楚の猛将虎――自身の崩壊を天が阻む。王であれと

 何故か、花芯の顔が浮かぶ。私は天武さまが好きなのですわ。花芯は言った……。



――花芯。おまえの言う、好きとはなんだ? 分からぬ。分からぬよ。

 庚氏の薄ら笑いと、香桜の笑みが浮かび、消えてゆく。


「私は大嫌いよ、あなたなんか……でも」

「自ら腰を揺すり、自身の蜜壺を私に擦り当てても尚、言うか」

 だが、猛りは萎えるどころか、もっと激しく脈動し続けた。目が眩みそうな快楽の渦が押し寄せる。暴発しそうに躰が熱い。

 天武は片眼を細めながら、熱く籠もった息を吐く。


「でも? の続きは」

「あんたは私自身をちゃんと見てくれる。もしかすると、桃の傍で見た時から――」


 天武は指を翠蝶華に噛ませた。


「それ以上、言うな。名を呼んでと言うならば、いくらでも呼んでやる。どうせ、本当の名ではない。私たちはどちらも、本名を明かすことすらできない、臆病者だ。それが逆に救い。……お喋りはここまでだ、翠蝶」


 天武が息を潜めた瞬間、翠蝶華は挿入を察した。両足を固く引き攣らせた。固くなった両足を緩めさせようと、腰に手を伸ばした瞬間、翠蝶華が首を伸ばした。

 唇が触れ合い、僅かに開いた口腔に、天武は舌をねじ込み、掬い上げる如く、中で震えていた雌蕊を舌先で悪戯してみる。翠蝶華も、おずおずと応えて来た。

肩に食い込ませた指先はぷっくりと赤く膨らんで、汗で湿っている。髪を梳きながら、翠蝶華の薄布を下ろそうと指を引っかけた。


 限界だ。本能が奥へと誘う。


(どうやら、手酷い抱き方になりそうだな)


 思いながら、再び口を吸い合う直前に、俄に騒がしくなった宮殿に気がついた。

楚の宮殿は咸陽と違って、山麓の中にある。当初は気付かない振りをしたが。兵士が石橋を渡る音と、馬が嘶く声とに、続行は難しくなった。


物々しい雰囲気が、逢瀬も構わずに漂ってくる。さすがに翠蝶華も不安な表情になった。



「降りろ。……っつぅ……」


 充血した自身を手で押さえ込み、天武は体内の熱を冷ますべく、目を閉じた。すっかり陽の気は満ちてしまっている。己の口を押さえ、上半身を反り返らせて、呑み込んだ。


「いや、止めないで」


 心配そうな翠蝶華に引き攣り笑いをして、天武は頬に唇を押し当てた。


「勘違いするでない。嫌で止めたわけでないぞ。ただ、今のそなたと同じ、尋常ではな」


 翠蝶華の恥ずかしさからの平手を避けた。翠蝶華は急に我に返ったのか、身を翻して、長衣も拾わずに顔を押さえている。


「しばらく一人にして」

「――すまぬ。上着を」


 ぶつけるように飛んできた上着を受け取り、いつも通り、肩掛けにして、牀榻を離れた。



 あのまま口唇を合わせ、翠蝶華を抱けば、抱き殺しそうなほど、猛っていた。

内に挿入し、抽送などしたら、どうなるか分からなかった。


――私は、秦の王だ。堕落する振る舞いはできぬ。


自身の崩壊を、天が阻んだのだ。王であれと囁いたと。


(全力で抱くつもりでいたのだがな……己が一番分からぬよ)



 つまらぬ言い訳だ。だが、王にもそんな言い訳は許されるかと、天武は振り向かず、部屋を後にした。

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