幕間 策士、楚へ――

 同刻。楚からの早馬が皇宮を駆け抜けた。馬の嘶きが聞こえ、香桜は庭に降りた。庚氏の宮殿は、皇宮と同じ。九十九段の階段がある立派なものだ。

 剣を手に階段を降りたところで、楚の使いと対面した。本来であれば、館の主の庚氏の仕事だが、翠蝶華との話に夢中だ。

 庚氏の大胆話に、都度驚く翠蝶華の表情を愉しんでいるのは飽きない。

 また反応を愉しみつつ、話す庚氏の謀略的な笑顔は一層きらりと輝いている。


「俺が聞くよ。庚氏さまは取り込み中だ」


 香桜の衣装から高貴と判断したのか、兵がかしこまった。伝令用の兵らしく、用件をはきはきと伝える。どうやら、皇宮の奔起はまだ娘を憂い、引きこもっている。

 しっかりと天武の罠に嵌っている不幸ぶりが可笑しいが、少々気の毒になった。


「楚の天武さまよりの書簡でございます。宮妓、翠蝶華、並びに典客・香桜殿のお呼び出しにてございます。宴にひと華添えられますよう。直ちに軍を率い、楚の首都・郢へ参上せよと」


 ――また勝手な。翠蝶華に刺されたいのか、天武は。

 だが、腹の中で、お祭り好きの種が蠢いた。


「分かった。準備を整え、向かうと伝えよ。軍は何人だ」

「二万です」


 ――は。

 大方、先方に有り得ない気の乗らない宴を開かれ、負けじと、九嬪の礼の持て成しをしようというのだろう。翠蝶華はともかく、天帝の自分にもその彩りを加えろと来た。


 国との戦いは兵力だけではない。支えるのは文化と戦略。文化を創るのも、立派な王の役目だ。宮殿作りは、その延長線にある。


(そう言えば、楚にも華仙界の問題児がいたな)


 名を白龍公主芙君。氷術を扱う。火術の源、遥媛公主山君とは犬猿の仲の仙人だ。衝突すれば、都一つが燃えるか、凍るか……厄介なものばかりが地上にいる。

 さし当たっては劉剥への所業について、天武を許さない翠蝶華をどう説得するか。


 ――やや子の話を聞いて、呆然としているうちに、了承させる必要がありそうだ。



 天帝、龍仙一香真君も、天武に負けない策士である――。

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