序列主義の異能学院
丹野海里
第1章 異能力者育成学院、ソロ序列戦編
〇波乱の入学式
第1話 1つの選択が性格を丸裸にする
春の風が新しい季節を告げる。
誰かが言った。別れと出会いは同じ季節にやってくると。
今日、4月8日はオレ、
—1—
「うおっ、見えてきたな。あそこで3年間異能力を学ぶのか」
バスに揺られること30分近く。
後ろの席に座っていた男が、右手に見えてきた建物を目にしてやや大きな独り言を漏らした。
日本でも片手で数える程しかない異能に特化した高校。
異能力者育成学院。
数十年前では到底考えられないと思うが、現代は誰しも異能を持って生まれてくる。
ただ異能と言われても中には想像しにくい人もいるだろう。
例えば、瞬間移動。言葉通り自分の行きたいところへ自由自在に一瞬で移動することができる異能力だ。
他にも代表的なモノを挙げるとすれば、体の一部から炎や氷を生み出し、イメージ通り操ることができる異能力などがある。
人の数だけ異能が存在する。
異能力者育成学院とは、そんな生まれながらに備わっている異能について学び、心身共に成長させることを目的とした教育施設なのだ。
これから3年間通うことになる校舎を車窓からぼんやりと眺めていると、正門の前でバスが停車した。
前方のドアが開き、新入生たちがお金を支払って次々と降りていく。
オレは、椅子に座ったまま同じ学び舎で苦楽を共にすることになるであろう生徒の顔を観察することにした。
急いでバスから下りたとしても入学式まではまだ時間があるからな。
ユニークな髪色、制服の上からでもわかる筋肉、独特な雰囲気を放つ者など、個性豊かで自己主張の激しそうな人が多い。
「おい、なんで詰まってんだよ。早くしろよ」
先ほど校舎を目にして大きな独り言を漏らしていた男が、苛立ちの声を上げた。
男の言う通り、車内に出来ている料金支払い待ちの列が全く進まなくなっていた。
「あれっ? おかしいな。無い、なんで? すいません、すいません」
運転席の隣に設置されている料金支払いの機械の前で、眼鏡をかけた少女が必死にカバンの中に手を突っ込みガサゴソ何かを探していた。目には涙を浮かべている。
おそらく財布でも忘れてきたのだろう。
「おーい、お願いだから道塞がないでくれよ。こっちはもう準備できてるんだけど」
男がわざと車内にいる全員に聞こえるくらいのボリュームでそう言うと、タンタンタンタンと足でリズムを取り、わかりやすく苛立ちをアピールする。
そんなに急かしてもいいことなどないと思うのだが。かえって逆効果だ。
「すいません、すいません」
眼鏡少女が焦りからか手を滑らせ、カバンの中身を床にひっくり返してしまい、とうとう泣き出してしまった。
「うーん、困ったなー」
苛立ち男の背後から茶髪の少女がそう呟きながら歩いてきた。
「だろ? あいつのせいでさっきから全然進まないんだよ。ったく、早く校内に入って色々見て回りたいっていうのによ」
苛立ち男が茶髪の少女に同意を求める。
しかし、少女は視線を前に向けたまま男を無視して歩き続ける。
「おい、シカトかよ!」
無視されたことで男の怒りがピークに達したのか、運転席の方へ進んでいく茶髪の少女目掛けて片手を振り上げた。
不味い。男の動きから異能力を使うことは明白。
男と茶髪の少女との間には数メートルの距離があることから直接攻撃系の異能力ではなさそうだ。
だとしたら遠距離系の何かか。
とりあえずこのままではこの車内で異能力による事件が起きてしまう。
オレは、男の腕を掴むべく立ち上がろうとした。
だが、その必要はなかった。
「なんだよ。離せよ」
「ごめんなさい。なんだか随分と面白そうなことをしようとしていたから気になってしまって。私としては全然離してもいいんですけど、あなたはこの手を下ろすと誓えますか?」
黒髪ショートカットの少女が優しく微笑む。
「うるせえ。俺は誰からも指図を受けねえ」
男が力尽くで少女の手を振り払おうとするが、なかなかそれができない。
それに比べて少女は涼しい顔のままだ。少女はこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、男の腕を握っていた手に力を入れた。
男の腕がミシミシと音を立てる。
「うがっ、いだだだだっ。わかった。何もしないから、離してくれ。頼む」
「そうですか。わかってもらえればそれでいいです」
男は自由になった自分の腕を擦り、地面に崩れ落ちた。
「さて、前方の問題も解決しそうですし、私もそろそろ並ぶとしますか」
少女はどこか楽しそうに小さく笑うと、料金支払い待ちでできた列の最後尾に並んだ。
問題の解決、その言葉を聞いた何人かが運転席の方に視線を向けた。
「大丈夫? どうしたのかなっ?」
茶髪の少女が床に散らばった小物類をいくつか拾い上げ、眼鏡少女に優しく訊いた。
「私は
自らを明智ひかりと名乗った茶髪の少女が、ニコッと眩しい笑顔を向けた。
その笑顔を見て、涙目だった少女も落ち着きを取り戻した。
「わ、私は
「そっか。うんっ、わかった。私が風花ちゃんの分も払ってあげるよ」
「えっ、でも悪いですよ。どこの誰かも知らない私なんかに」
「えへへ、風花ちゃんはもう私の友達だよ。一緒にお金を払うことに抵抗があるなら貸して上げるってことにしようかっ。それならいいでしょ?」
「と、友達……は、はい。それなら」
「決まりだね。じゃあ、いつでもいいから返してね」
「改めてデカいな」
1番最後にバスから降りたオレは、正門の脇で校舎を見上げていた。
ここに来るのは2度目。1回目は入学試験のときに来た。インターネットやパンフレットでしか見たことが無かったから強い衝撃を覚えたことは記憶に新しい。
そして、今回も前回同様驚いた。いや、感動したって方が近いか。
まさかオレみたいな奴がこんな歴史ある学校に合格するだなんてな。正直あまり期待はしていなかったが、受かってしまったのなら精一杯勉学に励むとしよう。
「すいません、ちょっといいですか」
この学校にオレの知り合いはいないはず。
だが、確かに話し掛けられたのはオレだ。
「何か用か?」
バスの中で騒動が起こる前に食い止めた、独特な雰囲気を放つ黒髪ショートカットの少女が立っていた。
「いきなり呼び止めてすいません。私は
「
名前だけ名乗って相手の出方を窺う。
「神楽坂くん、あなた、車内でやんちゃな男の子が何をしようとしていたのか気づいていませんでしたか?」
「気付くも何もあのままだと
「やはり、そうでしたか。確かに誰でも危険を察知することはできたかもしれません。しかし、あの早いタイミングでそれに気が付いたのはあなたと私くらいですよ。どんな異能が使われるかまである程度の見当がついていたのではないですか?」
「さあ、そこまではわからなかったな」
遠距離型、男の腕を観察していたが炎や水を生み出す類の異能ではない。
異能そのものではダメージを与えられない感じ。間接的に攻撃を仕掛けるタイプ。
物体浮遊か何かだろうか。
一応そこまで推理は出来ていたが、明らかにオレのことを探ろうとしている相手にわざわざ話す必要は無い。
「そうですか。どうやら私の勘違いだったのかもしれませんね。今のは忘れて下さい」
「神楽坂くん、なんだかあなたとは仲良くなれるような気がします。よかったらこれからもよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
差し出してきた
小さくて少しだけ冷たかった。
それからオレと暗空は特に何も話すことなく、入学式の会場である体育館へ向かって歩きだした。
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近況ノートにて表紙イラストを公開してます!
https://kakuyomu.jp/users/kairi_tanno/news/16816927861536157599
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