燕の桃花蓮 人は交わり、神は嘲笑う

 殷徳の局は後宮でも最奥部に位置している。未亡人という理由もあるが、殷徳の容姿は兵を欲情に駆り立てるのである。


 胸元を限界まで下ろし、下半身に至っては最低限の隠し具合で、そのくせ、大柄で豊満だ。肉体美を惜しげもなく晒し、たっぷりとした濃紺の髪を、雄大な仕草で肩に落としている。


 天武は公務と言い切り、殷徳は徳妃として、ことをこなして見せる。

 殷徳が懇願しようとも、天武は達することはあっても、射精は頑として拒んだ。

 何度も罪悪感が裡を過ぎる。やがて涙声になった殷徳の腰を、更に強く引き寄せた。


「燕を完全に滅ぼすぞ、殷徳」


 悦楽の向こう岸で、殷徳はぼんやりと天武を見下ろした。


 殷徳を手酷い扱いで内部に押し込めたまま突き上げてやると、殷徳の意識は再び彼方へ飛び始める。待ち構えたように、天武は低く言った。



「そなたが持っている燕の情報を……今ここですべて吐露せよ」


        *


「今後、以外は、消し去る」


 途切れ途切れに聞こえる男女の淫奔な声を掻き消すかのように、香桜は笛を奏した。


 黒塗りの笛は、まだ地上には伝えていない天上の音色だ。勿体なくて、地上には教えたくなかったが、ウッカリ愁天武に見付かり、いつしか宮妓として後宮に居座っている。


「かように、人というのは、浅ましいものだよ。そう思わない?」



 柱の陰に桃の花が見える。花芯妃だ。

 いつもいつも、天武が情愛にいそしむ部屋の前に一度はやってくる。顔を隠し、桃の花と火棘を両手に抱えている。


「顔を隠す必要はないだろう。美しいのに」


 香桜はひょい、とおいでおいでをしてみせた。だが、花芯妃はさっと身を隠すようにして、逃げてしまった。


 誰もいなくなった回廊に、桃の花と火棘を擂り潰した粉末が零れている。香桜は粉末を指で掬い、舌先をゆっくりと這わせた。


 苦い。舌先痺れる毒の味だ。


 ――間違いないな。我が華(か)仙界(せんかい)の仙術だ。だが、何故に、あの娘が仙術を?


思考に耽る刹那、気配を感じて、舌を離した。


「遥媛公主山君……趣味が悪すぎるぞ。私を盗み見て、何とする」


呼ばれた遥媛公主は、大きな孔雀の芭蕉扇を手に、香桜に跪いて見せた。


「天帝龍仙一香真君。お久しぶりでございます。夏朝以来でありましょうか」

「長い名前だな」


 香桜は横笛でかりかりと頭を掻き、魅惑の笑みで見下ろした。



斉の美女、遥媛公主。又の名前を、火蜥蜴の女華仙人、遥媛公主山君といったーー。


――序章、完。


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