◯決勝
第39話 影と不死鳥
―1―
ソロ序列戦最終日の5月5日。
午前に行われる
とはいえ、予選1回戦で敗退した者は自分が最下位だとわかっているし、2回戦以降で敗退した生徒もある程度自分がどの立ち位置になるかは把握できているはずだ。
この大会が入学してから初めての大会だったため、序列も比較的横並びになることが多い。
だから上下関係がどうこうとかいうギスギスした雰囲気はあまり感じられない。
そんなことより、ここドームスペードに駆け付けた多くの生徒が気になっていることは1つ。
暗空と火野のどちらが1学年の1位になるのかということだ。
特待生対決を制した暗空。
技の多彩さで言えば
影の分身を作り出して数の有利を取り、手錠で氷堂を拘束。
反撃を食らいそうになったところで、冷静に空間移動を発動してカウンターを当てて見せた。
あの空間移動は、影と影を繋いで自由に行き来することができるものだ。
暗空が常に相手の背後を取れるのは、敵の影から出てくるからだろう。
火野と
魔剣には、あらゆる異能力にも勝る力が秘められていると言われているが、火野の実力ではまだ魔剣を扱いきれていないように思える。
事実、千炎寺や岩渕の異能力に攻撃を防がれていたしな。
危なげなく勝ち上がってきた暗空に対して火野の魔剣の技がどこまで通用するかがポイントになるだろう。
「
隣に座っていた
「気にするな。それより体の方はもういいのか?」
「は、はい、1日休んだら楽になりました」
「そうか。それはよかったな」
「
オレの後ろに座る
「そ、卒業という訳ではないんですけど、壊れてしまって」
手を前に出して、カメラのレンズから逃れようとする千代田。
しかし、少し遅かったようだ。明智が満足気にスマホの画面を眺めている。
「それは災難だったね。眼鏡をかけなくても大丈夫なのかい?」
明智の隣に座る
「はい、あの眼鏡には度が入っていないので問題ないです。かけてると安心するお守りみたいなものだったので残念ですけど。試合を観る分には大丈夫です」
土浦との一件で眼鏡が壊れてしまった千代田だが、眼鏡をしていなくても視力には大して影響無いらしい。
眼鏡をしていない千代田も普通に美人だ。
以前千代田は、人見知りで人と話すことを避けてきたと言っていた。
眼鏡は人見知りを予防するためのアイテムだったのかもしれない。
それが、今ではオレや明智や西城と普通に話せるようになったことで、眼鏡無しでもこうして振舞っていられるのだろう。
「神楽坂くん? そんなに見られたら恥ずかしんですけど」
「ああ、すまない」
「いえ、いいんですけど。私が恥ずかしさに耐えられないというか……あの、これ」
千代田が鞄の中からガサガサと音を立てながら袋を取り出した。
「お借りしていた服です。ありがとうございました」
「いつでもよかったんだぞ。悪いな気を遣わせたみたいで」
「いえいえ、本当に助かりました」
千代田から袋を受け取り、膝の上に置いた。
『皆さん! 準備はいいですか! 盛り上がってますか! ソロ序列戦もいよいよ最終日! 決勝戦が始まります!』
普段よりも数倍テンションの高い実況の
「
西城が隣で寝ていた浅香の肩を揺らす。
昨日の火野の試合直後、今日の朝と続けざまに治癒の異能力を使った反動で睡魔に襲われていたみたいだ。
『火野いのり選手と
「んにゃ! いのりーん!」
滝壺が火野の名前を口に出した瞬間、寝ていた浅香が飛び起きた。
ステージには、火野と暗空、審判の
観戦用特大モニターもそれぞれの姿を捉える。
「泣いても笑ってもこれが最後の試合になる。いいな」
『「はい」』
鞘師先生の問い掛けに応える2人。
「ソロ序列戦決勝戦、バトルスタート!」
「
先に技を発動させたのは暗空。
会場に複数ある影の一部を右手に吸収させる。
物があれば、人がいれば影は生まれる。満員のドームスペードは、暗空にとって好条件なのかもしれない。
「月影」
集まった黒い塊が暗空の刀、月影に姿を変えた。
魔剣には刀をという考えだろうか。
対して火野は、火の魔剣・
魔剣による攻撃は、遠距離と近距離のどちらでも対応が可能なため、相手の出方に合わせる作戦だろう。
沈黙の中、互いの視線が交わる。
次の瞬間、互いに示し合わせた訳では無いにもかかわらず、両者同時に飛び出していた。
真っ向から暗空の月影と火野の
刹那、
「その
間髪入れずに火野が必殺技を放つ。
「
暗空は観戦用特大モニターの巨大な影を両手に集めた。
火の渦と共に迫り来る火野にその影の塊を向ける。
「
撃ち出された影の砲撃。
あまりの衝撃に会場全体が震える。
「ぐっ」
正面から突っ込んだ火野もその威力に吹き飛ばされそうになる。
しかし、今日の火野はひと味違った。
昨日岩渕との試合で決め手となった
その巨大化した火の渦よりもさらに大きな火の渦が暗空の影の砲撃を押し返し始めたのだ。
「まだ序盤だというのにこれほどのエネルギーをぶつけてきますか」
そうは言うものの暗空は顔色一つ変えない。
「
暗空の姿が会場から消え、暗空が立っていた場所を巨大な火の渦が通過する。
背後を取られると確信した火野は、奇襲を食らう前に振り返った。
光の向きが変わらない限り、影の向きも変わらない。
つまり、暗空は火野が振り返ったことで背後を取れなくなったのだ。
影から飛び出してきた暗空に向かって容赦なく
「月影一閃」
これに暗空もいつの間にか手にした月影を振るうが、火野の魔剣には通用しない。
再び呆気なく砕かれてしまう。
「
暗空は自分の影を掴み、超至近距離で影の手錠を火野に投げつけた。
「効かない!」
火野が物凄い反応速度で影の手錠を焼き斬った。
この集中力。火野が戦う姿から勝利への執念を強く感じる。
『何という反応速度だ! 暗空選手の攻撃が火野選手の魔剣によって防がれてしまう!』
息もつかせぬ攻防に観客も声を出すことを忘れていた。
実況の滝壺の言葉をきっかけに歓声が次々と大きくなる。
まさに決勝戦に相応しい戦いと言えるだろう。
「いのりん……」
浅香が心配そうな顔でモニターに映る火野を見つめる。
「私の攻撃を余裕で防ぎ切ったように見えましたが、随分と息が上がっていますね」
暗空の言うように火野の呼吸は荒く、額の汗の量が尋常じゃない。
連戦に次ぐ連戦で魔剣による副作用が溜まっているのだろう。
いくら浅香が治癒の異能力で火野を癒したとしてもその全てを回復させることは難しい。
浅香の異能力も1日に何回も使える訳じゃないしな。
それでも火野は前に進む。
止まってしまったらそこで動けなくなってしまうとわかっているのだろう。
「
暗空の影が立体的に浮かび上がり、たちまち本物と見分けがつかなくなった。
分身した暗空にも意識を向けつつ、本物の暗空との距離を詰める火野。
暗空と分身暗空は、重なるように何度も前後を入れ替えながら高速で走る。
「
走りながら月影を取り出し、分身と共に斬りかかる態勢を取る。
火野も
「月影一閃・双撃」
「
連続で斬りかかる暗空の攻撃を揺らめく炎のように静かに、それでいて爪で獲物を裂くように鋭くいなす火野。
さらにそこから連撃による追い討ちを加える。
暗空も火野の剣技に若干押され気味だが、なんとか食らいついている。
「ガハッ」
数度剣を合わせた後、火野が大きく息を吐きだし、膝に手をついた。
「
火野の体から白い蒸気が吹き上がる。
汗が、涙が一瞬で蒸発する。
近づいていては危険だと判断した暗空が分身と共に距離を取った。
だが、距離を取ったところで意味は無い。
それは、会場全てを包み込むのだから。
「万物を焼き払う不死鳥よ。今封印から目を覚ませ!
封印されていた不死鳥が火の魔剣から解き放たれた。
巨大な紅い翼を広げ、ドームスペードの空に飛び立つ。
ステージに逃げ場など無い。
不死鳥が暗空に体当たりするべく一気に急降下を始めた。
『暗空選手為す術無しか! いや! 分身と一緒に両手を天に! 不死鳥に向かって掲げています!』
「
暗空は不死鳥の影を吸収した。
今までとは比べものにならない、大きな漆黒の塊が暗空の頭上に出来上がる。
「
2発の砲撃が不死鳥の両翼をそれぞれ捉えた。
「うがああああああああああーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
火野が痛々しい悲鳴を上げる。
赤く燃えた不死鳥の羽が雨のように降り注ぐ。
羽ばたけなくなった鳥は地上に落ちる。
不死鳥とて例外ではない。
力を失い小さく萎んだ不死鳥が燃え広がる地面に勢いよく墜落した。
時が止まる。
勝負はついた。
会場にいる誰もがそう思った。
ステージに立つ暗空でさえ勝利を確信していた。
――しかし。
「不死鳥は死なない。何度でも蘇る」
今にも倒れてしまいそうなほどボロボロになった火野が
力を失って地面に落ちた不死鳥の周りの炎が一段と強くなった。
生まれ変わったのか、炎を纏って元気を取り戻したのか、倒れていた不死鳥が2本の足で立ち上がった。
自分を撃ち落とした憎き相手、暗空を鋭い眼差しで睨む。
すると、次の瞬間、不死鳥が口を広げて炎の砲撃を放った。
意表を突かれた一撃に暗空も防御が追いつかない。
「すみません。私の盾になって下さい」
主の言うことは絶対。
暗空の分身は、炎の砲撃から主を守るために手を広げる。
不死鳥の炎は全てを焼き尽くす炎だ。
暗空の分身は跡形も無く消し飛び、分身の背後に身を潜めていた暗空本人にも炎の砲撃が直撃した。
砲撃を放った不死鳥は空を飛び、準備万端とでもいうように大きく翼をはためかせる。
『直撃したように見えましたが砂煙で何も見えません!』
「全く、私じゃなかったら死人が出ていてもおかしくはなかったですよ」
砂煙の中から聞こえる暗空の声。
不死鳥が翼の風圧で砂煙を吹き飛ばす。
『なんと! あの攻撃を食らっても暗空選手は無事です!』
かなりダメージは負ってはいるようだが、暗空は普段の調子を崩さない。
「
それならばと火野が不死鳥に攻撃するよう指示を出す。
「私の影は全てを飲み込む。
会場中ほぼ全ての影が集まり、不死鳥の進行方向を塞ぐ壁となる。
暗空を狙って突き下ろした2本の足が影の壁に飲み込まれる。そのまま不死鳥は胴、尾、嘴の順番で影も形も跡形も無く飲み込まれてしまった。
「嘘……」
悪夢のような光景を目の当たりにした火野は、体の力が抜けたのかその場に崩れ落ちた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます