第52話 成績発表
―1—
テスト2日目の5月21日木曜日。
1時間目の英語は、テスト開始から15分間でリスニング問題を行うことになっている。
試験対策で筆記問題を完璧にしていても英語の聞き取りができなければこの教科で高得点を取ることは難しい。
指定された席に座り、テスト開始を待ちながら周囲の会話に耳を傾けていると、動画配信サイトなどを上手く活用して試験対策した生徒がいるということがわかった。
勉強方法は人それぞれ違う。
また、努力の成果が必ずしも実を結ぶとは限らない。
「よしっ、勉強道具をしまえ。昨日と同じだ。裏向きのまま後ろに回してくれ。まだ問題は見るなよ」
リスニング問題用の解答用紙、筆記問題用の解答用紙が
英語の配点は、リスニングが30点。筆記問題が70点らしい。
高得点を狙うのであればリスニング問題を落とすわけにはいかない。
「ティーチャー」
答案用紙が全員に行き渡ると、
「どうした岩渕」
「昨日1日テストを受けてみて思ったんだが、こんなイージーな問題を解くのに50分は長すぎると思ってね。そこで私からの提案なんだが、テストが終わった者から自由時間にするのはどうだろうか? もちろん答案用紙をティーチャーに提出した上で、だ」
大人しくテストを受けていればいいものを。
岩渕は自分の考えを発せずにはいられないようだ。
「すまないが、それはできない相談だ。テスト時間は50分と決まっている。岩渕にとっては退屈かもしれないが、テストが終わるまでは見直しでもしておいてくれ」
「決して皆さんを疑っている訳ではありませんが、不正行為を未然に防ぐという側面もあることを理解してください」
「なるほど。無駄な時間を過ごすのは私の主義に反するが、どうやらこれ以上何を言っても変わりそうにないみたいだねー」
2人の教師から学院の決まりと言われてはさすがの岩渕も従うしかないようだ。
クククッと楽しそうに喉を鳴らしながら片手を上げて鞘師先生に進行するよう促した。
「他に質問等ある生徒はいるか? それじゃあ、テストを始める。はじめ!」
鞘師先生が放送のスイッチを入れると、リスニング問題が始まった。
―2—
2時間目の世界史、3時間目の化学と順調に進み、迎えた最終科目の生物。
生物はほとんどが暗記問題だ。
完璧に暗記している生徒にとって50分はさぞ退屈に感じていることだろう。
オレも何ら躓くことなくスラスラと空欄を埋めていく。
1時間目に無駄な時間を過ごしたくないと言っていた岩渕は、テスト開始15分で問題を解き終えたようで、机にペンを置き、壁に掛かっている時計を眺めていた。
そういうオレも30分ほど時間を持て余してしまった。
見直しをしなくても確実に95点以上取れている自信がある。
「そこまで! ペンを置いて解答用紙を前に回せ」
鞘師先生が回収した解答用紙を教卓の上で整え、茶封筒の中に入れる。
「成績発表は明日の朝、昇降口前の掲示板にて行われる。事前に告知していた通り、成績上位30人にはボーナスとして5万ライフポイントが振り込まれる。テストが終わったからといって遅刻はしないように。以上」
「みんな、お疲れ様でした」
保坂先生が軽く微笑み鞘師先生と教室を出て行った。
すべてのテストが終わり、どっと疲れが押し寄せる。
しかし、ここからが本番だ。
「みんな、ちょっといいかな?」
教卓の前に移動した西城が1学年の生徒全員に話し掛けた。
帰ろうとしていた生徒も西城の呼び掛けにより足を止める。
「西城、すぐ終わるか? 悪いが午後から部活があるんだ」
西城にそう声を掛けたのは、緑色の頭にシュッとした体型の男。
ソロ序列戦や異能力実技の授業でも特に目立った様子のない生徒だ。
「うん、ごめんね
「そうか。わかった」
名前は確か
落ち着いた雰囲気の生徒で、普段は1人で行動していることが多い印象がある。
教室を見渡すと、普段なら真っ先に帰りたがる岩渕が大人しく座っていた。
西城の様子から大事な話があると読んでの行動なのか。正直、何を考えているのかまったくわからない。
「僕はテスト範囲が公開されたあの日から、みんなが納得する誰も悲しまない方法を考えていた」
西城が顔を上げ、教室の後ろに座っていた浮谷の顔を見た。
「あのとき、浮谷くんは言っていたね。退学にリーチがかかっている70人を助けたとしても来月以降はどうするのか。序列最下位者を減らさないといつまで経っても改善しないと」
そして、西城は退学にリーチがかかっている生徒に視線を移した。
「テストまでの約2週間。自らの危機を脱するために下剋上システムが毎日複数試合行われていたよね。その影響もあって序列最下位者の人数も今では47人にまで減った」
「それでもまだ47人もいるじゃねーか」
黙っていた浮谷も口を開く。
「そうだね。でも僕はこの47人を救いたいと思っている。その考えは変わらない」
「西城、お前は何も変わってねーじゃねーか。救いたい。助けたい。言うのは簡単だ。そんなの誰にだってできる。実際に47人を救うためにお前に何ができる? みんなが聞きたいのはそこだろ」
浮谷は口調こそ荒いが、核心をついている。
今この場に残った西城を除く153人の生徒が知りたいのは、窮地に立たされた47人を救う方法。ただそれだけだ。
「ここ数日、1年生の全員に1カ月間でかかった生活費を聞いて回ったんだ。その平均が5万2000ライフポイントだった」
実は昨日の電話でオレも西城から生活費を聞かれていた。
西城も西城なりに動いていたようだ。
「生活費のほとんどが食費だということはみんな理解してるよね? 食費は外食を控えて自炊をすれば節約できると思うんだ」
西城は白いチョークを手に取ると、黒板に何やら計算式を書きだした。
「今回のテストで成績上位30人に5万ライフポイントのボーナスが支給される。30人×5万で150万。序列最下位者47人には、6月分の生活費を節約してもらうとして、1人45000ライフポイントになるように調整する。退学にリーチがかかっているからといって所持しているライフポイントが0ではないよね。足りない分を僕たちが補う形にしたいと思うんだけどどうかな?」
「えっと、つまり、成績優秀者の人はボーナスを全部寄付するって考え方でいいのかな?」
人差し指で黒板の文字を追っていた
「最低3万ライフポイント以上回してくれるとありがたいかな。もし、僕が成績上位者に入っていたら立案者として全額寄付するよ」
「西城くんがそういうなら私ももし成績上位者に入ってたら全額寄付するよ。みんなが助かるならそれに越したことはないしねっ」
「話が盛り上がっているところすまない。1ついいかね、学級委員ボーイ」
岩渕が話し合いに割って入ってきた。
「うん、なにかな?」
「そもそもの話になってしまうのだが、私のようなエリートが底辺を助けるメリットがわからないのだよ」
全員が助かるならと話に乗ってきた明智と違って岩渕のようなタイプの人間は納得しないだろうな。
さあ、どうする西城。
「先輩と繋がりがある生徒なら知っている人もいると思うんだけど、学年末に他学年と争う他学年対抗序列戦というものがあるんだ」
「そういえば先輩もそんなこと言ってたな」
午後から部活があると言っていた糸巻がぽつりと呟く。
「ここで大勢退学者を出してしまったら1年生と上級生の間に大きな戦力差ができてしまう。岩渕くんもそれは避けたいとは思わないかい?」
「ノープロブレム、人数による戦力差など私には関係ないさ」
「そうか。それなら好きにすればいいよ。でも、もしこの先僕たちの想像しない序列戦やイベントが開催されて岩渕くんがピンチに陥ったとき、君を助けてくれる人は何人いるかな?」
「ほう」
岩渕がそう声を漏らし目を細める。
「これは他の人にも言えることだよ。今ピンチに陥っているのは序列最下位の人だけど、今後いつ自分に同じ状況が訪れるかはわからない。変な話、ここで恩を売っていても悪くはないと思うよ」
恐らく助けられた側はこのことを忘れない。
仮に恩を仇で返す生徒が現れようと、他の生徒が一致団結していれば障害を取り払うこともできるはずだ。
今は1学年の生徒が1つにまとまることを優先すべき。
西城の話の持って行き方は100点ではないかもしれないが、及第点を大きく超えた。
その証拠にみんなの視線が西城に集まっている。
このとき、本当の意味で1年生のリーダー=西城の図式が明確となった。
―3—
1位・
2位・
3位・
4位・
5位・
~~~
12位・
13位・
13位・
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19位・
20位・
21位・
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26位・
27位・
翌日、5月22日金曜日。
オレは昇降口前の掲示板に張り出された前期中間考査の総合順位を確認していた。
平均90点以上をマークしていても27位だったか。
まあ、30位内に入れたから良しとしよう。
浅香も30位内に入っているようだし、オレがライフポイントを支払う必要はなさそうだ。
それにしても岩渕の点数には驚かされた。
7教科で698点ということは、全教科通して1問しか間違えていないということになる。
どうやら口だけではなかったみたいだ。
「痛ッ!?」
一通り順位の確認を終え、掲示板を後にしようと振り帰った瞬間、肩に強い衝撃を覚えた。
瞬時に辺りを見回すもオレに攻撃を加えたような生徒の姿はない。
早くここから離れた方がいい。
ほぼ無意識にそう判断したオレは早足でこの場を立ち去るのだった。
【◯前期中間考査】END。
NEXT→【○生徒会の仕事】
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