第63話 水の魔剣vs妖刀使い・ハバネロ

―1—


 反異能力者ギルドと生徒会が決死の攻防を繰り広げている最中、ガインの一撃によって校舎内へと吹き飛ばされた千代田ちよだは意識を取り戻していた。


「うっ、いたたたた」


 ここはどこだろう。

 痛む体を起こしながら少しずつ記憶を辿る。


 校舎の前に現れた巨大な黒いドラゴン。

 そうだ。私と明智さんは、ドラゴンの攻撃から千炎寺くんを守ろうとして吹き飛ばされたんだ。


 だとするとここは校舎の中だろうか。

 私が知っている教室とはあまりにもかけ離れていて気付くのに時間がかかった。


 窓ガラスが床に散乱していて天井が崩れ落ちている。

 瓦礫が机や椅子を下敷きにしているところを見るに自分は運がよかったのだと思い知る。


「痛っ」


 目が覚めてから右足に刺すような痛みを感じていたが、どうやら窓ガラスで足を切ってしまったみたいだ。


 ポケットからピンク色のハンカチを取り出して、怪我をした箇所にきつく縛る。

 このハンカチは、神楽坂くんとショッピングモールに行った際に神楽坂くん本人から貰った私の宝物だ。


 まさかこんな形で使う機会が訪れるとは思わなかったけれど、このハンカチを身につけているとなんだか神楽坂くんに守ってもらっているような気持ちになる。


「また1人、か」


 昔から1人でいることには慣れている。でも得意という訳では無い。

 外から聞こえる激しい戦闘の音。異能力と異能力とがぶつかる爆発音や振動が校舎に伝わり、天井から砂のようなものが降ってくる。空気が悪い。

 もういつ崩れてもおかしくはない。


 明智さんや千炎寺くんは無事だろうか。

 神楽坂くんはまだ外で戦っているのだろうか。

 私は痛む足を庇うようにして立ち上がり、窓際まで足を引きずる。


風花ふうかちゃん、いたら返事をして!」


「あ、明智さん?」


 廊下から明智さんの声が聞こえてきた。


「は、はい! 明智さん、ここです。私はここにいます!」


「風花ちゃん!」


 廊下を通りかかった明智さんが私の顔を見るやこちらに駆け出し、抱き着いてきた。

 優しいシャンプーの香りが広がる。


 いつもひとりぼっちだった私と初めて友達になってくれた明智さん。

 暗闇で蹲っていた私に暖かな光を当ててくれた。


 あのとき、当時6歳の私が欲しくても手に入らなかった存在もの

 もし、過去の私に会えるのならこう伝えたい。

 「今、友達ができなくても落ち込む必要は無いよ。あなたが高校に入ってから素敵な人たちに出会えるから」と。


「先生、こっちです!」


「千代田さん、怪我はしていませんか?」


 千炎寺くんと保坂先生も駆けつけてくれた。


「あ、足を切ってしまったみたいで」


 足に巻かれたハンカチから血が滲んでいる。

 それを見た保坂先生は、私に背を向けてしゃがんで見せた。


「千代田さん、遠慮しないで私の背中に乗って下さい。ここは危険です。校長先生と教頭先生が裏口で避難誘導をしているので私たちもそちらに向かいましょう」


 保坂先生の優しさには感謝の気持ちしかないけれど、その小さな体で私の体重を支えられるとは思えない。

 保坂先生の負担になってしまう。


「千代田さんさえよければ俺の背中に乗るか? こんなことになったのも俺のせいだしよ。悪かった。あと、千代田さんと明智さんのおかげで助かった。ありがとう」


 千炎寺くんが申し訳なさそうに頭を下げた。


「顔を上げて下さい。わ、私はあの状況で1番に斬り込んでいったのはさすがだと思いました。結果論にはなりますが、誰が斬り込んで行っても同じことになっていたと思います。私の最大技なんてほぼ無傷でしたし。だからそんなに気にしないで下さい」


 そうこう話している内に何やら外がパッと明るくなった。

 外に目をやると、太陽から岩石が降り注いできた。岩石は校舎に向かって次々と飛んでくる。


「そろそろ本当にヤバそうだな」


「千炎寺くん、重いと思いますがよろしくお願いします」


 私は千炎寺くんの背中に身を預けることにした。


「行きますよ。みなさん、頭上に気をつけて私について来てください」


 保坂先生を先頭にして教室から廊下へ出ると、大きな衝撃が8回も連続で校舎を襲った。

 先ほどまでいた教室の天井は崩れ落ち、跡形もなくなった。


 あと少し遅れていたら私たちは潰れていただろう。


―2—


 シューターとハバネロの後を追っていた俺と暗空あんくうは、第二校舎の3階にある研究室の前にいた。

 ここは化学や生物などの授業を担当している『海藤かいとうさねみ』という教師の研究室だ。


「馬場会長、ここですか?」


「ああ、ここで間違いない」


 未来視の異能力を発動させてシューターの数秒先の未来を見ていた俺は、彼らが研究室前まで移動することを確認していた。


 走って移動した訳では無く、一瞬で空間を飛び越えたことからシューターとハバネロのいずれかが瞬間移動系の異能力を持っていることが予想できる。


「来たか。ここを通りたかったら私を倒してみろ」


 研究室から赤いベルトが特徴的な黒髪短髪の少女、ハバネロが出てきた。

 不可思議な黒い模様の入っている刀を正面に構え、鋭い視線を向けてくる。


「もう1人の男は中で何をしている」


 水の魔剣・蒼蛇剣オロチを構えながらハバネロに探りを入れる。

 しかし、


「敵であるお前に答えることなど無い」


 ハバネロはこちらと会話をする気はないらしい。

 俺とハバネロの短いやり取りの間に暗空も影で生成した刀・月影を手に取る。

 何も指示を出さずとも自分がすべきことは理解しているようだ。


 まだ1年生のはずだが、立ち姿や纏っているオーラが死線をいくつも超えてきたかのような凄みがある。

 暗空を連れてきたことは正解だったな。


「どうした? 来ないのならこちらから行かせてもらうぞ」


 ハバネロが真っすぐ突っ込んでくる。

 俺はすかさず未来視の異能力を発動させた。


 ここは廊下だ。生徒5人が横に並んで歩けるくらいのスペースしかない。武器を使用した戦闘は端から想定されていない。


 喉元に振り上げてきた黒刀を後方に跳んで回避する。

 ハバネロは続いて暗空に向かって縦に刀を振り下ろした。

 月影で受け止める暗空。刀から火花が飛び散る。


 鍔迫り合いをしていると、ハバネロの黒刀に刻まれた不規則な模様が不気味に紫色に輝いた。


「不味いッ!」


 鍔迫り合いを制したハバネロが腕を引いて胴を薙ぐ。

 このままでは暗空が斬られてしまう。


 俺はそれを阻止するために魔剣・蒼蛇剣オロチを解放させた。

 それと同時に蒼蛇剣オロチの剣身に描かれた蛇の模様が浮き上がる様に青く輝きを放つ。

 そのまま力強く踏み込み、ハバネロの一撃を弾く。


 弾くには弾いたのだが、受けたことのない重い衝撃が俺の腕を襲う。


「その刀はなんだ? 魔剣と交えても無傷の刀なんて聞いたことも見たこともないぞ」


 距離を取り、ハバネロに話し掛ける。


「この刀は世界に3振りしかない妖刀ようとうと呼ばれる1振り。名前は切無セツナ


「妖刀だと?」


 ハバネロは流れるような滑らかな動きで妖刀・切無を振るってくる。

 対する俺は未来視を使い、蒼蛇剣オロチで2撃、3撃と攻撃を防ぐ。

 が、剣を交える度に蒼蛇剣オロチが小刻みに震えているのを感じ取った。


「使いこなすことができればあらゆる異能力をも凌駕すると言われている魔剣。それでも魔剣はこの妖刀を超えられない」


 鋭い連撃につい体が左右に振られてしまう。


「なぜなら、妖刀は過去、魔剣に宿る7種の生物を倒している」


 意味深な台詞を吐くハバネロ。


 俺は、魔剣を手にしてから魔剣がいかにして生まれたのかということが気になっていた時期がある。

 歴史書を漁り、インターネットで調べてみたが詳細は一切出てこなかった。


 わかっているのは魔剣の基本的な情報くらい。

 世界には魔剣が7振り存在し、その全てが日本にある。

 使用者が魔剣を選ぶのではなく、魔剣が使用者を選ぶ。魔剣の使用者以外が魔剣に触れることはできない。

 魔剣を使用している間は副作用が起きる。副作用の種類は魔剣によって異なる。

 最後に魔剣は魔剣を引き寄せる。


 これらの内容は師匠から直々に教えてもらった。

 師匠からも妖刀という単語が出ることはなかった。


 しかし、日本の歴史が記された古い書物の中に妖刀という単語を目にしたことがある。


 呪われた刀。

 妖刀には鬼が宿ると言われていて、使用者に強力な力を与える代わりに呪いを付与するという。

 過去には侍と呼ばれる人たちが使っていたらしい。


「暗空、作戦がある。俺が合図を出したら――」


 俺は暗空にとあることを耳打ちした。


 魔剣と妖刀の衝突。正直相手の底は見えない。

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