第38話 代償を無視して

―1—


『えー、皆さん大変申し訳ございません。先ほどの試合、あまりに凄い試合だったので、つい実況することを忘れていました』


『1年生の初めての大会でこれだけレベルの高い戦いが見られるとは思ってもいなかったな』


『そうですね。特待生対決らしい見応えのある試合でした! 1試合目は僅差で暗空あんくう選手の勝利となりましたが、2試合目はどんな戦いになるのでしょうか。まずは岩渕いわぶち選手の入場です!』


 実況の滝壺水蓮たきつぼすいれんの声がドームスペードに響く中、金髪の岩渕が堂々と登場する。

 まるでこの大会が自分のために開かれたとでもいうような立ち振る舞いだ。


『岩渕は異能力の使い方が上手い印象だな。硬さのコントロールという一見地味な異能力だが、強固な盾を破壊したり、足場を沼に変化させたりと応用パターンがすでに形になっている』


『そして、火野選手の登場です! 火野選手は大会当初こそノーマークでしたが、千炎寺せんえんじ選手との対戦時に見せた火の魔剣・紅翼剣フェニックスが大きな話題となっています! 今では優勝に1番近いとも言われています!』


『木の魔剣所有者、木曽正宗きそまさむね氏の言葉で有名なものがある。「魔剣を完全に使いこなせるようになればどんな異能力者にも負けることは無い」と。木曽氏の言葉通り、絶対的な力を持つ魔剣だが当然欠点もある。魔剣は使用者に対して代償を求めてくるんだ。火野は特待生の千炎寺に勝つことはできたが、試合直後に倒れている。もしかしたら今日の試合は万全の状態ではないかもしれないな』


 馬場ばば会長の言うように私の体は紅翼剣フェニックスを使用した代償、副作用の火傷が残っている。

 試合直後、ちゆに体を回復してもらったが、完全には治らなかった。


 それでも、私は父と神社のために勝たなくてはならない。


「どうやら世間の注目は火野ガールの魔剣で持ち切りみたいだねぇー。私というスターがいるというのに全く不思議なものだ」


 岩渕くんが前髪を手でかきあげ、観客席を見上げる。

 紅翼剣フェニックスに話題をさらわれてあまり気分がよくないらしい。


「私も正直ここまで大きくなるとは思わなかった」


 馬場会長も水の魔剣・蒼蛇剣オロチを持っているし、これだけの騒ぎになるのは予想外だった。


「対戦相手が火野ガールに決まって、私も魔剣について調べたよ。この時代、インターネットは便利だからねー。全てを焼き斬る火の魔剣。私の異能力とはどうも相性がよくないみたいだ。だが、やり方はいくらでもあるさ。この試合も1分でチェックメイトだ」


 岩渕くんが指をパチンと鳴らし、試合の開始位置まで移動した私に向かって視線を向けてくる。

 自分の異能力が魔剣と相性がよくないと自覚しながら自信は失っていないようだ。

 何か秘策でもあるのだろうか。


「相手が誰でも私は斬るだけ」


 私の言葉に反応し、紅翼剣フェニックスに刻まれた2本の赤いラインが輝く。


 時間だ。

 小さく息を吐き、精神を集中させる。


「ソロ序列戦準決勝第2試合、バトルスタート!」


 鞘師さやし先生の声がドームスペードに響き渡った直後、私は平衡感覚を失った。


『出ました! 岩渕選手の必殺技! 地面の沼化によって火野選手は身動きが取れません!』


 ゆっくりと沈む不快な感覚。

 抜け出そうと動き続けるのは相手の思う壺だ。


 紅翼剣フェニックスに斬れない物はない。

 それは地面であっても同じ。

 異能力を発動したばかりのこの早いタイミングなら上半身も動く。

 私は左から右に地面を大きく斬り裂いた。


『おーっと! これは強烈な一撃だ!』


 液体化した地面が紅翼剣フェニックスで斬り裂いた衝撃により、波のようになって岩渕くんに襲い掛かる。


 岩渕くんは、反射的に地面から手を離して異能力を解除。たちまち地面の硬さが元に戻り、ステージは歪な形に変化した。


「火野ガール相手に1分は厳しそうだねー。だがまだ49秒ある」


 岩渕くんから弱音とも取れる言葉を聞くことになるとは思わなかった。

 しかし、1分で決着をつけるということは諦めていないらしい。


「さて、全てを焼き斬る魔剣と私の剣、どちらが硬いか比べてみようじゃないか」


 地形の変化した地面に手を触れ、その一部を抉り取る。

 剣と呼ぶには不格好なコンクリートの塊を手にした岩渕くんが一気に飛び出してきた。


 私は体を斜めにして岩渕くんを誘い込む。

 衝突。

 重い一撃に腕が痺れる。


「うっ……」


 押し切られそうになったところで、なんとか両足を踏ん張って堪える。

 紅翼剣フェニックスで押し返し、今度は私が岩渕くんに斬りかかる。


 上段斬りから緩急をつけて斬り上げる。胴を薙いで回転斬り。連続で攻撃を繰り出すことで岩渕くんに反撃の機会を与えない。


 岩渕くんはギリギリではあったもののその全てを捌いてみせた。

 何より驚くべきは、万物を焼き斬る紅翼剣フェニックスと何度も剣を合わせているというのに岩渕くんの剣が折れていないということだ。


 硬さのコントロールで剣自体の硬さを極限まで上げているのだろう。

 だが、だからといって紅翼剣フェニックスの攻撃を防ぐだなんて。


 千炎寺くんの刀、緋炎ひえんもそうだった。

 まだまだ私も紅翼剣フェニックスを使いこなせていないということか。


「1分だッ!」


「!?」


 態勢を低くして走り出した岩渕くんが一瞬だけ地面に手を触れた。

 私の片足が地面に沈み、バランスを崩した。


 間合いを詰めた岩渕くんが剣を振り下ろす。

 

 父が倒れたあの日から、私はあらゆる場面を想定して練習を積んできた。

 父を倒した毒の魔剣の使い手、白髪の少女と戦う日は必ず来る。その日のために剣を振ってきた。


 父がそうしてきたように、私も剣を振るう。

 岩渕くんと私では剣にかける想いが、練習量が、覚悟が違う。


 踏ん張りの効かない片足に精一杯力を込めて迫る剣を弾き返す。

 懐ががら空きになった一瞬を逃さない。


「そのくちばしは火炎を纏い敵を貫く。火渦嘴突フレイミング・ジャベリン


 紅翼剣フェニックスの剣先に火の渦が纏う。

 私は、岩渕くんの鳩尾みぞおち目掛けて全力の突きを放った。


 不死鳥フェニックスの嘴が敵を貫くかの如く、鋭い一撃が岩渕くんを襲う。

 苦痛に顔を歪ませる岩渕くん。


 しかし、降参の声は聞こえない。


「クククッ」


 代わりに聞こえてきたのは不気味な笑い声だった。


肉体硬化ダイヤモンド・ボディー。私のパーフェクトな肉体は、この剣同様ダイヤモンドのように硬くなった。1分以内にとどめを刺せなかったことは非常に残念だったが、実に良い勝負だったよ」


 紅翼剣フェニックスの剣先が岩渕くんの腹に触れたまま止まっていた。

 火の渦がバチバチと音を立て、岩渕くんを焼き斬ろうと抵抗する。


 あのときの父もこんな感じだったのだろうか。

 あと一歩というところで、磨き上げた剣撃が届かない。


 絶望。


 私はまだ父のように紅翼剣フェニックスを扱いきれていない。

 力が足りない。技術が足りない。 


 足りないものを埋めるための努力はしてきた。

 それは紅翼剣フェニックスもわかっているはずだ。


 私の想いに応えるように今も紅翼剣フェニックスはもがいている。


 代償なんて気にするな。

 私は紅翼剣フェニックスと夢を掴む。


紅翼剣フェニックス!」


 次の瞬間、私の赤髪から炎が上がった。

 紅翼剣フェニックスが赤く輝き、剣先から炎が噴き出す。


 剣を振り下ろすモーションに入っていた岩渕くんがその炎に圧され、後退った。

 気持ちで負けたら勝負はついたようなもの。


「うああああああああーーーーーーーーーー!!!!」


 助走をつけて再び跳び込む。下がったら負けだ。


火渦嘴突フレイミング・ジャベリン!」


 巨大化した火の渦が岩渕くんをステージの壁まで吹き飛ばした。

 岩渕くんは、壁にぶつかった衝撃で意識を失ったのかうつ伏せに倒れたまま動かない。


 私の魔剣が岩渕くんの異能力を上回ったようだ。


岩渕周いわぶちあまねが戦闘不能のため、勝者、火野ひのいのり!」


「いのりーん!」


 終始心配していたであろう私の親友、浅香あさかちゆが選手専用通路から飛び出してきた。


「いのりん、大丈夫? あんなに魔剣を使ったら副作用とか平気?」


 私の体をくまなく触って異常が無いか確かめるちゆ。

 試合が終わったばかりだからそんなに触られると擦り傷やら切り傷やらが少し痛む。


「ちょっと無茶しちゃった」


 勝つために代償を無視したとはいえ、まさか自分の髪の毛が燃え上がるとは思わなかった。

 魔剣の力に頼り過ぎるのも危険だ。


 きちんと私自身も実力をつけて紅翼剣フェニックスに認めてもらえるようにならなくては。

 そうすればまた一つ上のステージに上がれる気がする。


【◯準決勝】END。

NEXT→【○決勝】

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