なつじかん

くろかわ

なつじかん

E1


「なーにたーべるー?」

 晩夏。

 永遠に続くと思っていた夏休みも残すところ一週間。次第に陽の傾きは早まり、入道雲はだんだんと薄く伸びるようになっていった。深緑の葉は秋に向けて密度を増し、蝉は最後の一瞬までをも謳歌している。

「俺チョコー!」

「おばちゃん、せんべいちょーだい!」

「あたしこれー!」

「んー……」

「はいはい、一人ずつね」

 虫にも劣らずかしましい少年少女達。もうすぐ過ぎ去る八月を惜しみ、夏休みの宿題から目をそらせるのもあと僅か。片田舎の所以か、男女の分けなく皆、わいのわいのと駄菓子屋に押し掛ける。

 この辺りに一つしかない小さな店は、今日も夕焼け小焼けに最盛を迎える。店主の女性は既に老年で、子供達だけでなく近隣の大人からも『おばちゃん』の愛称で呼ばれる。

「あんたはどうすんだい」

 財布片手に難しい顔をする少年が一人。店主はなかなか注文をしない彼に声をかける。

「いやぁ、どうしようかなって」

「アイスが欲しいんじゃないのかい」

 図星だった。当然だ。彼は、ずっとアイスのケースの前で仁王立ちしている。

「それはそうなんだけど」

「まけないよ」

 先回りする店主。

 怯む少年。

「いやその」

「一円たりともまけないよ」

 他の子供達は忍笑いをしながら見守っている。窃笑に嘲笑は無く、ただただ交差する真剣な眼差し二つの行方を面白がっている。

「なぁ」

 少年は友人達の方を見て、

「いやもう金無いし」

「使い切っちゃった」

「……」

 梯子を掛ける前から外された。

「友情とかないのか」

「そもそも金無いし」

「食べ終わったしね」

「…………」

 だめだった。

「……あの」

 唯一、何を食べようかと迷い続けていた少女。

「五十円、ある?」

 少年は頷き、

「それしかない!」

 胸を張る。

「じゃあ、アイス、半分こしよう?」

 驚く少年。恥ずかしげに手を差し出す少女。

「よし! おばちゃん、アイス一本!」




 E2

「おばちゃーん!」

 遠くから大声。夕暮れを背に、汗で輝く百円玉と少女。拳を突き出し、

「アイス!」

 一声。

「さっき売り切れたよ」

「そんな……」

 崩れ落ちる少女。そこに、

「チョコ食う?」

 少年。店先に設えられたベンチで、先程からのやり取りをぼんやり眺めながら、丸く小さなチョコレートを頬張っていた。

「えっいいの!?」

 目を輝かせる少女。

「イカと半分こな」

 袋を差し出す少年。

「しょーがねーな」

 八重歯を覗かせ、少女は隣に座った。そこに、

「ほれ、茶でも飲みな。疲れたろ」

 三人分の湯呑みを持って、店主が現れる。

「「おばちゃん、ありがと」」

 ふたりは同じ笑みを浮かべる。


 夏は、もう少しだけ続く。

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なつじかん くろかわ @krkw

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