第12話 同級生がお弁当を作ってくれます。

「やっほ~、奨吾くん。るなぴよのお弁当だよ~?」


 昨日の夜に食べた繭香特製のから揚げは、本当においしかった。

 そして本日のお弁当には、昨晩のから揚げが入っていると繭香から聞いている。

 昼休みになって、いつも通り教室の自分の机の上へ、わくわくしながら弁当箱を取り出そうとしたところで──目の前の荻野瑠奈が言った。


「は?????」

「だからね、るなぴよのおべんと。奨吾くんのために作ってきたんだよ」


 奨吾の机の前にしゃがんでいる瑠奈が、上目遣いで巾着袋に入ったお弁当を差し出してくる。

 突然のるなぴよ襲来に、教室内は(主に男子たちが)騒然となる。そんなことは求めていないのに、奨吾はクラス中の注目を浴びてしまった。こんなことは滅多にないので、焦ってしまう。

 しかもるなぴよは奨吾のために弁当を作ってきたというのだ。わけがわからない。


「いや、なんで俺に弁当?」

「作り過ぎちゃったの」

「え、でもさっき俺のためって」

「どっちでもいいよ~そんなの。それとも……」


 るなぴよは体を乗り出すと、奨吾の耳元にピンクの小さな唇を近づけて言った。


「奨吾くんのためってほうがよかった?」


 わぁ、と思わず声が出る。身をかわした衝撃で椅子がガタンと大きな音を立てた。そのことで、もっと視線が集まってしまう。


「な、なに言ってんの、さっきから!」

「ふふっ。理由なんてどーでもいいの。わたしはただ、このお弁当を奨吾くんに食べてほしいだけ。だめ?」


 小首をかしげて、なおも迫ろうとする。これ以上、注目を浴びたくない奨吾は、首を縦に振るしかなかった。


「だ、だめじゃないけど……」

「ほんと? うれしい!」


 まるで小悪魔の魔法に操られてしまったかのよう。くらくらする頭で、この状況を脱するためには仕方がないのだと自分に言い聞かせた。


「それじゃ、はい。おべんと!」


 これさえ受け取れば、すべて終わる。しかし、それを決して許さない者がいた。


「──荻野さん」


 氷のように冷たく鋭い声。繭香だった。


「藤村さん、だよね? ふふっ、なぁに?」

「何故しょ……上原くんにお弁当を?」

「理由、言わなきゃだめ?」

「だめよ。だって手作りのお弁当は危険だから」

「危険? どうして?」


 尋ねられた繭香はおもむろに、るなぴよ弁当の巾着袋を開けた。


「あっ!」

「──保冷剤が入っていない」

「だからなに?」

「わからないの? 食中毒になる危険がある」

「しょ、食中毒になんてならないし!」

「どうして断言できるの? そもそもどこの馬の骨ともわからない女が作った手作りのお弁当なんて気持ちが悪い。もはやテロ」

「わたし馬じゃないもんっ!」


 るなぴよは、とんちんかんな返しをしながらも涙目になっていた。

 これはまずい──と、奨吾は思う。

 繭香があんなことを言ったのは、おそらく「お母さん」モードを発動してのことなのだろう。かわいい息子である奨吾に、安全が確認できない弁当(なんだそれは)を食べさせるわけにはいかない、といったところだろうか。

 しかし理由はなんであれ、今のこの状況だけを見れば繭香は確実に「悪者」だ。

 教室が、ざわりと不穏な空気になっている。繭香を責める視線が集っているのは明白だ。

 冷ややかな目線と突き放す言葉で、ちっこいゆるふわ女子を涙目にしているこの絵面だけを切り取れば、致し方ない。

 繭香の言動の意味は奨吾にも不明だったけれど、ともかく繭香を悪者にしたくない。


 かくして彼が取った行動は──。


「だ、大丈夫! 俺、胃袋だけは丈夫だから! 弁当ありがとう! それじゃ!」


 とにかくここから逃げることだった。


***


 奨吾をめぐる(?)るなぴよと繭香の争いから逃げた奨吾は、屋上へとやって来た。


「なんなんだよ、これ!」


 誰もいない屋上で叫んでから、ハッとした。人気のない場所を求めてやってきたはいいが、ここはるなぴよに告白された場所である。

 風にひらめくスカート、天使のような彼女の笑顔が浮かび、慌てて首を振った。

 るなぴよが奨吾に手作り弁当を作ってきたということは、あのときの宣言どおり「諦めない」ということだ。


 どうしてそこまで俺にこだわる?


 考えても、思い当たる理由がまったくわからなかった。ひとまず腰をおろし、心を落ち着ける。そして2つの弁当を目の前に置いた。受け取ってしまった以上、るなぴよが作った弁当も食べなければなるまい。

 奨吾はまず、繭香が作ってくれた弁当を開けた。

 タコさんの形になったウインナーとふわふわの卵焼き。栄養バランスを考えて、ほうれん草とコーンのバターソテーも入っており、色どり鮮やかだ。

 そして奨吾の好物であるから揚げがたっぷり。

 これは昨夜夕飯に作ってくれたものの余りだ。甘辛いしょうゆ味のから揚げで、衣はさっくり中はじゅわりとして、とてもおいしかった。そう伝えたら、繭香はうれしそうに微笑んでくれたっけ。

 そんなことを思い出しながら、から揚げを口の中に入れる。味がしっかりしているので、冷めてもすごくおいしい。

 やっぱり繭香の作った弁当は最高だとあらためて思いながら、今度はるなぴよの弁当箱を開けた。


「えっ……?」


 思わず声が出る。それは見惚れてしまうほど華やかで、おいしそうな弁当だった。

 まずカラフルなおむすびに目を見張る。ラップでくるまれたそれは、具が中に入っているのではなく、ごはんと混ぜられて握られていた。明太子と高菜、梅としらす、枝豆と鮭なんていう、食べたことのない組み合わせもある。

 そしておかずがまたすごい。男心をくすぐる大きめのハンバーグに、カレー味のフライドポテト、そして卵焼きはハートの形になっていた。


「う、うまそう」


 思わず口に出してしまう。正直、るなぴよの弁当に期待はしていなかった。これは完全な偏見であるが、ああいうタイプの女子にとって手作り弁当とはただの恋愛アイテムに過ぎないと思っていたからだ。

 それがこんなにも、丹精込められたお弁当だなんて──。

 奨吾は恐る恐る、おむすびを口にした。うまい。どの組み合わせも抜群のバランスで、口に運ぶ手が止まらない。手作りのハンバーグは肉感があり食べ応えがある。また、かかっているデミグラスソースが絶品だった。


「こんなうまい弁当、どうしろっていうんだよ……」


 呟いて箸を置く。奨吾はどうしても、こういうのに弱かった。


「よう、色男!」


 振り返ると、陽人がそこにいた。


「どこがだよ」

「おいおい、その状況で否定するのか? 女子二人から手作り弁当だぜ。しかも相手は藤村と荻野。前世でどんな徳積んだんだよ」


 奨吾の前に並んだ二つの弁当を挟んで、陽人が向かいに座った。


「ったく、俺は毎日購買のパンだっていうのにさ。ちょっとくらい分けて──」


 言いかけて、陽人がハッとする。視線はるなぴよの弁当に向いていた。


「なぁ、おまえって……もしかして荻野に告白された?」

「えっ、なんでわかった……」


 それはもう、イエスと答えたのと同じだ。

 これまで奨吾は、るなぴよから告白をされたことは誰にも言ってなかった。呼び出された現場を目撃したクラスメートたちも、そのあまりにリアリティのないシチュエーションから、「荻野瑠奈はただ上原奨吾に用事があっただけ」と思い込み、あとから詰問されるということもなかったのである。


「──やっぱりな」


 陽人はときどき、妙に勘が鋭い。バレてしまった以上てっきりまたからかわれるのかと思ったが、意外にも彼は神妙な面持ちをしていた。

 そして立ち上がると、こう言った。


「あいつには気を付けろよ」

「えっ?」


 それはどういう意味なのかと尋ねる前に、陽人は逃げるように去ってしまった。


***


 そして放課後も、彼女はやって来た。


「やっほ~、奨吾くん。本日二度目のるなぴよだよ~」

「わぁっ、また!?」

「えへへー、うれしい?」


 るなぴよのポニーテールがぴょんと跳ねる。


「るなぴよのおべんと、おいしかったかな?」

「あ、ああ、う、うまかったけど」

「けど?」

「あっ、いや、うまかったです」

「ふふっ、よかったぁ」


 やっぱり彼女はちょっと苦手だ。あっという間にペースに巻き込まれてしまう。


「そ、それで何か用?」

「おべんとの空箱、受け取りに来たの。ちょうだい?」


 彼女の癖なのか、小首をかしげ顔を覗き込むように近づける。奨吾は慌てて、さっき食べた弁当の箱を渡した。


「あの、ありがと。本当にうまかった」

「ほんと? うれし~。るなぴよね、こう見えて料理得意なんだよっ! 奨吾くんがそんなに喜んでくれるなら、また作ってくるからね!」

「き、気持ちはありがたいんだけど……もう大丈夫だから!」

「えーどして?」

「ほ、ほら、うちも一応、お……お母さんが弁当作ってくれるし」


 間違いではない。


 さすがのるなぴよも、これなら引き下がってくれるはずだと思ったのだが、何故かその顔から笑顔が消えた。


「──それはおかしいね」

「えっ?」


 おかしい、とは?


 このご時世いろんな家庭があるとはいえ、弁当を母親が作るというのは一般的だ。それが「おかしい」とは?

 それがどういう意味なのか、奨吾にはわからなかった。そして追及するには、地雷が多過ぎる。

 なんと答えるべきか迷っていると、るなぴよの顔はまた元通り天使の笑顔に戻っていた。


「まっ、いーや。じゃあ奨吾くん、タピろっか」

「は?」

「今から一緒にタピろ?」

「た、たぴ、る?」


 言わんとしていることはわかる。タピオカドリンクを飲みに行くという意味だ。いくら流行に疎い奨吾でも、それくらいは知っている。ただ実際にパリピ女子からその言葉を使われると、頭がついていくのに時間がかかった。

 そんなふうにぼーっとしている隙に、るなぴよはあっという間に奨吾の腕を取ってしまう。


「ほら、行こうよ! 奨吾くん! わたしおいしいお店知ってるんだ」

「わっ、ま、待って……」


 すると二人の前に、ロングヘアのすらりとした影が立ちはだかった。


「──荻野さん」


 凍てつく鋭い声に、びくりと肩が上がる。


「ま、繭香……」


 思わず下の名前で呼んでしまった。目の前にいる彼女はいつものように無表情である。しかしそのなかにある静かな怒りを、奨吾は見逃さなかった。

 繭香はいったい何をするつもりなのか。昼休みのときは、あわや「お母さん」になってしまうところだった。

 もしかして今度こそ……!?

 奨吾はぎゅっと目をつむり、そのときはどう誤魔化そうかということだけを必死に考える。しかし繭香が言ったのは、思いもよらない言葉だった。


「私も一緒に行く」

「「はぁ!?」」


 るなぴよと声が揃ってしまう。


 なぜだ? なぜ繭香はそんなことを?


 わけがわからない。それはるなぴよも同じようで「なっ……」と言ったまま口をパクパクとさせていた。

 その隙に繭香がつかつかと歩み寄り、反対側の奨吾の腕を取る。


「さぁ、行きましょう。タピりに」


 ──どうしてこうなった?


 誰もがうらやむ両手に花。しかし奨吾の胃はキリキリと痛んでいた。

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