レベル65535の冒険者
三瀬川 渡
第1話 少年少女、剣を執れ。
高校生活が始まり二ヶ月あまりが経った。
僅かに残っていた冬の気配は無くなり、日毎に強くなる日差しが夏の片鱗を見せ始めている。
クラス内の交流も落ち着きを見せ、いくつものグループが出来上がり、あちらこちらで喧騒が生まれている。
だが、僕こと
いわゆる、ぼっちである。
授業以外の時間は、ざわめき溢れる教室の片隅で、静かに携帯を弄って時間が過ぎるのを待つ日々だ。
もうすぐ遅刻との境界を報せる朝のチャイムが鳴る。
本鈴のチャイムが鳴るほんの30秒前、からりと教室の後ろのドアを開けて入ってくる女生徒がいた。
陽の光に輝く美しい金髪と宝石のような青い瞳に、クラスの雑音が一瞬止まる。
彼女の名前は
噂では親が海外の人らしく、すらりとしたプロポーションと白い肌がまるで人形のように美しい。
らしく、と言うのには訳があり、レグナさんは身の上の話をクラスの誰にも話さないからだ。
YESやNOで答えられるような質問には最低限度答えるものの、少しでも踏み込んだ質問をしようものなら、「何故そんなことを答えなければならない?」と、絶対零度の瞳で射抜かれてしまうのだ。
そういう事情により、容姿端麗で成績も優秀なレグナさんはいつも一人で居るが、それはノーマルぼっちである僕とは異なり孤高と言った方が良いのかもしれない。
そんなレグナさんが席に着くと丁度チャイムが鳴る。
いつも時刻ぴったりに来るが、今まで遅刻したことは一切ない。
時間を調整しているのかは地味に気になるところだ。
全員が着座したのを見届けると、担任の神座先生がよく通る声で言った。
「おはようございます。皆さんもそろそろ学園生活にも慣れてきた頃なのではないかと思います」
至って普通の挨拶。
先生はそこで一呼吸置くと、平坦な声で続ける。
「──と、いうことで、これから皆さんには異世界に行っていただきます」
……
「えっ」
暫しの沈黙が通り過ぎた後、誰かが素っ頓狂な声をあげた。
僕も先生が言ったことを何度も頭の中で反芻したが、その度に疑問符が頭に浮かんでいく。
「あの、それは、何かの演劇とかの……話、ですか?」
クラスの誰かからこぼれ落ちた質問に、神座先生はにこりと微笑んだ。
「時間の無駄なので、さっさと済ませてしまいましょうか」
笑顔を貼り付けた神座先生は、教卓に備え付けられた椅子の背もたれを二回ほどとんとん、と叩く。
途端、世界から光が消え失せた。
窓から射し込んでいた光も、教室を照らしていた蛍光灯の光も、嘘のように掻き消えた。
雲がかかっただとか停電しただとかそんな程度では済まない、完全なる暗闇に教室全体が呑み込まれたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗い。
途方もなく深い黒色で塗りつぶされた空間。
そこに天から一条の光が射し込む。
光はじわりと広がって行き、劇場のスポットライトのように僕たちを照らす。
ほんの数秒前まで教室にいた筈だが、気が付けば机も椅子もない。
ただただ虚空が広がっていた。
光は地面に綺麗な円を描いており、その中に僕らを内包している。
その光の円の中央、黄金に輝く玉座とも言うべき立派な椅子が有り、その横に神座先生が執事の如き佇まいで立っている。
玉座には誰も座っていない。
空白である。
「改めまして、私は主に座天使の役割を頂き、主に仕える者。人間での名前は
神座先生の背後から、白く大きな翼が隆起する。
同時に、抗いようのない有無を言わせぬ荘厳な
「要件はただ一つ。皆さんにはこれから異世界に行って、悪魔や怪物達と戦って頂きます」
動揺が生徒間に広がっていくのが分かった。
どよめきの渦中、一人の生徒が挙手する。
「それは、強制でしょうか?」
彼は
このクラスの中心的人物だ。
切れ長の瞳には確たる意思が宿り、先生の言うことが虚言の類いではないと確信しているらしい。
「ここに居る皆さんには共通点があります。あなた方は全員、本来『死んでいたはずの人間』なのです」
「ッ!?」
神助くんには何か心当たりがあるようだ。
クラスの全員が息を飲む。
「例えば……、」
そう前置きをしたかと思うと、神座先生は語り始める。
「不治の病であったがどういう訳か完治した」
「誰もいない水辺で溺れかけたが何かに引き上げられて助かった」
「事故にあったが奇跡的に九死に一生を得た」
先生は指折り数えるように幾つかの例を挙げた。
「そんな経験は有りませんか?皆さんは我らが主の加護により、一時的に『死』を先延ばししている状態なのです」
クラス中が沈黙で満たされる。
皆何かしらの心当たりがあるらしい。
「そして、あなた方を死の運命に引きずり落とそうとしているのは、これから行く異世界の悪魔達です。もし、悪魔を倒さねば、あなた方は再び死の道を辿ることになるでしょう」
先生の話によると、その死の運命は悪魔によってもたらされたものであり、悪魔がいる限り逃れられないらしい。
「今すぐに帰りたい人が居ましたら、我々の加護が外れてしまいますが即座に現実世界にお返ししましょう。良く考えた上で決めて下さい」
「……」
神助くんは考え込むように押し黙った。
今ここで帰ると加護が外れる、それでは死と同義だ。
「しかし、私たちもあなた方を丸腰で異世界へと送り出す訳ではありません。悪魔と戦う意志があるのならば、『武器』と『力』を与えましょう」
武器と力……?
神座先生が玉座の背を二回叩くと、クラスメイトの数と同じ36個の何かが空から舞い降り、スポットライトが作る光の円の外縁に置かれた。
あるものは尋常ならざる斬れ味により地面に柄元まで刺さり、あるものは息をのむような妖しい光を放つ。
それは多種多様な武器であった。
惚けてそれらを眺めていると、その武器がどのようなものなのかが自然と頭に浮かび上がってくる。
【エクスカリバー】
妖精が鍛え上げた光輝く剣。その輝きはあらゆる悪を討つだろう。
【デュランダル】
聖なる加護を受けた不壊の剣。何人たりともその剣を傷付けること能わぬだろう。
【草薙剣】
神秘を備えた不思議な剣。その一振りは草原を荒野に変えるだろう。
【ダーインスレイヴ】
血塗られた魔剣。その鋭さは鉄を紙のように斬るが、血を吸うまで鞘には戻らぬだろう。
剣だけではなく槍や弓を始めとして様々な武器があった。
次々と武器を見回して行くと、とある武器に目が止まる。
……
【バアルのようなもの】
ただのバアル。
!?
他にも何人か気が付いたようだが、命に関わる選択なので、なるべく視界に入れないようにしている。
そもそものビジュアルが完全に工具のあれなのだ。
「みんな、聞いてくれ」
皆が皆一様に思案定まらぬ中、クラスの中心的人物、神助くんが口を開いた。
「俺は……異世界ってとこへ行って、悪魔って奴らと戦おうと思う。悪魔がいなきゃ俺たちが死ぬことも無くなるんだろ?だったら戦って運命を切り開こうぜ!……それに、たとえ戦わずともサポートとか出来ることは必ず有るし、人手は多い方が良いと思う。皆で力を合わせてこの困難を乗り切ろう!」
パチパチとまばらな拍手はやがて大きな喝采へと変わる。
クラスのみんなは一致団結したようだ。
「そういえば、この武器はどうやって選ぶのー?」
クラスの女生徒が投げ掛けた質問に対して、神助くんは顎に手を当て思考する。
「うーん、どうしようか。じゃあ、学級委員の姫神さんが最初に武器を選んで、選んだ人が次の人を指名するってのはどうかな?」
!?
「それでいいんじゃないか?」
「賛成ー!」
神助くんの案に対して、クラスメイトが賛同を示す。
だが、それは……
猛烈に嫌な予感がする。
「わたしからー?じゃ、この槍にする!指名するのはー……神助君!」
姫神さんはロンギヌスの槍という武器を選び、神助くんを指名した。
神助くんはエクスカリバーを選び、仲のいいグループの友達を選ぶ。
その連鎖に、僕が入り込める余地など皆無だ。
◇ ◇ ◇
指名は滞りなく進んでゆき、最後に僕とレグナさんが残ったが、武器を選び終えた男子生徒はにやにやしながらレグナさんを指名する。
僕への嘲りか、レグナさんに媚を売れて嬉しいのか。
「私はこの無銘の剣の方を選ぼう。指名は伊勢海だ」
まあ、分かりきっていたことだし落ち込むこともない。
それよりも名前を覚えてくれていたのは意外で、ちょっと嬉しかった。
「押し付けて済まないが、この神器はきっと君の方が上手く使いこなせるだろうと思うから」
周りからクスクスと笑い声が聞こえる。
僕は無言でバアルのようなものを手に取った。
「皆さん、武器を選び終えたようですね。現実世界へは帰らず、悪魔達と戦うということでよろしいのですね?」
豪華絢爛な玉座の横に立つ自称天使らしい神座先生は、生徒の顔を見渡すと最後にこう付け加えた。
「勇気ある選択をしたあなた方に敬意を表します。……追って説明はしますが、戦うと言っても悪魔を必ずしも殺さなければならないという訳ではありません。悪魔は交わした契約を破れないので、絶対服従の契約を結ばせれば戦わなくとも良いのですが、それは殺すことよりも格段に難しいことだということは覚えていて下さい」
悪魔は契約を破れない。
覚えておこう。
「それでは、悪魔に支配された世界、通称ゴエティアに転移します」
神座先生が玉座の背凭れを二回叩くと、世界がぐにゃりと
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