけだというのに圧倒される。
身長は鞘師先生と見比べて175センチくらいだろうと予想できるが、実際それよりも大きく見える。
恐らく正嗣が纏うオーラがそうさせているのだろう。
「ここに来るまでの間、保坂先生の方からこの学院には刀や剣を扱う生徒が多く在籍していると聞いた。刀や剣に関することであれば気軽に聞いてもらって構わない。私で力になれることがあれば喜んで手を貸そう」
序列戦を振り返っても刀や剣を使う生徒は多く見られた。
パッと思いつくだけでも千炎寺、氷堂、明智、火野、暗空の5人か。学年を飛び越えればまだまだいるはずだ。
武器と言われて1番頭に浮かびやすいのが刀とか剣だからな。使用する生徒が多いのも何ら不思議ではない。
「千炎寺先生には異能力実技の授業を担当してもらうことになる。異能力実技は前期期末考査の範囲にも含まれるからしっかり取り組むように」
「親父、なんで親父が学院で講師なんか」
「
正嗣の声色が冷たくなった。
どうやら息子に対しては厳しいようだ。
「なんだよ。今更何しに来たんだよ」
千炎寺の今にも消えそうな声は正嗣には届かなかった。
―2—
全く困ったことになりました。
元々1人で行動することには慣れていますが、どこに行っても指を差されるというのは気持ちの良いものではありません。
【生徒会1年
一体誰があんなことを書いたのか。
少なくても私に恨みを持っている人物がこの学院にいるということでしょう。
正直な話、心当たりがあり過ぎて絞りきれません。
私はこれまでの人生でそれだけの罪を犯してきました。
今、この瞬間に殺されたとしても文句は言えない。
それでもみんなの想いを背負っている私がここで折れる訳にはいかない。
どんなに辛く酷いことをされても耐え抜いてみせる。
昔から理不尽な状況ばかり経験してきたのでそれなりに耐性はある方です。
「待っててください、ウシオ……」
彼女の名前を口に出すことで押し潰されそうになる気持ちを堪える。
私の唯一の味方。
この学院には私の味方はいない。
明智さんも神楽坂くんも私のことを庇ってくれていたみたいだけど、真実を知ればきっと離れていくに違いない。
実の親でさえ私のことを捨てたんだ。
私はどこに行っても嫌われる運命なのでしょうね。
ああ、早くみんなに会いたい。
もうすぐ会えるはずだから、それまでほんの少しだけ待っていて。
【◯よからぬ噂】END。
NEXT→【○殺人ギルド血影】
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