第2話 朽ち果てた聖堂

 沈んでいた意識が覚醒する。

 気を失っていたのか……?


 ゆっくりと目を開けると、薄暗い朽ち果てた聖堂のようなところにクラスメイト全員で倒れている。

 先に意識が戻ったのか、レグナさんが神座先生と何かを話していた。


「うぅ……」


 他の生徒達も次第に目を覚まし始めた。



 全員の意識が戻るのを見届けると、神座先生がこの場所について説明を始める。


「ここはこの悪魔に支配された世界で唯一の人間の町、エディデアの外れにある廃聖堂です」


悪魔に支配された世界……?


「人間の町とは言ったものの人間に自治権は無く、悪魔の主食である魂を搾取する為に生かされているに過ぎません。人類種は基本的に食料扱いですが、良質な魂を収穫する為に人間は自由意志による行動が許されています。なので、人間は魂の収穫日まで比較的自由に暮らしています」


 町を治めているのは悪魔だが、人は不自由なく過ごしているらしい。



「皆さんはこの町の人間に紛れ、レベルを上げて強くなって頂き、いずれ数多の悪魔達を打倒して下さい。悪魔は定期的に外部から人間を攫ってくることがあるので、紛れ込むのはそう難しいことではないと思います。もし怪我や病気になってしまった場合はここに来て下されば、癒しの奇跡を与えます」


怪我をしたら先生のところへ向かう、と。



「それと、自らの強さを確認する方法ですが、『ステータス』という単語を強く思い浮かべると、自らの身体能力が数値化して知覚できるので、どうかお役立て下さい」


 ステータス、覚えておこう。



「注意点としましては、皆さんが選んだ武器からあまり離れ過ぎないようにしてください。武器は皆さんに様々な恩恵を与えています。その内の一つ、悪魔の探知能力からの隠蔽です。もしも武器からおおよそ10メートル以上離れてしまうと、悪魔に捕捉されて厄介なことになります」


武器から離れすぎてはならない。

覚えておこう。


「必要最低限の説明は以上です。一先ず解散としますので、あとは疑問に思ったことは各自でお尋ねください」



 一応の解散とはなったが、大半の生徒は残って神座先生へと質問を行なっている。


「食べ物とかはどうすれば……?」

「簡素ですが、この廃聖堂にて最低限の衣食住は保証致します。より良いものを求めるのならば、町にあるギルドと呼ばれるところで依頼をこなせば報酬を得ることができます」


「先生は一緒に戦ってくれるんですよね…?」

「残念ながら悪魔と天使は現在戦争が禁止されており、私のような純然たる天使は戦うことは出来ません。代わりに全力でバックアップ致しますので、どうかご容赦を」


「言葉は通じるんですか?」

「この世界ではバベルの天罰の影響がありません。

 会話をする気さえあれば、誰とでも意思疎通可能です」



 神座先生に対する質問はまだ続いていたが、先にあれを確認しておこう。

 えーっと、【ステータス】。



 Lv.1

 名前:伊勢海 天晴

 職業:なし

 生命力:10/10

 精神力:9/9

 筋力:9

 魔力:8

 敏捷:9

 耐久:8(+3)

 抗魔:9

 ◯能力

【レベルダウン】

 人間を傷つけると自らのレベルが1減少し、同時にステータスも減少する




 うん、うん、


 ……


 うん!?



 なんだこの能力は…!?

 空中に現れた表示に、思わずむせて咳き込んでしまった。


 レベルダウン?

 どう見てもデメリットじゃないか。


 あまりの衝撃で頭を抱えている内に質問の波も落ち着き、次第に仲良しグループごとにまとまっていく。

 まずい、無理矢理にでもグループに入れてもらわないと、一人でこの世界を彷徨うことになる。

 どこかに加入させてくれと頼まなければ。


 ……


 無理だ。

 そんなコミュ力があったらそもそも今ぼっちじゃない。


 衣食住は保証されるというし、この朽ち果てた聖堂の片隅で透明人間のように生きるか。

 そんな諦観に包まれていると、一人の生徒が声を掛けてきてくれた。


「ねーねー、君はもうステータスみた?」


 学級委員の姫神さんだ。

 有り難い、このチャンスを逃すことはできない。


「あ、うん。見たよ」


「能力は何だったの?」


 まずいことに、能力のことを聞かれてしまった。

 嘘をついてもしょうがないので、正直に言うしかない。


「えっと、人を傷付けると自分のレベルが下がる能力……」


 途端、後ろで聴いていた神助くんのグループの人達が吹き出し、笑いが巻き起こった。


「ッ、くく」

「ぶっ、ははははは!聞いたかよ、能力じゃなくて呪いじゃねーか!」

「おいおい、やめてやれよー」


 神助くんは止めようとしてくれていたが、彼の友達が気にも留めずに大笑いしている。

 普段割と能天気なところがある僕も、かなりこたえた。


「あはは……」


 姫神さんはバツが悪くなったのか、そそくさと退散していく。

 まあ、仕方ないか。


 その後、勇気を出して何人かに声を掛けて見たものの、見事に撃沈した。

 この状況で足手まといをグループに引き込む余裕はどこにもなかった。


 一方で孤高のレグナさんは神助くんグループに誘われていたが、一人が良いらしく断っていた。

 戦略的ぼっちの人をナチュラルぼっちの僕が誘う勇気は無く、レグナさんに声は掛けられなかった。



 僕の能力が使えないものだと言うことは広まってしまっているだろうし、ここにいても得られる物は何もなさそうだ。

 クスクスと嘲笑う声を背に、その場を後にして廃聖堂の中を見回ってみる。



 倉庫のような場所に沢山の服と必要最低限の日用雑貨が置いてあった。

 服の質感は繊維が硬い上に粗くザラザラとしていて、出来ればお世話になりたくない。

 いざという時の包帯代わりになればと、沢山あったタオルのような形の布だけ持っていくことにした。


 食堂と思しき場所には大鍋に入った大量の麦粥のみが置いてあり、食べていた人は微妙な表情をしていた。

 味はいまいちらしいが、どれだけ食べても鍋の中の麦粥は減らないらしい。

 不思議だ。


 居住スペースは手狭な部屋に木製の二段ベッド、……とは言い難いベッドと棚の中間のような寝具が二つあり、最大4人で眠れそうだ。

 その棚のようなものには藁が引いてあり、上から荒い目地の布が被せられている。

 これと同じ造りの部屋が10個あったので、(粗雑な寝具に我慢できるのなら)40人まで寝泊まりできる。


 いくつかの日当たりが良い部屋は既に場所取りされてしまっているので、端っこの薄暗い部屋にしておく。

 表の札に僕の名前を書き込んでおいた。

 全員が全員この居住スペースを利用するとは思えないので、部屋は余るだろうし他には誰も来ない気がする。


 お風呂は無いが、入口に使える井戸があるらしい。

 その水で汚れを流したり布で拭く位しか望めないだろう。

 これでも無いよりはずっとずっとマシだ。



 廃聖堂内はあらかた見終わった。

 次は町に出て情報などを集めようか。


 よし、町へ出てみよう。


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