第7話 君と僕と罪と罰

 神座先生は聖堂の祭壇にて祈りを捧げていた。

 廃聖堂の穴の空いた屋根から射し込む一条の光が、空気中を漂う塵すらも神聖な雰囲気へと変える。



「神座、少し良いか?」


 レグナさんが呼び捨てで神座先生を呼んだことに少々驚いたが、そういえば同じ天使だったことを思い出す。


「はい、どうかなさいましたか?」


「実は……」


 先ほど起こった出来事をありのまま神座先生へと報告した。


「そんなことが……。では、生徒の皆さんを集めてそのことを話し、三人の処遇を考えましょう」


 神座先生は真剣に聞き入れ、真摯に受け止めてくれたようだ。


 すぐに先生は廃聖堂内の生徒を呼び集めた。

 散策に出ている生徒を除き、クラスメイトの半数程が集まった。

 そこには横島達三人の姿も有る。


「皆さんを集めたのは、緊急でお話しせねばならないことが発生したからです。先ほど───」

「ちょっと待ったぁ!」


 神座先生が話そうとしたタイミングで、横島が大声で遮る。


「みんな聞いてくれ!そこにいるバール野郎の本当の能力は『洗脳』だったんだ!先生とレグナちゃんが洗脳されちまったんだ!」


 は?

 こいつ、何を言って……

 思わず口を開く。


「ちょっ、何言って──」

「気を付けろ!バール野郎の話を聴くと洗脳されちまう!」

「そうだ!俺も見たぞ、バール野郎がレグナちゃんを洗脳して部屋に連れ込むのを!」


 横島に相槌を打つように春日が同調する。

 その叫びを聴いた生徒達からざわめきが生まれる。

 中には恐ろしいものを見る目で僕を見る人も居た。


「落ち着きなさい。私は洗脳されてなどいません」


「だったら洗脳されてないことの証拠を出してくれ!」


「それは悪魔の証明です。されていないことの証拠は存在しません。むしろ証拠が存在しないことが何よりの証拠な筈です。それより貴方達がレグナさんに──」

「バール野郎を追い出そう!」

「もし能力が洗脳じゃなくても足手まといには変わりねえんだ!」


 ああも意図的に大声で遮られてしまっては、神座先生といえど説明は困難であった。

 止む無く、神座先生は実力行使に移る。

 神座先生の背中から一対の翼が隆起し、さらにもう一対の合計四枚の翼が広がる。

 尋常であれば思わず身がすくむような厳かな重圧が出現する。


「うぅ……」


 そのプレッシャーを浴びた横島達は流石に何も言えなくなる。

 三人はまるで森の中で獰猛な熊に鉢合わせてしまったかのように、身が縮こまり脂汗が滝のよう流れる。


「この三人はとある女生徒に能力を悪用して狼藉を働こうとしました。よって、三人はこの聖堂から追放致します」


 先生の毅然とした宣言に、三人はたじろぐと逃げ出すように出入り口から走り去った。


 それを見届けた先生が翼を仕舞うと圧迫感が消え、廃聖堂内は静寂で満たされる。


 その後、神座先生が事のあらましを説明したが、ついぞ皆の疑念が消えることはなかった。

 皆が僕を見る目は芳しくなかった。

 中には都合が悪くなったので三人を無理矢理追放したと捉える人もいるかもしれない。


 生徒を解散させた神座先生は僕に頭を下げた。


「力及ばず、申し訳ありません」


「いえ、先生が謝ることではありません。流石にあんなのは想定外でしょうし」


「散策に出ている神助君や姫神さんのグループにもこのことは伝えておきます。彼らが貴方の味方になってくれると良いのですが……」


「ありがとうございます」


 先生にお礼を言ってその場を後にする。

 レベルダウンの影響か、体がものすごく怠い。

 バアルのようなものを持って廊下を歩いているだけなのに息切れしてしまう。


 やっと部屋に着いた僕は息も絶え絶えに座り込む。


「はぁ、はぁ、……『ステータス』」



 Lv.0

 名前:伊勢海 天晴

 職業:冒険者

 生命力:1/1

 精神力:1/1

 筋力:1

 魔力:1

 敏捷:1

 耐久:1(+3)

 抗魔:1

 ◯能力

【レベルダウン】

  人間を傷つけると自らのレベルが1減少し、同時にステータスも減少する



 これは……。


 絶望する僕の手を、レグナさんが優しく包み込む。


「『際限なき再現』、君のステータスをレベルダウンする前に再現する」


 Lv.0

 名前:伊勢海 天晴

 職業:冒険者

 生命力:10/10

 精神力:9/9

 筋力:9

 魔力:8

 敏捷:9

 耐久:8(+3)

 抗魔:9

 ◯状態異常

 際限なき再現によるステータス改竄

 ◯能力

【レベルダウン】

 人間を傷つけると自らのレベルが1減少し、同時にステータスも減少する


 レグナさんがそう唱えると、レベル以外の全てのステータスの数値がレベル1だった頃へと回帰する。

 呼吸が大分楽になる。


「君を巻き込んでしまって済まない……再現を試みたが、レベルだけはどうしてもゼロのまま戻らなかった」


「いや、ありがとう。助かったよ」


「恐らくレベルが再び変動すると私の再現は解けてしまうだろう。ステータスシステムの管轄は天界ではないのでな」


 レグナさんはそう淡々と告げる。

 確かにレグナさんの能力は状態異常としてステータスに記されていた。


「……そういえば、君のスキルポイントはどうなっている?ステータスのレベルのところに意識を向けてみてくれないか?」


「スキルポイント?」


 よく分からないが、レグナさんの言う通りにステータスのレベルの部分を注視する。



【冒険者】Lv.0

 振り分け可能スキルポイント[0]

 ◯取得済みスキル

 無し

 ◯取得済み魔法

 無し

 ◯取得可能スキル

 基礎体術[必要スキルポイント1]

 基礎剣術[必要スキルポイント1]

 基礎刀術[必要スキルポイント1]

 基礎短剣術[必要スキルポイント1]

 基礎暗器術[必要スキルポイント1]

 基礎槍術[必要スキルポイント1]

 基礎棒術[必要スキルポイント1]

 基礎杖術[必要スキルポイント1]

 基礎弓術[必要スキルポイント1]

 基礎盾術[必要スキルポイント1]

 基礎魔力制御[必要スキルポイント1]

 受身[必要スキルポイント3]

 威圧[必要スキルポイント3]

 見切[必要スキルポイント3]

 器用[必要スキルポイント3]

 隠密[必要スキルポイント3]

 騎乗[必要スキルポイント3]

 回避[必要スキルポイント3]

 集中[必要スキルポイント3]

 命中[必要スキルポイント3]

 受流[必要スキルポイント3]

 睡眠耐性[必要スキルポイント1]

 疲労耐性[必要スキルポイント1]

 飢餓耐性[必要スキルポイント1]

 痛覚耐性[必要スキルポイント1]

 疾病耐性[必要スキルポイント1]

 毒物耐性[必要スキルポイント1]

 酷暑耐性[必要スキルポイント1]

 寒冷耐性[必要スキルポイント1]

 精神耐性[必要スキルポイント1]

 重力耐性[必要スキルポイント1]

 呪術耐性[必要スキルポイント1]

 即死耐性[必要スキルポイント1]

 ◯取得可能魔法

 ・『レベルバースト』[必要スキルポイント5]

 生命力をレベルの値と同数消費して発動。相手の生命力にレベルと同数値のダメージを与える。

 ・『ディスペル』[必要スキルポイント3]

 精神力10消費。自身の抗魔の値が相手の魔力を上回っている時、相手の魔法を打ち消す。



 新たな文字列が表示され、驚く。

 こんなシステムが隠れていたのか。


「振り分け可能スキルポイントはゼロって書いてあるけど…」


「やはりか。スキルポイントはレベルの数値と同数だけ振り分けることができる。取得したスキルや魔法はまた同じだけのポイントを使うことで強化できるのだが、君のスキルポイントはレベルと同じ0になってしまっているようだ」


 スキルポイントはレベルの分だけなのか。

 覚えておこう。


「いや、でも使えそうな情報ありがとう。レベルが上がった時にまた考えるよ」


「そうだな……。改めて、本当に済まなかった」


 レグナさんが再度謝ってくる。

 今日の一件に関しては彼女に落ち度など一切ない。


「レグナさんのせいじゃないよ。そんなことより、今日の昼間はネクロマシーンから守ってもらってありがとうね」


「ああ……」



 今日は色々と疲れてしまった。

 もう寝てしまうか。


 支給品の歯ブラシで歯を磨き、寝床に入ってはたと気づく。

 制服のまま寝たらシワになってしまいそうだが、どうしよう。


 生活必需品は支給されているが、下着は辛うじて着ていられる質感のものの、衣服はごわごわちくちくしていてこれを着て寝ることは難しそうだ。


 悩んでレグナさんの方を見ると、制服のまま横になっている。

 いや、彼女は能力で服の状態を再現できるから無限に同じ服を着ていられるだけだ。

 参考にしてはならない。


 悩んだ末に上着とワイシャツだけは脱いで、ズボンと下着で寝ることにした。

 藁の上に簡素な布が一枚引いてあるだけなので、布越しに藁の匂いがする。


 だが、その匂いは嫌いではなかった。

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