第6話 落葉リフレイン
防壁の大門をくぐり、町の中に入る。
「おお坊主、無事だったか」
朝の時の守衛が話し掛けてきた。
どの面下げて言ってやがる。
「おかげさまで」
内心は怒りが湧いているが、この守衛は悪魔との繋がりが深そうなので穏便に済ませる。
ふと、狼煙玉を返却した時にあることに気がつく。
町中を歩いていたのは若い人が多かったが、この守衛は結構年を食っている。
……そういうことか。
他の人間を死に追い遣ることで、自分の魂の収穫日を延期して貰っているんだ。
幾ばくかの余命の為に、人を死なせているのか?
なんて、なんて醜い……。
狼煙玉の効果である弱いモンスター避けというのも、ネクロマシーンとかいう化け物の狩りをモンスターに邪魔されない為か?
こうなってくると何もかもが怪しく思えてしまう。
早くギルドに戻って報酬受け取って帰ろう。
……
ギルドに到着した。
背負っていた支給品の革袋から余剰分のエルッパの実を5個取り出し、革袋を中身ごと換金所に提出する。
「……エルッパの実10個の納品を確認致しました。こちらは報酬の銀貨5枚でございます」
「ありがとうございます」
換金所の職員さんから報酬を受け取り、廃聖堂に帰るべく踵を返す。
「にゃん…」
なんかいる。
朝にもギルドで会った珍妙な三人組みの1人、猫耳パーカーの少女が段ボールの中に体育座りして涙目でこちらを見上げている。
僕は気が付かなかったフリをして足早に通り過ぎた。
「あっ、ちょっと!」
何も聞こえなかった。
ギルドを出て昼過ぎの街を歩く。
今の手持ちは報酬の銀貨5枚と果実が5個。
たしか銀貨1枚1000円位の価値だったと思うので、大体5000円程か。
何か使えそうな物が無いか商店が立ち並ぶ通りを練り歩くが、食べ物以外のアイテムの価値がいまいち良く分からない。
無理に金を使う必要も無いし、素直に帰るとしよう。
◇ ◇ ◇
廃聖堂に到着する。
まだ日も高いし、レベルを上げたいのならダンジョンという所に潜った方がいいのかもしれないが、今日はもう行動する気にはなれなかった。
真っ直ぐに居住スペースへと向かい、場所取りをしておいた端っこの部屋に入る。
そこには、寝具の上で壁に背を任せて休む金髪の少女が一人。
レグナさんだ。
「ああ、君か」
「な、なんでここに」
思わず入り口の表札に名前を書いておいたことを確認する。
そこには僕の名前とともに、レグナさんの名前も書き込まれている。
「済まないが同室を許してくれないだろうか。この部屋が一番人が少ないようだったのでな」
あっけらかんと答えるレグナさん。
この子は天使から人間に生まれ変わった存在ゆえ、人間の常識に疎いのかもしれない。
「レグナさんが良いのなら良いけど……」
レグナさんが腰掛ける寝具とは反対側の寝具に腰を下ろし、改めて彼女にお礼を言う。
「今日は本当にありがとう。レグナさんが居なかったら、死んでたよ」
「気にするな。君には世話になったからな」
世話……?
あっ、あれかな。
体育の授業で余り者同士準備体操のペアを組んだこと。
でもあれはお互い様だし違うか。
僕が悩んでいると、レグナさんは一言付け加える。
「それに私が助けなくても君なら生き残れたさ。あの連中が君をみすみす死なせる訳がない」
「そう、かな?」
……というか連中って誰だ?
レグナさんと話していると、時折ズレを感じることがある。
でも、何がズレているのかはよく分からない。
「しかし、君はいつも変なところで行動力があるな。一人で外に出ようとするなんて、君以外では見たことないよ」
レグナさんはそう言って何かを思い返すかのように目を細める。
「それはどういう……?」
コンコン。
質問をしようとしたところで、不意に部屋のドアがノックされる。
「済まない、少し隠れてくれ」
「えっ、うん」
レグナさんのモノ言わせぬ気迫に押され、二段ベッドもどきの上段に登り、布を被って隠れる。
(思わず隠れてしまったが、隠れる必要はあったのだろうか。確かに男女が一緒にいるとからかわれるかもしれないが、そもそも表札にばっちり名前書いちゃってるしな……)
そんなことを考えていると、レグナさんが許可を出す前に乱暴気味にドアが開かれた。
「おー、ホントにレグナちゃん居んじゃん」
この声、確かクラスメイトの横島、くん……?
不良グループに属し、クラス内でいつも大声で喋っていたので印象に残っている。
「良いねぇ」
「相変わらずカワイ〜〜」
他にも二人、ぞろぞろと部屋に踏み込んでくる。
「何だ貴様ら。部屋に入っていいと言った覚えは……」
「『束縛』」
横島くんの声が響くと、レグナさんはまるで石のようにぴたりと体が動かなくなる。
能力を使用したのか……?
「おい、鍵掛けとけ」
横島くんの指示の元、後ろの二人が素早くドアの鍵を閉めた。
「何のつもりだ…?今すぐこの能力を解除して──」
「『喪心』」
二人の内の1人、確か名前は春日だったか?
春日がレグナさんの頭を掴み、能力名らしき言葉を唱えると、レグナさんはガクンと力が抜けてしまう。
意識を失った……?
これは、不味い。
「すっげえ!ホントに効いたよ!」
「へへ……、前から狙ってたんだが、まさかこんなチャンスが巡ってくるなんてなぁ」
興奮した様子の三人が顔を見合わせる。
春日はレグナさんの頭を掴んだままだ。
頭を掴んでいる間だけ相手の意識を奪う能力か……?
あれを離させれば……。
「あとは俺の『忘却』で頭を5分ばかし触っときゃ記憶が5分飛ぶから完璧だなぁ」
体の動きを束縛する能力、意識を奪う能力、忘れさせる能力。
厄介だ。
もし僕がここでやめろといっても、同様に動きを封じられ、記憶を消されてお終いだ。
言葉ではダメだ。
こいつらの内1人をどうにかしなきゃ、レグナさんは救えない。
「ここに法律なんてねぇ。ヤっちまおうぜ」
やるしか、ない。
緊張により汗が噴き出す。
やるのなら、春日からだ。
あいつの手を離させれば、レグナさんは意識を取り戻せるかもしれない。
拳を作り、強く握り締める。
……やる!
二段ベッドから飛び出し、レグナさんの頭を掴んだままの春日に対し拳で殴り付ける。
「あガッ!?」
突然のことに三人は動けず、狙い通り春日に一撃をお見舞いできた。
春日の手がレグナさんから離れる。
【レベルダウンが発動しました】
なっ。
急に体が重く……!?
脳内に流れたアナウンスの直後、体が突然思い通りに動かせ無くなる。
「クッソォ……!」
春日が立ち上がり、殺意を込めた目でこちらを睨み付けてくる。
呆気に取られていた他の2人も、状況を理解し、武器に手を掛ける。
「……そこまでだ」
レグナさんがゆっくりと立ち上がった。
その体はかすかに震えている。
「また同じように……!」
「横島、貴様の束縛能力は目を合わせないと発動しないようだな。目を見なければ問題ない」
レグナさんの怒りを体現するかのように、レグナさんの体から灼熱の炎が吹き出る。
「春日、貴様の喪心能力はずっと頭に触れていなければならないようだな。貴様にこの焔を触れ続ける度胸はあるか?」
「ぐっ……」
レグナさんの鬼気迫る様子に押され、三人はジリジリと後退していく。
「ひっひいいいいい!」
1人が耐え切れず逃げ出すと、他の2人も堰を切ったように走り出した。
危機が去ったことを確認すると、レグナさんはぺたんと座り込んだ。
「済まない……」
彼女の口から漏れたのは、なぜか謝罪の言葉だった。
少女は体を震わせている。
「レグナさんが謝る必要はない。それより、大丈夫……?」
「この震えは、私自身に対しての怒りだ。気にしないでくれ」
レグナさんは息を一つ吐き出すと、立ち上がった。
「さて、座天使にこの件を報告しに行くとしよう」
なんだかレグナさんが辛そうに見えて気になったが、今は彼女の言うことに従おう。
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