第13話 お母さんと同級生が俺を取り合っています。

 この状況はいったい何なんだ……?


 いかにもバエそうなかわいらしいタピオカ屋。そのイートインスペースで、奨吾は藤村繭香と荻野瑠奈に挟まれて座っていた。

 どちらを見ていいのかわからないし、何を言えばいいのかもわからない。

 こうなると、奨吾は首を垂れ、無言でタピオカを吸い続けるしかなかった。


「奨吾くん! るなぴよ一押しのお店はどう? すっごくおいしいでしょ?」

「まずいタピオカ屋なんてないと思うけれど」

「やだぁ、藤村さんには聞いてないよ~? ね、奨吾くんおいしいでしょ?」

「荻野さんが作ったわけじゃないのに誇らしげな意味が分からない」

 チッという舌打ちが聞こえた。瑠奈だ。

「藤村さんってけっこう喋る女子だったんだね……? 学校で喋ってるところ見たことなかったから意外~」

「あなたも裏表激しそう」

「そんなことないよ~? せっかく一緒にタピったんだし、藤村さんとも仲良くなれたらいいな」

「そんなこと思ってないくせに」

「思ってるよ~? るなぴよはみーんなと仲良くなりたい女子なのだ☆」

 またもチッという舌打ち。今度は繭香の方だった。

 太いストローから、すぽんすぽんとタピオカが口に吸い込まれてくる。まったく味がしない。生きた心地がしない。

 瑠奈が首を傾げ、うなだれる奨吾を無理やりにのぞきこんでくる。

「ねーえ、奨吾くん? わたしのいちごみるく味、ひとくち飲む?」

「飲まない」

 何故か繭香が即答した。

「藤村さんには言ってないよ?」

 口元はにっこりさせているが、瑠奈の目は笑っていない。

「こっちの方がオススメ。抹茶味。甘すぎなくて飲みやすい」

 繭香が自分の飲んでいた抹茶タピオカのストローを、ずいっと差し出してきた。

 奨吾はぎょっとしてしまう。普段の繭香はそんなことをしたりしない。瑠奈に対し謎の対抗意識を燃やしているので、これが間接キスになることに思い至っていない様子だ。

「いちごみるく味の方がおいしいもん」

「ぜったい抹茶味」

「奨吾くんこっち飲むよね?」

「こっち飲んで」

 太いストローの応酬がバシンバシンと眼前で行われている。

「荻野さんのを飲んだら頭悪そうなのが伝染る」

「はぁ!? さっきから藤村さんはなんなの!?」


 るなぴよの大声に思わず奨吾の肩が上がる。

 繭香を邪魔者だと認定しているのか、不機嫌なのが露わになりはじめている。無理もない。奨吾に近づくたびに、繭香が現われる状況は彼女にとって意味不明だろう。繭香は繭香で、いつにもまして冷たいというか口が悪かった。


 どうしてこんなことになってしまったのか。


 考えても考えても、答えは出なかった。今は一刻も早くタピオカミルクティーを飲み干さないと。こうなってくるとタピオカのもちもちさが煩わしい。大体タピオカ入れすぎじゃないか。ドリンクの底に大量に残っているタピオカが恨めしい。いくつ口の中でもちもちさせても終わらない。以前繭香と飲んだタピオカドリンクはあんなにも美味しく感じたのに、状況によってこんなにも味は変わるものなのか。

 早くこの場から立ち去りたい。奨吾の気持ちはそれのみである。


「だいたい、藤村さんは奨吾くんのなんなの?」


 るなぴよから問い質す低い声が奨吾の耳に届き、心臓がドキリと跳ねた。それは奨吾も聞きたいことだった。るなぴよとのタピオカデートに同行したのは、いったいどういうつもりなのか?

 それがもし万が一でも、ヤキモチだったとしたら──。

 奨吾にとって、こんなにもうれしいことはない。

 しかし繭香は「私は……」と言ったきり、下を向いてしまった。

 それを見たるなぴよが、ガタンと勢いよく立ち上がる。


「わたしは奨吾くんがすき!」


 まっすぐに、じっと目を見つめてくる。奨吾はこれに弱い。いや、こんなにもまっすぐな好意を向けられたら、誰だって動けなくなるはずだ。


「藤村さんがなんでついてきたのか知らない。でも答えられないなら、これ以上邪魔しないでほしい」


 メキッと音がした。

見ると繭香が、タピオカミルクティーのカップを力強く握っていた。

 るなぴよはそれを目の端で確認すると、何かに納得したように残りのいちごみるくを飲み干した。


「わたし、帰るね」

「えっ」

「ママから連絡が来たの。ふわふわのパンケーキ作ったから帰ってらっしゃいって!」

「あっ、そ、そうなんだ」

「ふふっ! ママのお手製パンケーキ、すっごくおいしいんだぁ!」


 るなぴよはそう言って、バタバタと帰り支度をした。


「じゃあね、奨吾くん」

「ああ、うん」

「今度はふたりきりでデートしようね?」


 繭香の前でそんなことを言われて、まさか頷くわけにはいかないが、まるでアイドルのように完璧なウインクに頭がくらくらした。

 ……嵐が去った。

繭香はうつむいたまま、何も言わなかった。


***


「なんか……ごめん」


 帰り道、一言も口を開こうとしない繭香に向かって、奨吾は謝った。

 そもそもは奨吾がはっきりとるなぴよの誘いを断らなかったことが、こうなった原因である。繭香は奨吾のことを心配して、ついてきたにすぎない。


──でも、どうして?


 思い当たる理由はある。でも、もしかすると──繭香がヤキモチを焼いてくれたということはないだろうか。

 勇気を出して、聞いてみる。


「ねぇ、繭香。どうして一緒に来てくれたの?」

「…………」

「タピオカが飲みたかっただけ?」

「……違う」

「じゃあ、どうして」

「それは…………」

「それは?」


 繭香はうつむいたまま、ぎゅっと下唇を噛んでいた。その頬が、気のせいだろうか、ちょっと赤くなっていることに期待してしまう。


「しょっ……」

「しょ……?」


 今はふたりきり。このあとに続く奨吾の呼び方が問題だ。呼び捨てなのか、はたしてそうではないのか。

 繭香が顔を上げ、こちらを見る。奨吾はごくりと唾を飲み込んだ。


「しょーちゃんのお母さんだからっ」


 緊張の糸がぷつりと切れる。

奨吾は「そっか……」と、力なく頷いた。


「私はお母さんだから、しょーちゃんに悪い虫がつかないように見張っておかないといけない。だから荻野さんのことを見定めてた」

「それが、ついて来た理由?」

「……そう」


 やはりそれが順当な理由だろう。

 お母さんと名乗る以上、奨吾に近づく異性は見定めないといけない。子供の交際相手を冷静な目で見るのも母親の務め、とでも感じているのか。


「しょーちゃんにデートなんてまだ早い。こんなの、不純異性交遊。だから、その、しょーちゃんはお母さんと過ごさないと。二人きりになるのは、お母さんとだけじゃないと嫌だって……」

「うん、やっぱりそうだよな」


 ショックで彼女の言葉を遮った。わかってはいたけれど、もうそんな言葉は聞きたくなかったのだ。

 奨吾の足が無意識に速くなる。みるみるうちに繭香との距離が離れて、だから彼女が小さな声で「奨吾!」と名前を呼んだことに気が付かなかった。


***


「ふんふふ~ん♪ パンケーキ♪ パンケーキ♪」


 荻野瑠奈は大量に食材の入ったエコバックを片手に、鼻歌を歌いながら歩いていた。

すると背後に背の高い影が。慌てて振り向くと、そこにいたのは成瀬陽人だった。


「なんであんたがいるのよ」

「なんでって、家近いんだからしょーがねーだろ」

「大きな声出さないでっ!」

「誰もいねーって。心配しなくても、それくらい気をつけてるよ」

「ふんっ」

「それ、重そうだな。持ってやろうか」

「いい。べつに重くない」

「可愛げのねえ女。学校にいるときとは大違いだな」

「うるさい! わたし忙しいの! あんたにかまってる暇なんてないから!」


 荻野瑠奈は声を荒げる。その表情は陽人が言うように、学校での彼女のイメージからは想像もできない険しいものだった。


「忙しい、ねぇ……」


 陽人は意味深に笑みを浮かべながら伸びをしたあとで言った。


「──また自分でパンケーキ作るのか?」


 荻野瑠奈の肩がハッと上がる。そして、その目が別人のようにキッと吊り上がった。


「奨吾くんに言ったら殺すから」


 それはいつも天使のように笑う「るなぴよ」からは想像もできない言葉で、しかし陽人は驚くことなく言った。


「わかってるよ」


 その日の夜。オシャレJKのアカウントとして何千人ものフォロワーを誇る、るなぴよのSNSには「ママが作ってくれたパンケーキ♡」というタイトルの写真がアップされていた。

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