第4話 未知で満ちた道

 支給品の皮袋があるというのでそれを貸してもらい、受付けから出口に向かって歩いていく。

 一人で依頼を受けるのは恐ろしいが、ある程度この世界の情報を集めておけばどこかのクラスメイトのグループに入れてもらえたりしないかな……?


 うーん……



「あの、すこし おじかんよろしいでしょうか」


 悩みながら歩いていると、見知らぬ幼女がおずおずと声を掛けてきた。

 その子は雨など降っていないのにカエルをモチーフにした雨合羽を被っており、黄色い子供用の長靴を履いていた。


 そのすぐ後ろには、ネコ耳のフードが付いたパーカーを着た少女と杖をついた執事服の初老の男性が立っている。

 珍妙な三人組だ。


 何だろう。


「えっと、何かご用でしょうか」


 僕がそう訊ねると、カエルの雨がっぱを着た女の子の代わりとばかりに、執事服の男性が前に踏み出し、恭しく頭を下げたのちに口を開いた。


「お初にお目にかかります。何かお困りごとが有るご様子でしたので、声を掛けさせて頂きました」


 男性の顔には無数の皺が刻まれているものの、溢れる気品とぴんと伸びた背筋があまり老いを感じさせない。

 お爺さんという呼び方だとどうにも腑に落ちない。

 おじさまって呼び方の方がしっくりくる感じがする。


「僭越ながら、お力になれることがありましたら───」

「かたいかたーい!そんなんじゃ萎縮しちゃうでしょ。あたし達、今ヒマだから何か困ってるなら手伝うよ!」


 再度口を開いたおじさまを遮り、猫耳パーカーの活発そうな少女が割り込んでくる。

 何故だか分からないが、手助けしてくれるらしい。


 この老人一人と子供二人の三人組、年齢だけを鑑みれば弱者の寄り集まりに見えるが、多分この3人は恐ろしく強い。

 三人とも先ほどから重心に全くブレがなく、直立すれば置物のようにぴたりと動かないのだ。


 その上、三人とも身につけている物は作りが丁寧で良い材質のものばかりだし、身分が高いのかもしれない。

 そうなると何の目的か分からなくて怖い。


「ご助力の申し出は大変嬉しいのですが、お三方はとても強そうに見えるので、僕なんかの手伝いをさせるのは忍びないです。なので、少し考えさせてください。お声を掛けて頂いたこと自体はとてもありがたかったです」


 おじさまは感心したように目を細め、何度か頷くようなジェスチャーをする。


「いえ、こちらこそ配慮が足りませんでしたな。本日はこれでお暇致します。ああ、よろしかったらこれをお持ちになってください」


 おじさまは懐から白いカードのようなものを取り出すと、僕に手渡してきた。

 プラスチックのような質感のカードで、角度を変えると幾何学模様が浮かび上がる。


「これは何でしょうか」


「そちらはヴァイス・デバイス。この世界に来て、現地住民との友好を深めた方に送られているものです。友好の証のようなものなので、お困りごとがあった時にそれを住民の方々に見せれば、良き隣人として特に親身になって対応してもらえますよ」


 クーポン券のようなものだろうか。

 くれると言うならば、一応貰っておくか。


「そうなんですか。ありがとうございます」


 僕は白いカードを受け取った。


「それでは、失礼致します」

「じゃーねー」

「ばいばい……」


 三人は思い思いの台詞を残して立ち去った。

 はー、緊張した。


 身分が高いということはそれだけ悪魔に通じている可能性がある。

 協力の申し出は嬉しかったが、現状手を組むべきではないだろう。


 無事に話が済んだことにほっと胸をなでおろしながら、ギルド施設を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 町を歩きながら今後の方針を考える。


 もしかしたら奇跡的に後から他のグループに加入出来るチャンスもあるかもしれないし、やはりレベルは上げておかねばならないだろう。

 そうなるとソロしかない。


 町の外のなんとか領域はダンジョンよりかは安全らしいし、そこでレベルを上げられないものだろうか。

 ちょっと町の外に出てみるか。



 町全体を十字に交差する大通りの一つを歩いていくと、町を囲むような大きな防壁が見えてきた。

 壁は町をぐるりと囲むよう配置されているらしい。


 このまま道を進んだ先に大きな門があり、検問所のようなところで暇そうな守衛さん二人がのんびり駄弁っている。


「おっ、町の外で依頼かい?身分証かギルドカードはあるか?」


「達成出来るかわかりませんが一応依頼、です」


 ギルドカードを守衛のおじさんさんに見せながら、そう答えた。


「やっぱりな。他に人が暮らせるような街や交易出来る町がねぇから、町の外に出ようとする奴は大概依頼なんだ。悪魔様は召喚陣で瞬間移動が出来っからね」

 

「そうなんですか」


 本気で悪魔と戦うならば、救援が来ないように召喚陣というものを前もって破壊しておかなければならないかもしれない。


「……これでよし、と。名前を記録したから、これで出て良いぜ。兄ちゃんは初心者っぽいから、救援用の狼煙玉を二個渡しとくぞ。使わなかったら返してな。火ぃ付けると煙が昇っから。一応弱ぇモンスターにならモンスター避けの効果もあるが、過信はすんなよ」


 そう言って守衛のおじさんは球状のアイテム二個とマッチ箱を手渡してくれた。


「助かります。あ、エルッパの実がなる木って近くに有りますか?」


「一番近ぇとこだと、門を出て右の方の森の中央付近だな。森の中にひときわ背の高ぇ木があっから、その周りに群生してる。モンスターと会わなきゃ大体半日で戻ってこれるかな。エルッパの果実は白い色してっから、見りゃ分かると思うぜ」


「ありがとうございます。参考になります。そういえば、人が外で死んでしまう場合もあると思うんですが、悪魔的にはそれでも大丈夫なんでしょうか?」


 確か悪魔は人間の魂を収穫する為に人を生かしていたような気がしたが。

 守衛さんは返答に窮したのか、唸り声を漏らしながらこめかみに手を当てて考え込む。


「そうだなぁ……ここは自由の町、野垂れ死ぬのも自由さ。……っつーのは冗談で、悪魔様は人間がどこで力尽きようが、契約さえ結んでいりゃあ魂の回収は出来るらしい。命の危機に瀕するような『試練』は、人間の魂の成長の為にも良いんだとさ」


「なるほど。ご親切にありがとうございました」


「まー、ぶっちゃけヒマだからな。教えたがりにもなるさ。そんじゃ、気ぃ付けてな」


 守衛のおじさんはひらひらと手を振って送り出してくれた。

 門を出てすぐ、舗装された石畳から外れ、右方の鬱蒼とした森へと向かって歩いていく。



 生い茂る膝丈ほどの雑草を踏みしめ、ひしゃげた雑草から立ち込める緑の匂いと土の匂いを感じながら歩みを進める。


 ぱっと見では僕らの世界と同じなように感じるが、一つの物をとって観察するとかなり違いがある。

 鳥のように空を飛んでいるのは魚のような生き物だし、蛇のようにくねくねと地面を這うのは胴の長い鳥のような生き物だ。


 収斂進化というやつだろうか。

 細かなところは異なっていても、全体的なバランスを見ると、地球と似通っているように思える。

 空白のニッチにいち早く適応できた生き物がそこに収まるのは当然の帰結か。


 であれば、地球環境でのサバイバル知識もこの世界で応用できるのかもしれない。

 いや、あまり知識はないけど。


 バアルのような物を利き手で持ちながら、目標の森を見据えて足を突き動かす。



 ぼちぼち木々が増えてきた。

 林から森へと移り変わるのを目安に道しるべとして木の枝を折りながら、森の奥へ奥へと向っていく。

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