◯殺人ギルド血影

第74話 幼き絶望の日

―1—


 53。

 この数字が何を表しているのかわかりますか?


 これは1年間で親に捨てられて居場所がなくなった子供の数です。

 誰にも見つからず、人身売買などの闇のルートに渡ってしまう子供も含めたら100人は優に超えると言われています。


 私、暗空玲於奈あんくうれおなも9歳のときに両親に捨てられました。


 これは私が両親に捨てられてから異能力者育成学院に入学するまでの物語です。


—2—


 その日は突然やってきました。


 いつも通りランドセルを上下に揺らしながら「ただいま」と言って家のドアを開く私。

 しかし、「おかえり」という声は返って来ません。

 

 玄関に母の靴もありません。

 出掛けているにしても家の鍵が開いていたのは不自然です。


 私は頭を傾げながら部屋に入りました。


「お、お母さん?」


 部屋に母の姿はありませんでした。

 いいえ、それどころか家具が1つも残らず全て綺麗さっぱりと消えていました。


 状況が理解できず、立ち尽くす私。

 念のために他の部屋を確認しに行きましたが、やはりもぬけの殻です。


 私を置いてどこに行ったの?


 一気に不安が募ってきて思考が停止してしまいます。

 ランドセルを下ろしてしばらく部屋の隅でぼーっとしていると、ふと3日前の記憶が蘇ってきました。


 3日前の夜にこうなってしまう前触れのような出来事があったのです。


—3—


「もうあなたとはやっていけないわ!」


 突如として家の中に響く母の怒号。

 布団の中で目を閉じていた私は眠い目を擦りながら声がした玄関に向かうことにしました。

 どうやら父が仕事から帰って来たみたいです。


「ああ、俺だってうんざりだよ。なんで汗水垂らして仕事して、家に帰って来てまでごちゃごちゃ言われなくちゃならねーんだよ!」


「何よ。元はと言えばあなたが他の女と隠れて会っていたのが原因でしょ!!」


 父と母の激しい言い合い。

 最近、母がテーブルで頭を抱えていた理由がわかりました。

 とても私が出て行ける状況では無さそうなので、扉の影から様子を窺うことにします。


「お前と話しててもな、息が詰まるんだよ。もういい。こんな家出てってやるよ」


「何よそれ、逆ギレ? 玲於奈は? 玲於奈はどうするのよ」


「知らねーよ。勝手にしろ」


「勝手にしろって何よ。全部私に押し付けるの?」


「この際だからはっきり言うけど、俺あいつのこと苦手なんだよ。表情も変わらないし、何考えてるのかもわかんねぇー。気味が悪いんだよ」


 あれ?

 私は自分の鼓動が徐々に早くなっていくのを感じました。


 私は必要とされていない?

 父からも母からも愛されていなかった?


 その後も父と母は私の押し付け合いを続けました。

 どちらが私を引き取り、育てるのか。


 とてもじゃないけど途中から聞いていられませんでした。


 今まで私が見てきたものは、感じてきたものは何だったのだろう。

 全てが偽物。

 私は一番身近な人に、両親に騙されて生きてきたのか。


 2人の会話を聞いてそれがわかり、絶望という闇に体が侵食されていく。


 父と母の口論が終わり、父は本当に家から出て行きました。

 残された母も恐らく私のことを負担だと思っているのでしょう。


 母が私のことを捨てるのも時間の問題。


 そして、3日後。

 私は9歳にして1人になりました。


 誰もいなくなった部屋を無言で見つめる。


 誰か知っている人がいたら教えて欲しい。

 私はどうやって生きていけばいいの?


—4—


 生きていくためには最低限として食事を摂らなくてはなりません。

 家具などの荷物は部屋から無くなっていましたが、幸いなことに私の物は残っていました。


 私はコインケースの中から500円玉を1枚取り出してポケットに忍ばせました。

 9歳にとって500円はかなりの大金ですが、食べ物を買うとなるといくら節約をしたとしても何日も持ちません。


「どうしよう」


 父も母も人付き合いが苦手だったので頼れる人に心当たりがありません。

 先々のことを考えると不安ばかりが膨らんでいきますが、こんなときでもお腹は空きます。


 お腹が減っていては考えもまとまりません。

 私は近所のコンビニでおにぎりを1つ購入すると、沈む夕日に背を向けながら来た道を戻りました。


 家の前まで来ると、アパートの大家さんが私の家から出てきてドアに鍵をかけていました。


「玲於奈ちゃん?」


 振り返った大家さんと目が合います。


「あれ? お母さんと一緒じゃないのかい?」


 私は大家さんと距離を取るように後退しながら首を横に振ります。


「おかしいな。ちょっとそこで待っててね、今連絡してみるから」


 大家さんは携帯電話を取り出してどこかに連絡をしようとしています。

 仮に母と連絡が取れたとしてもどうにもなりません。


 だって母は私を捨てたのだから。

 誰も信じない方がいい。信じられない。信じてはいけない。


 私の頭の中でその3つがぐるぐると回る。


「ちょっと、玲於奈ちゃん!」


 私は気がついたら大家さんに背を向けて走り出していました。

 両親に捨てられ、住んでいた家まで失いました。


 ゴールの見えない、あてのない旅が始まります。

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