第5話 素晴らしき死でこの地を満たせ
特に問題もなく、順調に森の中を進んでいく。
目印である背の高い樹も木の葉の切れ間から確認できる為、迷うこともない。
そろそろ目的地に着きそうだ。
ふと、木々の重なりの向こうに人影を見た。
かなり遠かったが、赤毛の女の子でサンドレスのような肩口が大きく開いた黄色いワンピースを着ている。
遠目からだがとても整った顔立ちをしているのが分かった。
しかし、歩いている内にその子のことはいつの間にか見失ってしまった。
まあ距離があったから、声を掛けても届かなかっただろう。
エルッパの実の群生地に到着した。
白い玉のような果実が辺りの樹木にたわわに実っている。
支給品の革袋の口を開け、果実をもいで中に詰めていく。
夢中で詰め込んでいると、革袋はすぐにいっぱいになってしまった。
全部で15個ほど入ったか。
納品できるのは最大10個だったから、余った分は持ち帰ろうか。
満杯になった革袋を背負い、立ち上がった。
さて、帰るか。
「───素晴ラシキ死デ、コノ地ヲ満タセ」
えっ?
女の子だ。
先ほど森の中で見かけた女の子がいつの間にか背後に立っていた。
赤褐色で艶やかな髪と黄色いワンピースを着た少女。
肌は陶磁器のように白く、その眼はガラス玉のように美しい。
が、あまりに無機質だ。
その整った顔立ちはまるで人形のような……。
「あ、あの、今のはどういう……?」
ぱかっ。
乾いた音と共に少女の顔面が縦に割れ、肉と機械を混ぜ合わせたような中身が露わになる。
「ひっ」
明らかに、それは人間ではない。
ごきり、みしり、と嫌な音を立てて少女だった物の姿が変貌していく。
だらりと垂れ下がった首からは歪な刃が突き出し、腕と脚は真ん中で2つに割れて計8本の手足となって地面を掴む。
背中が隆起し、サソリの尾のような物が表皮を破って持ち上がり、こちらに狙いを付けるかのように先端が僕を向く。
冷静に観察できたのはそこまでだ。
重い革袋は即座に打ち捨てて、得体の知れない化け物から逃げ出す。
必死で足を動かしながら、頭の中がぐちゃぐちゃにぐるぐる回る。
何だあれは?ダンジョンに比べれば安全じゃなかったのか?どうすればいい?どこに逃げる?隠れるべき?戦う?救援を呼ぶ?あのアイテムに火を付けてるヒマはあるのか?今どうなっている?後ろを、振り向く?
走りながら恐る恐る首だけ後ろを振り返ると、
猛スピードで樹木を薙ぎ倒しながら接近してくる八足歩行の化け物が見えた。
無理。
無理無理無理。
助けを呼ぶ暇なんて無いし、戦うなんて以ての外だ。
逃げるか隠れるかだが、相手が速すぎて逃げも隠れも出来ない。
そもそも先ほどからサソリの尾のような物がぴたりと僕を向いており、何らかの方法で正確に居場所を探知しているように思える。
隠れることは出来ない。
このまま逃げて追い付かれるか、戦って死ぬかの二択。
戦う……?
右手で握り締めている何の変哲もないバールを見る。
あ、死んだ。
「…けて、助けて……」
僕の口から無意識のうちに言葉が零れ落ちる。
駄目だ、もう追い付かれる。
覚悟を決め、バールを振りかぶりながら後ろに向き直る。
化け物はすでに目前。
一か八か、思いっきりバールを振るう。
カン、と頼りない音を立てて、バールは容易くサソリの尾のような物で弾かれてしまった。
静かに死を覚悟する。
……
いつまで待っても衝撃が来ない。
ゆっくり目を開くと、化け物は僕の後方を見据えて動きを止めているようだ。
なんだ……?
化け物につられて後ろを振り返る。
背後の空に、影一つ。
鳥が飛んでいる?
それはどんどん近付いてくる。
かなり大型の鳥?
でもこの世界の空を飛ぶのは魚で、でもあれはきちんたした翼で、あれ……?
近付くにつれ、その姿が鮮明になる。
人だ。
翼の生えた人が超高速で接近してくる!
化け物は怯えているかのように、唸り声をあげ威嚇する。
僕のことなどもう眼中にないようだ。
慌てて地に伏せると同時に、轟音が鳴り響く。
ぼとり、と僕の近くにサソリの尾のような物が落ちた。
制服がふわりと舞い、空からの来訪者は軽やかに着地した。
「やあ、少年。こんなところで奇遇だな」
輝くような美しい金髪が風になびく。
クラスメイトのレグナさんだ。
背中から一対の翼を生やしたレグナさんがそこに居た。
「レグナ、さん……?」
「こんなところで君は何を……?まあ、目の前の些事を片付けてからで良いか」
レグナさんが剣を握ると、炎が纏わりつく。
たしかレグナさんが選んだのは無銘の剣。
かつての輝きが失われた錆びた剣だったはずだが、今では見まごう程に光り輝やいている。
天使のような翼と、煌煌と燃え盛る炎と、輝きを取り戻した剣。
レグナさんの能力は一体。
彼女が目視不可能な速度で剣を振るうと、戦いは驚くほど呆気なく終わった。
一太刀にて化け物が真っ二つにされたのだ。
尋常ならざる身体能力。
ますます謎だ。
「さて、怪我は無いか?」
差し伸べられた手を、僕は放心したまま掴んだ。
「この革袋、拾ってきたぞ。町の近くまで送ろう」
「あ、ありがとう」
レグナさんから果実の詰まった革袋を受け取り、横に並んで歩く。
「さっきのは一体……?君は……?」
レグナさんの背中に翼はもう無く、制服に穴も開いていない。
見間違いという訳では無かったと思うが。
「さっきのはネクロマシーンと呼ばれている。あれは悪魔が町の外に出た人間の魂を集める為の装置だ」
「悪魔の……?」
「人間の命の保証がされているのはあの町の中だけだ。一歩外に出れば、ああいう悪魔の手先がわんさかいる」
あんなのが沢山いるのか?
恐ろしすぎる。
「町の人はダンジョンよりモンスターに会わないって言っていたけど……」
「モンスターには会わないさ。だが、モンスターより危険な奴には遭うというだけのこと」
町の人は僕を騙していた……?
「悪魔は嘘を吐かないが、人間は嘘を吐ける。気を付けろ。あの町では悪魔より人間の方が信用ならん」
「君はどうして色々詳しいの?」
僕の問いに、レグナさんは頬を掻く。
「どう説明したものか、まあ、もう明かして構わんだろう。私の前世は天使だ。純粋な天使のままでは悪魔と戦えない為、人間に身を落として君達の中に紛れていた」
悪魔と戦うために人間に……?
今まで自分の身の上話をしなかったのは、天使だと露見することを避ける為だったのか。
「そして、私の能力は【際限なき再現】。過去の状態を完璧に再現する能力だ。これを使って前世の姿や力を再現することができる。……君、手を擦りむいているぞ」
レグナさんが僕の血が滲んでいた手をひと撫ですると、傷は魔法のように消え去った。
怪我の修復も可能なのか。
なんて強い能力だ。
「君の手に傷が出来る直前を再現した。もうすぐ町が見える頃だ。ここまでで大丈夫か?」
「うん、ありがとう。君はどうするの?」
「君のようにうっかり町の外に出てくる人間が居るかもしれないから、町の近くのネクロマシーンを減らしてくるよ。さよならだ」
「さようなら。本当にありがとう」
別れの挨拶を受け取ると、レグナさんは翼を再現し、遥か上空へと飛び上がった。
それを見届け、僕は町へと歩き出した。
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