第65話 絶対不可避のテレポーター・シューター

―1—


「逃がすか侵入者! われクロムはマスターから学院を守る使命を受けている。我輩の許可なく立ち去ることなど許さないぞ!」


 研究室から飛び出してきた2体のロボットの内の1体。

 2メートルを優に超える身の丈に頭の先から足先まで黒のボディーで覆われている。

 手には黄色に輝くビームソードが握られている。


 自身をクロムと名乗ったロボットは、その見た目から黒騎士を連想させられる。

 そして、何より驚くべきことはロボットでありながら詰まりの無い滑らかな言葉を話し、そこに自分の意志があるということだ。


 そのようにプログラミングされているのかもしれないが、そうだとしても敵意を持ってシューターに話し掛けるロボットの姿は見ていて不思議なものだ。


「待ちなさいクロム。そうやってあなたが張り切り過ぎるからマスターの大切な研究室のドアが壊れてしまったじゃない」


「待てイレイナ。ドアを壊したのは我輩ではないぞ。そこの阿呆あほうの仕業だ」


「そうですか。それならば、大人しく死んでください」


 クロムとは対照的に白い装甲に包まれたイレイナが手にしていたレーザー銃の引き金を握る。

 ガッチリとした見た目のクロムと違って、イレイナは女性的な美しいフォルムをしている。


 そして、その2体のロボットの掛け合いは最早人間のそれと何ら変わりない。


「くそっ、こんなのがいるなんて聞いていないぞ」


 シューターがハバネロの肩に触れ、瞬間移動する。

 どうやら瞬間移動の異能力はシューターが持っているらしい。


「ハエのようにちょこまかと動きおって小賢こざかしい」


 シューターに向かってビームソードを振り下ろすクロム。

 ビームソードの最大の特徴は、刀身の長さが自在に変化するという点だろう。力の込め具合いによって刀身が伸び、威力も上がる。


 2メートルを超えるロボットが繰り出す1撃ということもあって、その威力は桁外れだ。


「ぐっ!」


 赤鬼化したハバネロが妖刀・切無で受け止めるが、先程までの戦闘の影響が出ているのか押され気味だ。

 そこにイレイナが手にしていたレーザー銃を放つ。


 コンビネーションも抜群。


 絶対に逃がさないという圧が感じられる。

 ハバネロの背に触れることで再び瞬間移動したシューターは、1人戦況を見つめていた暗空に襲い掛かった。


「この人数差では簡単に逃がしてくれそうにはないな」


 シューターは、暗空の剣筋を見切って拳で打撃を加える。

 さらに瞬間移動を使い、後方に跳んだ暗空の背後を取り、拳を振るう。


 それを阻止するべく、俺は水の魔剣・大蛇剣オロチで斬撃を放つ。

 しかし、これはハバネロの妖刀によって断ち切られてしまう。


「援護射撃は任せてください」


 イレイナがシューターに向かってレーザー銃を連射する。

 これによって暗空はなんとか攻撃から逃れることができた。


 まさに乱戦。

 狭い校舎内で複数の攻撃が入り乱れる。


「さて、いつまでも遊んでいる訳にはいかない。ハバネロ、力を使う。体が限界かもしれないが後一撃だけ踏ん張るんだ」


「うん、わかった」


 シューターの青い双眸がギラリと輝く。

 何か仕掛けてくる。言動からしてもとんでもない何かだ。


「遊んでいただと? 追い詰められた奴のセリフほど臭いものはないわ!」


 クロムがビームソードを斜めに斬り下ろす。


「待ちなさいクロム。何かがおかしい」


絶対不可避の瞬間移動イネヴィタヴル・テレポーテーション


 シューターが静かに歩き出す。


「うおっ!?」


 次の瞬間、ビームソードを振り下ろそうとしていたクロムの姿がこの場から消えてしまった。

 続けざまにイレイナの姿までもが消えてしまう。


 俺じゃなかったら目の前で何が起きたのか理解できなかっただろう。


 俺の脳内に映った映像によると、クロムの側に瞬間移動したシューターがクロムのボディーに触れ、校舎の壁の中へと吹き飛ばしたのだ。

 同様にイレイナも一瞬で校舎の壁の中に瞬間移動させられてしまった。


 触れるだけで相手を強制的に瞬間移動させる絶対に防ぐことのできない一撃だ。


 そして、ピンチは終わらない。


 ハバネロが態勢を低くして妖刀を構えていた。

 この構えは先ほども見せた必殺の構えだ。


 不味い。もう俺には『水牙大蛇の剣戟スプラッシュ・ブレイズ』を繰り出す余力は無い。


必刀鬼断デモン・セイバー!」


 無情にもハバネロが妖刀を大きく薙ぐ。

 妖刀から放たれた巨大な斬撃が俺と暗空を襲う。


 もう技を出すことはできない。

 しかし、せめて生徒会長として暗空は守らなくてはならない。


 俺は暗空の前に立ち、魔剣を縦に振る。

 最大限の力を込めて。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 腕や足が裂け、血飛沫が上がる。

 血が目に入り、視界が赤く染まる。

 やはり、これほどの一撃を受け止めるにはこちらもそれ相応の技を放つしかなかった。


 だが、仕方ない。

 今の俺にはこれくらいしかできないのだから。

 これが現時点での俺の実力なのだから。


 すると、俺の左肩に温かな手が触れた。優しい女性の手だ。


全てを破壊する右腕ディストラクション・アーム


 1学年の教師、鞘師環奈さやしかんなが右腕を前に伸ばし、斬撃を素手で掴んだ。


 信じられない光景。


 激しい音を立てて抵抗する斬撃だったが、やがて鞘師先生が完全に握り潰した。

 紫に輝く斬撃の欠片が宙に霧散する。


「上には上がいるという言葉があるが、まさかこれほどまでとは」


 ハバネロの下に瞬間移動したシューターがそんな言葉を溢す。

 鞘師先生は、そんなシューターにゆっくりと視線を向けた。


「異能力を教える学院で教師が生徒より弱くてどうする?」


「それもそうですね。また会えることを楽しみにしています」


 シューターがほんの僅かに口角を上げると、ハバネロと共に姿を消した。


「遅くなってすまない。非常時で色々と取り込んでいてな。外に保健の鳴宮なりみや先生が控えてる。2人共治療を受けるといい」


 鞘師先生が俺と暗空を交互に見比べる。

 どちらも擦り傷だらけで酷いものだ。


「ですが、まだ仲間が戦っているのでそちらに向かわなくては」


「馬場、そのボロボロの体で何ができる? 今は傷を治すことを優先するべきだ。そのままだと死ぬぞ」


「会長、きっと先輩たちなら大丈夫です。信じましょう」


 立っているのがやっとといった様子の暗空が歩み寄ってきた。

 人のことは言えないか。俺も自分自身、なぜ意識を保っていられるのかわからないくらい強い疲労感に襲われている。

 少し血を流し過ぎたみたいだ。


「マスター! 助けてくださいマスター!!」


 外に向かうことを決断したところで、研究室の中からクロムの声が聞こえてきた。

 どうやら研究室の壁の中に閉じ込められているみたいだ。

 大声で助けを求めている。


「少し待つんだクロム。今そこから出してやる」


 白衣姿に眼鏡といういかにも研究者らしい装いの男が、研究室の奥でガサゴソと動いた。

 この中年の男こそ海藤かいとうさねみ先生だ。


 クロムからマスターと呼ばれていることから2体のロボット、クロムとイレイナを生み出した張本人だろう。


 一体今の今までどこに身を隠していたのだろうか。


「なんだこの光は?」


 鞘師先生の声に導かれるように本校舎の前に視線を向ける。

 遠目でよく見えないが、天から差した一筋の光が男に降り注いでいる。男が腕を振ると次の瞬間激しい突風が吹き荒れた。


 俺はその突風がこの戦いの終わりを告げるものだったと後々知ることになる。

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