第64話 水牙大蛇の剣戟《スプラッシュ・ブレイズ》

―1—


「作戦会議は終わったか? その魔剣で私を仕留めて見せろ!」


 痺れを切らしたハバネロが地面を蹴る。

 それを見て俺と暗空も動き出す。


「月影一閃」


 向かって来るハバネロに対して暗空が月影を振るう。


「甘いッ!」


 妖刀・切無セツナで暗空の一撃を受け止めたハバネロは、そのまま暗空の背後に回り込み蹴りを入れた。

 防御から攻撃に転じるスピードが尋常ではない。


 頭から転がるようにして受け身を取る暗空。

 すぐに体勢を立て直して再び月影を上段に構える。


 その間にハバネロの背後を取った俺は、斬撃をクロスさせるようにして2発放つ。

 魔剣から繰り出された青色の斬撃が床を抉り、ハバネロのがら空きになった背中へと襲い掛かる。


「ッ!」


 ハバネロは驚異的な反応速度で振り向き様に2発の斬撃を断ち切った。

 鋭く、それでいて静かな一閃。

 刀を扱う所作1つ1つが洗練されている。


「今のは危なかった。だが、まだ物足りない」


「言ってくれるじゃないか」


 何はともあれこれで俺と暗空はハバネロを挟む形になった。

 立ち位置的にはこちらが有利。

 俺か暗空のどちらかがハバネロの背を取って討ち取る。


 後はいかにしてその状況に持ち込むかという点だが、すでに暗空とは打ち合わせ済みだ。


 魔剣・蒼蛇剣オロチを構えながらじりじりと間合いを詰めていく。

 月影を握る暗空も近距離戦に持ち込むべく、足を前に進める。

 お互い言葉は掛けず、アイコンタクトを取り、タイミングを計る。


 対するハバネロは研究室に背を向けたまま左右に首を振り、次の攻撃を警戒して神経を尖らせている。


 まるでスキが無い。


 どうすればこれほどの敵を打ち砕くことができるのだろうか。

 相手に焦りの色はない。


 そもそも負けると思っていないのだろうな。

 異能力者育成学院に入学して今日まで序列1位を守り抜いてきたがこんなことは初めてだ。


 勝利へのビジョンが見えないなんて。


 それでもやらなくてはならない。

 もしかしたら魔剣の代償で命を落とすことになるかもしれないな。

 制限時間は長く持っても2分といったところか。


 ここで彼女を取り逃してしまったら校舎前でガインとウィズの猛攻を食い止めている生徒会メンバーに負担がかかってしまう。


 自分を信じろ。

 これまで水の魔剣を振ってきた自分自身を信じるんだ。


「認めよう。君は俺が出会った中で師匠の次に強い」


「は?」


 ハバネロの頭上に疑問符が浮かぶ。


「だが、勝つのは俺たちだ」


 目を最大限まで開き、未来視の異能力を発動させる。

 一瞬たりともハバネロから視線を離す訳にはいかない。


 ハバネロの下に駆けながら魔剣を横に薙ぐモーションに入る。

 魔剣使用時は不思議と視界がクリアになる。恐らく不必要な情報が遮断されていくのだろう。


 ハバネロが俺の攻撃を防ぐために重心をこちら側に傾けた。

 ここだ。

 今しかないというタイミングで暗空に合図を送る。


手影砲撃シャドー・カノン


 影で作り出した刀・月影を再び影に戻して放たれた一撃。

 近距離で放たれたそれは最早避けることなどできない。


 不意を突かれたハバネロは、体を反転させながら妖刀を大きく斬り上げる。


 暗空が作り出した絶好のチャンス。

 あとは俺が魔剣でハバネロを斬るだけ。


「くそッ!」


 しかし、俺はハバネロを斬れなかった。

 咄嗟に足で急ブレーキをかけて上体を逸らす。


 次の瞬間、俺の頭上を『手影砲撃シャドー・カノン』が駆け抜けた。


「この程度の不意打ちで動じる私ではない」


 ハバネロは暗空が繰り出した『手影砲撃シャドー・カノン』を刀の腹で受け流し、背後の俺目掛けて軌道を逸らしたのだ。


 未来視を使っていなかったら確実に直撃していただろう。

 砲撃は天井を貫き、瓦礫が崩れ落ちた。


 たちまち俺の背後に瓦礫の壁が築かれた。

 これで俺は前に進むしかなくなった。


 大きく息を吐き、同じ量の空気を吸い込む。

 腰を落として蒼蛇剣オロチの柄を両手で握り直す。


 この日何度目になるのかわからないが、蒼蛇剣オロチの剣身に描かれた蛇の模様が青く輝く。


 瞬間、俺の魔剣とハバネロの妖刀が重なっていた。

 2度3度と魔剣をハバネロに打ち込む。未来視の異能力を発動させているにもかかわらず、俺の攻撃はハバネロの刀に防がれてしまう。


 しかし、諦めない。

 純粋なる剣技での勝負。


 上段、袈裟懸け、逆袈裟、薙ぎ。これらに加えて幾重にもフェイントを織り交ぜながら決められた未来に抗うように最善の選択を取っていく。


 視界が狭まり、この世界から音が無くなる。

 俺の命のカウントダウンが確実に進んでいる証拠だ。


 水の魔剣の代償。

 それは、魔剣を振るっている間、呼吸ができなくなるというものだ。


 水の底に向かって静かに沈んで行く感覚。

 水の底を覗いてみても広がるのは暗闇ばかり。


 これだけ深く潜ったのは初めてだ。

 ハバネロを斬ったとして水面まで浮かび上がることができるだろうか。


 暗空はどうなった?

 苛烈さを増す俺とハバネロとの間に割って入るスペースはない。


 暗空はハバネロの向こう側でタイミングを見計らっていた。

 それでいい。ハバネロの注意をオレに引きつける。その間に。


「不味い、意識が……」


 とうとう限界が近づき意識が朦朧としてきた。

 一方のハバネロは疲れを見せるどころか凄みが増し、体のキレまで良くなっている。


 相手のコンディションに対応して自身のパフォーマンスを上げることができるようだ。厄介極まりない。


 数秒先の未来で、俺の攻撃をハバネロは防いでいる。

 その未来を変えるために別な位置に剣を振るう。


 しかし、ハバネロはそれにさえ合わせてくる。

 撃ち合いを始めて1分を超えたくらいだろうが、永遠のようにも感じられる。


 もう呼吸がもたない。

 異能力を発動させながら全神経をハバネロに向けつつ、鋭く剣を振る。想像以上に消耗が激しかったみたいだ。


 体が酸素を欲しがっている。


 だが、ここで攻撃を緩めたら一気に攻め込まれる。


 刹那、俺の魔剣が空を切った。

 身を屈めたハバネロが体のバネを使い、俺の懐に潜り込む。瞬間理解する。この攻撃は防げないと。


 ハバネロの強烈な掌打が俺の鳩尾みぞおちにめり込んだ。

 僅かに残っていた酸素が勢いよく吐き出される。


 俺は膝から崩れ落ちた。序列1位が何とも情けない。

 襲撃者にされるがままではないか。


ZEROゼロのために犠牲となれ」


 妖刀を掲げたハバネロが無慈悲にその刀を振り下ろす。


影拘束シャドー・リストレイン


 間一髪のところでハバネロの動きが止まった。

 暗空の影の枷がハバネロの両手両足を拘束したのだ。


 バランスを失ったハバネロは、研究室の壁にもたれかかることで倒れることを回避した。


「馬場会長!」


 視線を前に向けると、暗空が真っ直ぐな瞳で俺を見ていた。

 馬場裕二ばばゆうじ、お前はいつまで惨めに膝をついているんだ。


 後輩がボロボロの体に鞭を打ってここまで頑張ってくれたんだ。

 今踏ん張らなくていつやるというのだ。


「うおおおおおおお!」


 自分を奮い立たせる。

 ハバネロと撃ち合った際にできた傷口という傷口から血が舞い散る。


赤鬼化デモニゼーション


 ハバネロが拘束されている手を器用に動かし、妖刀で自分の足を切り裂いた。

 すると、妖刀に描かれた不規則な模様がハバネロの頬に浮かび上がり、頭から赤い角が生えてきた。

 その姿は完全に鬼、そのものだ。


 鬼化したハバネロが影の枷を力尽くで引きちぎる。


 追い詰められて奥の手を使うとは何という精神力。

 しかし、どんな隠し球を持っていようと俺の最大技、8連撃で斬り伏せる。


「その鋭き牙でおのが欲を満たせ。水牙大蛇の剣戟スプラッシュ・ブレイズ!」


 顕現した八つの頭を持つ大蛇が巨大な口を開き、次々とハバネロに襲い掛かる。

 その動きとシンクロするように俺も剣を振るう。


「妖刀・切無セツナはピンチになればなるほど切れ味を増す。まさにこの瞬間を待っていた。必刀鬼断デモン・セイバー!」


 追い込まれれば追い込まれるほど威力を増す妖刀・切無。

 鬼の姿になったハバネロは、紫に輝く妖刀で斬撃を放つ。


 衝撃に耐えられなくなった壁や地面の一部が崩れるが、攻撃を制御している余裕はない。


 目の前の獲物の血肉を喰らおうと高速で襲い掛かる大蛇オロチ

 その大蛇オロチの牙を次々とへし折るハバネロ。


 6、7撃目が防がれ、とうとうラスト。

 俺はハバネロの胸目掛けてこの日最大の突きを放った。


 対するハバネロも歯を食いしばり、渾身の一撃を繰り出す。


 真正面からぶつかったことで生まれた衝撃が波のように周囲に伝わり、外と中を隔てる壁が粉々に吹き飛んだ。


 激しい爆発。


 剣を下ろす。文字通り全てを出し切った。


「フッ」


 思わず笑ってしまう。

 肩で息をするハバネロが俺と同じように笑みを浮かべていたのだ。


 いつからだろう。

 戦闘で手を抜くようになったのは。


 未来視の異能力がある以上、俺が負けることなどなかった。

 俺が負ける未来なんてあり得なかった。


 事実として異能力者育成学院に入学してから負けたことはない。


 久し振りに思い出した。

 全力を出すということはこんなにも素晴らしいものだったんだな。


 しばし余韻に浸っていると、突如として研究室のドアが吹き飛び、中から白髪の少年、シューターと2体のロボットが飛び出してきた。


「ハバネロ、撤退だ!」


 シューターの叫び声が崩れかけた第二校舎3階に響き渡った。

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