◯生徒会の仕事

第53話 生徒会始動

―1—


 翌週。火曜日の放課後。

 オレは暗空あんくうと廊下を歩いていた。というのも生徒会長の馬場ばばから招集がかかったのだ。

 どうやら本格的に生徒会を動かすらしい。


 生徒会室には1人で向かう予定だったのだが、後ろから暗空に声を掛けられ、並んで歩く形となった。


「神楽坂くんは岩渕いわぶちくんについてどう思いますか?」


 チラッとオレの顔を見た暗空がそう訊いてきた。


「なんだ随分とざっくりとした質問だな」


「すみません。先日の退学者阻止の件に唯一彼だけ参加しなかったことが気になったもので。神楽坂くんはどのように考えていますか?」


 テストの結果が公開された先週の金曜日。

 その日の放課後、退学者救済のために西城が再び1学年の生徒に声を掛けて回った。


 ライフポイントを寄付してくれる協力者を募ったところ、岩渕を除く全員が参加することを選んだ。

 これは前日の明智あけちの発言が大きい。

 そして、賛成多数が目に見えて明らかになってくると、仲間外れになることが怖いという人間の心理が働く。


 そんな中でも、岩渕は自分の道を貫き通した。


「岩渕の性格だ。自分の実力だけでやっていけると考えているんだろう。事実、ソロ序列戦でも準決勝まで勝ち上がっていたし、テストも7科目中6科目が満点だった。それでいてまだ底を見せていないようにも感じられる」


「神楽坂くんの分析力はさすがですね」


「そういう暗空はどうなんだ?」


「そうですね。世間で言われている成功者という人間は、初めから成功していたわけではありません。地道な努力を重ね、挫折しそうな場面に直面しても諦めなかったから成功したのだと思います」


 暗空は「まあ、例外はあるかもしれませんが」と言い、言葉を続ける。


「この学院ではどこで足元をすくわれるかわかりません。そういう意味でも今回の岩渕くんの選択は理解しかねます。神楽坂くんも保険の1つや2つかけておくのが定石だとは思いませんか?」


「そうだな。不測の事態を想定して対策を打っておくに越したことはないな」


 暗空とここまでしっかり話すのは久しぶりな気がする。

 その後もお互いの近況について話していると、あっという間に生徒会室の前までたどり着いた。


 オレと暗空はもう生徒会に入ることを決めた身だ。中に入るのにいちいち迷う必要は無い。

 ノックの後、扉を開く。

 すると、目を疑うような光景が飛び込んできた。


 スキンヘッドの大男がタンクトップ姿でベンチプレスをしていた。

 バーベルのバーには、25KGと書かれた円形の鉄の重りが左右に3つずつついている。合計150KGだ。


 オレはこの男を知っている。

 いや、この学院に通っている生徒なら知らない者などいない。

 ソロ序列戦で滝壺たきつぼ先輩と一緒に試合の解説をしていた橋場哲也はしばてつやだ。

 序列は馬場会長に次ぐ第2位だ。


「うおおおお!」


 その橋場先輩は、ベンチに横になったまま歯を食いしばりながらバーベルの上げ下げを繰り返している。

 というかなんで生徒会室に筋トレグッズが置いてあるのだろうか?

 前回来た時は無かったはずだが。


「橋場先輩、1年生がひいてますよ。というか汗臭いです」


 会長席の椅子に座っている金髪の少女が右手で鼻をつまむ。

 左手には、携帯型ゲーム機器が握られている。


「おっ、いつの間に来てたのか。これは失礼。どうだ、1年の2人もやってみないか?」


「どうしてそうなるんですか!」


 瞬時に金髪の少女こと、天童雷葉てんどうらいはがツッコミを入れる。


天童てんどうもゲームばかりしていないで、たまには一緒に汗を流さないか?」


「いいえ、結構です。私は村の開拓で忙しいので」


「ゲームばかりしていると馬鹿になるぞ」


「筋肉馬鹿の先輩には言われたくないです」


 プイッと顔を背け、ゲーム機に視線を落とす天童。


「いい加減にしろ。1年生が困ってるだろ。そろそろ会長も戻る頃だ。天童、自分の席に着け」


「はーい」


 生徒会室の中央には、生徒会メンバー全員が座れるように長机が置かれている。

 その端の席に座っていた男に天童が注意された。長い前髪に左目が隠れている。


「初日から騒がしくて悪かったな」


 男がこちらを気遣って声を掛けてきた。


「いいえ、そんなことありません」


 暗空が答える。


「俺は生徒会副会長の榊原英二さかきばらえいじだ。暗空、ソロ序列戦での試合はすべて見させてもらった。お前の実力なら生徒会でも即戦力になるだろう」


「ありがとうございます。精一杯頑張りたいと思います」


 榊原は、オレにまるで関心が無いらしい。

 1度もオレと視線を合わせずに暗空との会話を終わらせた。


「待たせたな。よしっ、全員揃っているみたいだな。会議を始めよう」


 生徒会室に入ってきた馬場がオレたちにも席に座るよう促してきた。


「1年生の2人はこの席を使って下さい。暗空さんが左で神楽坂くんが右の席です」


 馬場会長の後に入ってきた滝壺先輩に席を教えてもらい着席。

 序列の高い人ほど会長席に近い位置に座る決まりがあるらしい。オレたちは1年生だから1番離れた場所だ。


「まずは1年生の2人に軽く挨拶をしてもらおうか。暗空さんからお願いします」


「はい、暗空玲於奈あんくうれおなと言います。先日、馬場会長にお誘い頂き、生徒会に入る運びとなりました。わからないことばかりでご迷惑お掛けしてしまうこともあるかと思いますが、一生懸命頑張りますのでどうぞよろしくお願い致します」


 暗空の挨拶が終わり、次はオレの番。

 生徒会メンバーから値踏みするような視線が飛んでくる。


神楽坂春斗かぐらざかはるとです――」


「ちょっと待て」


 その場に立ち上がり自己紹介を始めた瞬間、榊原によって遮られてしまった。


「会長、新生徒会メンバーの件ですが、神楽坂を選んだ理由を教えて下さい。暗空はソロ序列戦で優勝したという実績があります。しかし、神楽坂はその暗空に初戦で敗れています。俺にはどうも神楽坂に実力があるようには思えません」


「神楽坂の実力は確かなものだ。生徒会長の俺が保証しよう。ただ、言葉で表すとなると少し難しいものがある」


「他のメンバーがどう思っているのかはわかりませんが、会長の推薦、特別枠で迎え入れるというのには賛成できかねます。一部の生徒からは、馬場会長は生徒会を私物化しているのではとの声も上がっていますし」


「榊原くん、会長に失礼ですよ」


 滝壺が2人の間に入るが、馬場会長が手を前に出してそれを止めた。


「わかった。要するに神楽坂の実力がわかれば文句は無いということだな」


「ええ、生徒会に相応しい人間であると証明されれば文句はありません」


「橋場、訓練ルームを使って神楽坂と模擬戦をしてもらってもいいか?」


「えっ、自分がですか?」


「さっきまで体を鍛えていたんだろ。異能力者育成学院序列2位のお前が相手となれば誰も文句は無いはずだ。なに、遠慮はいらない。歓迎試合だと思って全力でやってもらって構わない」


「会長がそこまで言うならわかりました。全力でいかしてもらいます」


 橋場先輩が拳を手のひらに叩きつける。


「というわけだ。神楽坂もそれでいいな?」


「はい、わかりました」


 断るスキも与えられず一方的に話が決まってしまった。

 生徒会に入るためにも中途半端な試合はできないな。馬場会長もあそこまで言ってくれたわけだし。


 そんなわけで、急遽オレと橋場先輩が模擬戦をすることになった。

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