第72話 暗空玲於奈は人殺し
―1—
翌日、1週間振りに登校した学院で事件は起きた。
昇降口前の掲示板に学年を問わず多くの生徒が集まっていたのだ。
前期中間考査から日にちが経っているからテスト関連の連絡ではないし、緊急の連絡というわけでもない。
仮に急を要する連絡であれば学院のホームページ上に公表されるからな。
何事かと思い、オレも人混みの側まで近寄って聞き耳を立てる。
すると、至る所から「暗空」や「生徒会」というフレーズが聞こえてきた。
掲示板に向かって軽蔑するような視線を向ける生徒や暴言を吐く生徒まで見受けられる事態。
生徒会に所属する身としてはこのまま放置することはできない。
「か、神楽坂くん、おはようございます」
人混みを掻き分けて掲示板に書かれている内容を確かめに行こうと動き出したとき、千代田に呼び止められた。
「おはよう千代田」
「えっと、何かあったんですか?」
「さあな、オレも今来たところなんだ。なんでこんなに集まっているのか前に行って直接掲示板を見てこようと思ってな」
「あ、そうだったんですか。なんだかあまり良くない雰囲気ですね」
千代田もこの異様な雰囲気を感じ取っているらしい。
「わ、私も一緒に確認しに行っても——」
そこまで言いかけて千代田が言葉に詰まった。
何を見たのか視線を左右に彷徨わせ、焦点が合わない。
「おはよう、神楽坂くん、風花ちゃん! なんか久し振りだねっ♪」
明るい声でオレの背中を軽く叩いたのは、学年のアイドルこと明智だった。
走ってきたのか額に汗が浮かんでいる。朝から元気なものだ。
「お、おはようございます」
「1週間振りだな。ゆっくり休めたか?」
「うん、
へへっと愛らしい笑顔を見せる明智。
ガインとの戦闘で怖い思いをして精神的負担を負っていないか心配していたが、見た感じ問題はなさそうだな。
とは言っても、本人の内側の部分までは見えないので、千代田を含めて少し気に掛けるとしよう。
「あの、私はやることがあるのでお先に失礼します」
「あ、ああ、わかった」
ペコリと頭を下げると千代田は何かから逃げるようにそそくさと昇降口に入って行った。
表情の変化は僅かなものだったが、オレは千代田が明智に怯えているように見えた。
まあ、オレの気のせいかもしれないが。
「風花ちゃんどうしたんだろうね?」
「さあな」
首を横に振り、再び掲示板へと視線を向ける。
「それにしても凄い人だね。先輩もいっぱいいるし、私たちも見に行こっか?」
「そうだな」
そうと決まれば早いもので、明智の「すいませーん」という声1つで人の壁がみるみる開いていった。
上級生に知り合いが多いというのは便利なものだな。
掲示板にはA4サイズの紙が1枚留められていた。
【生徒会1年
「なにこれっ?」
紙に書かれた暴力的な言葉を読み終えた明智が声を漏らす。
オレは昨日の馬場会長の言葉を思い出していた。
『今回の件で生徒もかなり混乱している。生徒の模範的立場となる我々生徒会がしっかりしていかなくてはならない。くれぐれも不祥事など起こさないよう、気を引き締めてくれ』
まさに馬場会長の恐れていた事態が起きてしまった。
「はっ、なんで犯罪者が学院に通ってんだよ!」
聞き覚えのある声だなと思って目をやると、そこには取り巻きを従えた浮谷が立っていた。
どうしてこいつはいつも騒ぎを大きくさせたがるのか。
若干呆れに似た感情を覚えつつ、巻き込まれると面倒なので静観を決め込むことにした。
しかし、自分の芯をしっかり持っている明智は、浮谷の発言を見過ごせなかったようで、くるっと体を回転させた。
「誰かの
「は?」
横から口を挟まれたことで浮谷とその取り巻き3人がオレたちの下に近づいてきた。
「おい明智、火の無い所に煙は立たないって言葉を知ってるか?」
「知ってるよ」
「ならわかるだろ。根拠がなければ普通こんな突拍子もないことなんてされないだろ。なあお前ら?」
取り巻きや周囲の数人が頷いていた。
冷静な頭で考えれば明智の意見の方が正しいことは明白。
だが、学校という性質上、共通の敵を作ることで自分が優位に立っていると勘違いをしている輩が一定数存在する。
恐らくそういった連中は優越感に浸りたいのだろう。
今回浮上した共通の敵は暗空玲於奈という少女。
例え嘘とわかりきっていてもこれだけ人目に付く場所に大々的に張り紙をされていたらターゲットにされるのも無理はない。
多分、この紙を貼った犯人もそれを見越しての行動だろう。
「明智、お前学園のアイドルとか言われてちやほやされてるみたいだが、ワンチャン目当ての奴がほとんどで本当は遊ばれてるだけなんじゃねーのか?」
ワッとゲスい笑いが起きる。
暗空を庇うことで攻撃の対象が明智に向き始めた。
これは不味いな。
「横からすまない」
さすがに明智に矛先が向くことを許すわけにはいかない。
オレは明智の左前まで足を進めて浮谷と向き合った。
「神楽坂か。なんだよ、同じ生徒会だからって暗空のことを庇うのか?」
「そういうわけじゃない。ただ、そもそもの話になるんだが、暗空が殺人犯だったとして学院側が殺人犯の入学を認めると思っているのか?」
「そんなのいくらでもやり方はあるだろ」
「具体的には?」
「うっ、過去を詐称したりとか? ほら、学院に提出した入学願書には過去を書く欄があんまり無かっただろ」
「そうだとしても警察にデータは残っているはずだ。調べようと思えばいくらでも調べることができる。浮谷、もう少し考えてから発言するんだな」
オレに言い負けて浮谷の顔が赤くなっていく。
「でも、暗空が犯罪者じゃないってことの証明にはならねーだろ!」
「そんなことを言うならここにいる全員犯罪者かもしれないだろ。お前自身、自分が犯罪者じゃないと証明できるのか?」
集まった生徒がざわざわと騒がしくなる。
それはオレが浮谷との口論で勝利したということと、この場にとある人物が現れたことにある。
生徒の視線は一点、人集りの最後尾に集まっている。
「暗空」
噂の張本人、暗空が姿を現したのだ。
殺人犯だと罵声を浴びせられているにも関わらず、薄らと笑みを浮かべている。
「ちょうどいい、暗空、こんなこと書かれてるけどお前、人殺したことあんのか?」
浮谷が掲示板から紙を剥がし、暗空の目の前に突き出した。
暗空は浮谷から紙を受け取って静かに目を通す。
「そうですね……」
暗空が言葉を続けようとしたが、ホームルームを知らせるチャイムの音に掻き消された。
「ほら、何してる! 早く教室に入れ!」
鞘師先生が昇降口から出てきて生徒の誘導を始めた。
「おい、明智と神楽坂たちも早く教室に入れ!」
「すいません、今行きますっ」
明智が鞘師先生の呼びかけに応じて歩き出す。
浮谷も諦めたのか取り巻きと共に昇降口へと入って行った。
「暗空?」
「フフッ、これは困りましたね」
暗空は手にしていた紙をビリビリに2つに破り捨てた。
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