楚の猛将虎――密事

 翠蝶華は布で覆った足で近づいて来るなり、天武を睨み上げてきた。


「雰囲気もへったくれもないな。逢瀬でも、その態度か」

「それでも、来てさしあげましたわ。秦の王は女性の手も取れないのですわね」


 早速嘲りが飛んでくる。


「さきほど、いやらしいと言ったであろうが」

「いやらしいと思ったから言ったのよ」


 翠蝶華は口端を緩め、背筋を伸ばして、扇子を天武に向けた。



「私を抱く前に、劉剥を解放するのが先ですわ!」



 ――全く、いつでも威勢のいい女だ。闊達な女は良い。こちらまで元気になる。

天武は涙目で眼を向けた翠蝶華にそっと近寄った。すると、翠蝶華が一歩下がる。じりじりと足を進めると、更に怯えながらも下がって見せた。


面白い。天武は爪先の向きを変え、摺る素振りで動かす。翠蝶華は飛び退き、下がった。


何度も繰り返していれば、当然、後ろ足は壁にぶつかる。


 否、壁ではないと気がついて、翠蝶華は眼を剥いた。牀榻しょうとうだ。行き場をなくした瞳が、怯えの光を称え、天武を見上げて震えている。


 弱音など吐かない翠蝶華に、弱音を吐かせてやりたくなった。

後を窺っては、震える腕をそっと掴み取り、微笑った。後は押し倒すだけとなったが、まだまだ足りない。天武は柔らかな肩に、まず、触れた。


 指先を動かし、翠蝶華の長衣を滑り落とすと、少し黒めの肌が露わになる。翠蝶華は白粉を塗って、顔だけは白く見せている。


「宜しくないな……鉛を塗るのは、やめるべきだ」


 指で擦ると、白い粉が噴いたように付いてきた。鉛は猛毒だ。


「鉛華ですわ。まあ、こちらも花ですわね」


 翠蝶華はむっつりと黙ってしまった天武に勝ち誇り、笑って見せ、頬の手をぴしゃりと払う。

 視線を混じらせ、絡めて、手を重ねた。


「そなたの態度次第では、劉剥を助けても良い。言っても、信用せぬだろうからな。字は読めるか」


 天武は牀榻の上に投げ出したままの書簡を手にし、一つ開いて見せた。更に投げ出した象嵌の書刀を手に、書簡に彫り込み始める。


「劉剥の字(あざな)が分からぬのでな。書簡が彫れぬのよ」


「……李、ですわ。李は沛公では下層のもの。国の名を貰えるものは一握りだけ」


 天武は書簡に李劉剥の名を彫り込んだ。


 服役から、人夫を送るために、服役の驪山から長城へ封じよ、との勅令である。

翠蝶華を隣に座らせ、視線を絡めた。翠蝶華は無言だった。


「これで信用したか?」


 言うなり、細い顎をぐいと抓んだ。唇が触れる程度の距離で強く囁く。


「二度と約束破り、だの、卑怯、だの言うな」


 天武は渋々頷いた翠蝶華の手を持ち上げ、牀榻にそっと押し倒した。

 見下ろすと、翠蝶華の眼は吊り目なのがよく分かるが、陸睦のような狐目ではなく、少し大きめの鼬の瞳だ。


「お、押し倒されるのは、好きではありませんわっ」


 むくりと起き上がった。翠蝶華はふっと、天武のそこに視線を落とす。

 服の上からでも、はっきりと勃起しているのが分かる。手で押さえて確かめて、顔を赤らめ、睫を震わせた。


「これだから、男って。天武、一つ聞いても良いかしら」


 思い詰めたような声音で、翠蝶華はおすおずと告げた。


「猛っているのに、抱かない。それほど私に魅力がなかったの?」


 翠蝶華は真剣だった。


「名も呼ばれず、躰だけでもと思った私を、愚弄した……逆らえなかった私は莫迦女? お願いがあるの」


天武は気を洩らさぬよう、己を律しながら、翠蝶華がただ、撫でさする手を靜かに見下ろしている。翠蝶華は上半身を折り畳み、膨らんだ天武自身に頬を寄せて、唇を滑らせ始めた。


「私を見て。目を逸らさず。抱く時には、名を口にして。教えるから」


 至極新鮮な布越しの愛撫に、天武は背中を震わせた。片手を自身の服の合わせ目に入れ込むと、服を乱雑に脱いだ。

巴旦杏の色に塗られた爪が、下腹を滑り降りた。太腿に二つの双丘が擦れて、僅かに固くなっているのが分かる。


 手を伸ばして先端を突いてやると、翠蝶華はぴくんと跳ね、震えた。


「邪魔しないで! もう!」

「……翠蝶華、私の上へ」


 頷いた細い腰を持ち上げ、自身の上に導く。猛った上に乗せられた蜜壺の湿りに、天武のものも一緒に湿り気を帯びたのが分かる。翠蝶華が薄い布で局部を覆っていることも、その上、夜明けを迎えた花の蕾が解けるかの如く、緩み始めていることさえも。


 すべて薄布で遮られるもどかしさに腰が震えそうになり、掠れた声で訊いた。


「これが、嫌と言う躰か?」


 目を見開きはするものの、潤んだ瞳にはもう怯えの影はない。翠蝶華は、はだけた天武の肌に手を滑らせ、そのまま頬を押しつけた。


「名を呼んで。耳を……」


 子供と同じ、甘えたな瞳がすぐ其処にある。見上げられ、首筋を滑る翠蝶華の唇に動悸を感じる。天武は生殖という言葉のない、ただのじゃれ合いの幕開けに、心を躍らせた。


「翠蝶華……ぁ」


 名を呼ぶなり、翠蝶華の舌が胸元に触れた。


 天武は静かに翠蝶華を見下ろしている。視線に気付いた翠蝶華が首を傾げ、愛撫の手を止める。



「どうしましたの?」



「心の奥から迫り上がってくる……なぜにそなたも顔を赤くする……」

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