第37話 受け継がれゆく紅翼剣

―1—


 私、火野ひのいのりは、山奥にある小さな神社、『火の鳥神社』で生まれた。


 カッコイイ父と優しい母との3人暮らし。

 小さい神社とはいえ、3人で暮らすには十分過ぎる大きさだった。


 私が幼かった頃の日課といえば、神社の掃除だ。

 床を雑巾がけしたり、庭の落ち葉を集めたり。


 それらの作業が全て終われば、父と母と山に散歩に出掛けることになっている。

 自然の中で食べるお昼ごはんは何よりも美味しかった。


 ある日の夜のこと、トイレに起きた私は赤い光に誘われて庭まで足を進めた。

 辺りはすっかり真っ暗だというのになぜか庭だけが明るい。ここは山の中だ。庭に照明なんて無いはず。


 もしかしたらお化けが襲いに来たのかもしれない。

 私はそっと物陰から庭の方を覗いた。


「あなた、もういいんじゃない?」


「まだだ。もう少し剣を振ってから寝るよ。お前は先に寝てていいぞ。いのりが起きたときに俺たちがいなかったら不安がるだろ」


「でも、あなた、ボロボロじゃない」


「万が一のときに備えておいて損はないだろ。俺はこの剣でお前たちを守りたいんだ。だからお前はいのりについていてやってくれ」


 荒い呼吸の父が赤のラインが2本入った剣を片手にそう言った。

 父が再び剣を振るうと、たちまち炎の渦が巻き上がり、天に向かって一直線に伸びた。


 どうやら庭が明るかったのは、これが原因だったようだ。

 剣を振るう父の姿は初めて見たけれど、まるで炎の精霊が舞っているみたいで、とても綺麗だった。


 それから少しして知ったことだが、私の家系は火の魔剣に選ばれた家系らしい。

 歴代の火の魔剣継承者のほとんどが火野家であり、火野家の使命は代々受け継がれてきた火の魔剣を守り抜くことだった。


 魔剣の所有者同士は、引かれ合う運命にあり、もし出会ったら決着が着くまで戦わなくてはならない。


 父は私たち家族を守るためにいつ来るかもわからない敵に備えて毎晩毎晩、剣を振るい続けてきたのだ。


 私が8歳になり、さらに半年が過ぎた日。いつものように家族3人で山の中を歩いていた。

 このくらいの歳になると誰でも自分の名前の由来が気になったと思う。

 私も自分の名前がどうして『いのり』に決まったのか気になっていた。


「ねぇ、どうしていのりの名前はいのりになったの?」


 チラッと父の顔を見てから尋ねてみた。


「いのりの名前はお父さんが付けたんだ」


「お父さんが?」


「ああ。この子には、皆の幸せを心から祈ることができる優しい子に育って欲しいと思ったんだ。だからいのりにしたんだ」


 自分の名前の由来を聞いてなんだか心の底から温かい気持ちになった。


「いのりは名前の通り優しい子に育ったわよね」


 母が隣で優しく微笑み、私の頭を撫でた。


 その日の夜、恐れていたことが起きてしまった。

 他の魔剣所有者が攻めてきたのだ。


―2—


「こんな夜にどうした? 迷子か? お父さんとお母さんは一緒じゃないのか?」


 庭先で父が剣を振るっていると、白髪の少女が姿を現した。少女の見た目から判断するに歳は私と同じくらいだろう。


「おじさんが敵?」


 耳を澄ませなければ聞き逃してしまいそうなほど小さな声で少女が呟いた。

 よく見れば少女の手には、紫の剣が握られている。


「魔剣所有者、その色は毒の魔剣・紫蛇剣ヒュドラか?」


「おじさんの剣は、火の魔剣・紅翼剣フェニックスだね」


 少女が毒の魔剣を振り上げながら父に向かって走り出した。


「いのり! お母さんと一緒に逃げるんだ!!」


 父の本気の叫び声を受けて、私と一緒に父の練習風景を見ていた母が私の手を引いて神社の外に走り出した。


「お父さん!」


 母に手を引かれながらも振り返って父の名前を叫ぶ。


「大丈夫だ」


 優しい父の声。

 今まで父と過ごした出来事が次々と蘇ってくる。目からは涙が溢れてきた。


 次の瞬間、私が生まれた『火の鳥神社』が粉々に吹き飛んだ。


―3—


 翌日、家があったであろう場所まで戻って来ると、近所の人が集まっていた。

 近所の人の話によると、父は意識不明で病院に運び込まれたらしい。


 母が近所の人たちと色々話していたが、私の頭には何も入ってこなかった。

 父が夜な夜な剣を振るっていた庭先。そこに目をやると、何やら太陽の光を受けて赤く輝いていた。


 私は導かれるようにその何かに近づく。


「お父さんの剣だ」


 父の魔剣が草の間に隠れるようにして落ちていた。

 魔剣は、魔剣の認めた人間以外が触れようとすると激しい拒絶反応を起こす。


 白髪の少女が触れようとしても触れられなかったのだろう。

 誰も触れることができず、今の今まで放置されていたに違いない。


「お父さん」


 私は無意識に火の魔剣に手を伸ばしていた。

 一瞬、魔剣が父の顔に見えたのだ。


 ゆっくり紅翼剣フェニックスの柄を握る。

 普通であればここで激しい拒絶反応が起きるはず。


 でも、何も起こらない。痛みも感じない。

 この瞬間、火の魔剣・紅翼剣フェニックスの所有権が父から私に移ったのだ。


「ウッ」


 紅翼剣フェニックスから伝わってくる熱い想い。

 これは、紅翼剣フェニックスの感情だろうか。

 悔しさや怒りのような感情が私の体にドバドバと流れ込んでくる。


 私も大好きだった父が倒され、家である神社を失った。


 許せない。


 私から何もかも奪ったあの白髪の少女が憎い。


「いのり! お父さんの所に行くよ!」


「う、うん」


 病院に行き、父が眠る病室に入ると、母が病院の先生から説明を受けた。

 幸い父の意識は戻り、命に別状はないらしい。


 しかし、現代医学でも治療不可能な未知な症状があるとのことだった。


 話を聞いたとき、私と母は顔を見合わせた。

 毒の魔剣・紫蛇剣ヒュドラによるダメージが父の体を静かに蝕んでいたのだ。


 症状の進行速度はかなり遅いが、いつ悪化するかわからない。

 私と母は、出来る限り病院に通うようにした。


 そんな生活を続けること数年。

 私は、異能力者育成学院に入学することを決めた。


 卒業するまで序列7位以内をキープすればあらゆる願いを叶えてくれるという特権を使うためだ。


 その特権を使って父の病を完全に治療してもらう。

 全国でもトップクラスを誇る異能力に特化した高校だ。


 治癒能力に優れた人材を紹介するなど造作もないはず。

 そして、できることなら『火の鳥神社』も建て直したい。


 それが私が異能力者育成学院で序列上位を目指す理由だ。

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