第9話 make you.
階段状の石畳を降りていくと、やや広い空間に突き当たった。
大きさは学校の体育館程の広さだろうか。
この大きな空洞から更に前と左右に向かって通路のような空洞が伸びている。
僕らが降りてきた階段のすぐ脇には簡素な小屋があり、中には守衛と思しき人間いる。
恐らく出入り口の警備を行っているのだろう。
ダンジョン内は洞窟の中のように少しひんやりとした空気で満ちていた。
湿気を伴った風が奥から吹いてくることから、先にはかなり大きな空間があるのかもしれない。
肺腑に落とし込まれたひんやりとした空気により、嫌でも緊張感が高まる。
地下ではあるものの、明るさは十分だ。
壁に備え付けられたランタンのようなものが光源となっているらしい。
よく見てみると、炎ではなく光る石がそれぞれのランタンに埋め込まれ、灯りとなっているようだ。
周りを観察している内に、クラスの人間が全員揃ったらしい。
「よし、全員揃ったね。それじゃあ最初だけはクラス全員で動いてこの地下ダンジョンがどういうものなのか把握しよう。ある程度分かったら適当にグループで別れようか」
クラスの中心的人物である神助の一声を受け、三方向に分かれている内の真っ直ぐの道を選び、クラスメイトの皆は一丸となってダンジョン内を進んで行く。
「あ、何か居る!」
誰かが指差す先に、小さな子供ほどの何かがいた。
小さな子供ほど、とは言ったもののそれが人間ではないことは一目瞭然で、植物のような緑色の体をした人型の異形。
多分、ゲームで有名なゴブリンという奴だ。
「ギーッ!」
ゴブリンは石器のようなナイフをこちらに向けながら、牙を剥き出しで威嚇してくる。
この人数差で逃げ出さないということは危機勘定が出来ないか、はたまた人間を襲う習性があるのか分からないが、とにかく逃げる様子は無い。
クラスの全員が武器を握り締めながら、その切先をゴブリンへと向ける。
「『変形』!」
誰も動けない中、一人の生徒が能力を叫びながら迷いなく駆け出した。
身の丈程もある巨大なハサミを頭上に掲げた少女、
クラス内ではいつも率先して動いていた積極性の塊のような子だった。
「うりゃあああ!」
上段の構えから巨大なハサミを振りかぶるも遠い、まだ遠すぎる。
到底届かないだろう。
と、思いきや振り下ろされたハサミは更に大きく、長く、巨大化していく。
一気に膨張した巨大なハサミが、ゴブリンの肩口から腰までを袈裟斬りにする。
距離があるからと油断していたであろうゴブリンは唖然とした表情のまま、光の粒子となって消え去っていった。
ゴブリンは握っていた石器のようなナイフを取り落とすと、完全に消え去ってしまった。
モンスターは死ぬと消え去るのか。
モンスターは死ぬと消え去るという事実が罪悪感を薄めるのか、その後はモンスターが出ても全員で取り囲んで倒していく。
強い武器と能力を持っているクラスの皆にとってはゴブリンなど敵ではなかったらしい。
まあ仮に暗くて狭かったとしたら苦戦していたかもしれないが、幸にして明かりも広さも足場も十分にある。
……とは言え、バールのような物しか持っていない僕はダンジョン内に飛び交う能力や伝説の武器に巻き込まれぬよう、なるべく後ろの方で見ていることしかできなかったのだが。
やがて僕以外のクラスメイトの大半が一度はゴブリンの討伐を経験したあたりで、クラスの中心的人物である神助くんが口を開く。
「よし、そろそろ皆慣れてきただろうし、グループに分かれて自由に動いてみようか。帰る場合は俺に伝えてね」
自由行動の時間らしい。
一人では流石に心細いが、どうしよう。
「あー……、こほん、やあ少年奇遇だな。壮健か?」
僕がおろおろしていると、レグナさんが声を掛けてきてくれた。
奇遇でも何でも無いし、朝まで一緒の部屋に居たのだから壮健かと聴かれても答えに詰まる。
「えっと、奇遇(?)だね。レグナさんは凄く強いし、一人で動くの?」
「君達の戦力の底上げは急務だ。良ければレベル上げを手伝おう」
有り難いことに一緒に動いてくれるらしい。
「ありがとう。足手纏いになっちゃうと思うけど、よろしくね」
「ああ」
僕とレグナさんは3つに分かれる通路の内、真ん中の道を選んで進んでいく。
「ギーッ!ギーッ!」
やがて牙を剥き出しにしたゴブリンが目の前に立ちはだかった。
ゴブリンから発せられる荒々しい呼吸の音。
いかにも凶悪そうな牙が立ち並ぶ口元から漏れ出るのは、建て付けの悪いドアを開く時のようなギィっという低い声音。
ボロ切れのような簡素な腰布は不潔な程に汚れ、臭気がこちらまで漂ってきそうだ。
このゴブリンの個体は武器は持っていないようだが、それでも──
正直言って、こわい。
緊張により口の中が渇き、足が竦む。
「ギッ……」
僕が怯んだのを敏感に感じ取ったのか、ゴブリンはこちらへ歩みを進めようとする。
「う……」
野生的で鋭い眼光に威圧されていると、レグナさんが一歩前に踏み出す。
その時、少しだけ腕がブレたように見えた。
痺れを切らしたゴブリンがこちらに飛び掛からんと足に力を溜めた際、ぼとりと何かが落ちる。
腕だ。
ゴブリンの両腕が斬り落とされている。
腕がブレたように見えたのは目視しがたい速度の抜剣を行った為か。
速過ぎる。
間を置いて何が地面に落下したのか理解したゴブリンが叫び声をあげる寸前、レグナさんは素早く足払いを行なってゴブリンを転がす。
「さあ、少年。トドメを」
レグナさんは静かに僕を見ていた。
バールを握る手に力が籠る。
両腕を切断されたゴブリンは呻きながら苦しそうに深い呼吸を繰り返している。
殺す、違う、モンスターを倒すんだ。
いや、それこそ違うか。
モンスターであろうと殺すことに変わりはない。
そこから逃げてはならない。
出血により弱りつつあるゴブリンが地に伏した状態で僕を睨み付ける。
ゲームと現実では全然違う。
ボタン一つで攻撃するゲームとは異なり、自らの手で終わらせなければならない。
無理だと言いそうになる自分の気持ちを必死に抑え、バールを振りかぶる。
肉を打つ鈍い感触が手へと伝わる。
頭にバールの鋭利な部分が刺さったゴブリンは即座に絶命したらしく、彼がこの世に居た痕跡の一切を残さずに光の粒子となって消え去った。
命を奪った。
その感触を忘れないよう、手を強く握り締める。
レベル65535の冒険者 三瀬川 渡 @mitsusegawa
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