第三章 天の花后妃 天上を廃し 永遠を欲す
天の花后妃――天界の妃嬪
地上には、仙人が住むとされる天の住処がいくつも点在する。
燕の燕山山脈、華清池、崑崙山脈、華陰の崋山、楚の氷山山脈。
天上世界に近い空気を求めて、仙人たちは山に潜伏する嫌いがあった。
かくいう、この場所は崑崙山脈と呼ばれる香桜が初めて地上に降り立った場所だ。
人踏未開の地は、時代から逸れ、そっくり残っている。楚の生々しい現実を離れ、美しい四阿に花芯を連れ込んで、二日が過ぎようとしていた。
(さて、俺の妻のご機嫌はどうかな)
「お待たせ。少し楚の様子を見て来、うわ!」
紅葉の間から水晶が飛んできて、香桜は驚く振りをしながら、片手で受け止めた。
花芯は水晶を投げた格好で、涙目で香桜を睨んだままにこりともせず、双眸を怒りで滾らせている。
楚の全面降伏から二日。そろそろ秦軍は自国へ帰る準備を始めている。
馬が並べられ、項賴の首は城壁に打ちつけられて、捕虜の捕縛も始まっていた。
「綺麗な場所だろう。ああ、紅葉が見事だね」
「天武さまの元へ、お連れいただきたいですわ!」
花芯は、また桃尻を向けてしまい、香桜は肩を竦めた。
「そのうち帰すよ。しかし楚に戻るのは嫌だな。全く、野蛮過ぎる。壁に項賴の首があるんだ。気分が悪くなった」
花芯は首を傾げ、不安な表情になる。不貞不貞しい天武の首でも想像してると思いきや、水晶を抱き、とんでもない台詞を吐いた。
「卜占に、首の術がありますわ。首に乗せた愛おしい人に口づけすると、永遠に愛は不滅になる。天武さまが生き返るのなら良い方法なのに」
一瞬、天武の首を嬉しそうに抱く花芯を想像し、更に気分が悪くなった。
野蛮な地上の思考に毒されている。
(それにしても、この娘は、いったい)
美しい泉の畔、霊気で縛り付けた花芯は、枝に止まった小鳥なんぞを見つめている。以前はすっぽりと顔を隠していたが、楚では麗しい双眸と、桃頬に桃唇を堂々とさらけ出し、微笑みすら浮かべていた、が。
(俺には一度もにこりともしない)
香桜は、少し虐めてやろうと、空を見上げ、花芯から視線を外した。
花芯は今度は、空に泳ぐ龍に眼を奪われている。
「愁天武の元に、きみの居場所はないよ」
ぴくんと細い指先が震えるのを、確実に眼で射止めた。
「楚は無血で国を明け渡した。次は、斉。次は趙だ。挙げ句、必ずや楚を滅亡に導く。天武の頭には統一しかない」
空に蛇行する龍を見つめた眼が、僅かに潤んでいる。花芯は無言だ。
これでは、あまりにも報われない。どこか遠くで安らがせてやりたくなった。
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